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彼女の前世
episode3
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リーティアの朝は早いと言いたいところだが、あいにく手放しに自慢できる訳では無い。
元々早起きする事は苦手なのだ。
毎朝眠気と格闘しながら寝台から這い出てネグリジェから着替えている。
本来貴族の中でも上位に立つ公爵家──いや、貴族家なら何処でも侍女が普通着替えを手伝う。しかしリーティアには専属の侍女がいない。
なぜ妹には付いていて、自分にはついていないのか。何度か疑問を持った事はあるが、尋ねるのは怖くてできなかった。
我儘だと思われて、今以上に両親が自分のことを見てくれなくなるのを無意識のうちに恐れていたのだ。
リーティアはずっと両親は自分のことを愛してない、妹だけが愛されていると勘違いしていた。
しかし実際は違う。
ただ両親は小さい頃から帝国の皇后になることが決まっていた娘を、完璧な淑女にするべく厳しく育てることが彼女の幸せに繋がると誤解していた。
そして両親の望む淑女へと成長していくうちに、感情を抑えるようになった娘が何を考えているのか理解するのが困難になり──
結局、どう接すれば良いのか分からず、避けるようになってしまった。
侍女の件もそうだ。
リーティアは覚えていないが、自分の事は全て出来るようになりたいと幼き日に両親に言っていた。二人はそれを聞いて娘がそう言うなら……と了承して侍女を付けなかった。
そんな事情を知らない彼女は勘違いをこれからも続けていくことになる。そして両親はとても後悔することになるが、それはまだ先の話。
「さてと、寝坊してしまったけど着替えたし、昼食の為に食堂に行きましょう」
いつもより声のトーンを上げて呟くと食堂に向かうため、廊下に出る。
廊下の壁には綺麗な花の絵や歴代当主の肖像画など様々なものが飾られている。それらを見ながらゆっくりと歩いていると、すぐに目的地に着いた。
「お嬢様、昼食でしょうか?」
リーティアの姿を見つけた侍女が尋ねる。
「ええそうよ。 何か軽い物はあるかしら? 例えばパンとか簡単に食べられるものがいいのだけれど」
リーティアの要望を聞いた侍女は再度確認する。
「わかりました。料理長に作るよう伝えます。食事はどこで取られますか?」
「そうね……」
少しの間考える。
ちらりと外を見ると天気が良さそうだ。外で食べたら少しは昨日の悲しみも薄れるかもしれない。そう考えたリーティアは外で食べることにした。
「庭園の東屋で食べるのはダメかしら……今日は天気も良いし……少し、はしたないかもしれないけれど……」
後ろめたさを感じて後半の方が小さくなってしまった。ちゃんと侍女に聞こえてるかしら? と不安になる。
「了解しました。お食事は準備が出来次第、庭園に運ばせて頂きます」
外で食べることを咎められることはなく、運んでくれるようで安心する。
(よかった。拒否されるかと……たまには外でゆっくり食べるのもいいわよね。気分転換になるもの)
「ええ、お願いね。ありがとう」
そうして侍女は仕事があるからと屋敷の奥へと戻って行った。そんな彼女を見送ってリーティアは庭園へと向かう。
アリリエット公爵家の庭園は自他ともに最高峰と言われている。季節によって様々な花々が咲き誇り、庭師達の努力によってとても綺麗な状態を保っている。
その中でも一番リーティアが好きな場所は薔薇が咲き誇っている場所だ。何故なら婚約者のアルバートが薔薇を好きだったから。
その前はそれほど好きではなかったリーティアも、彼の好みに合わせるように薔薇が好きになった。
昔、誕生日に何が欲しいとアルバートから聞かれた際。読書が好きだったリーティアは栞が欲しいと答えた。すると誕生日には綺麗に縁取られた美しい薔薇の栞が届いたのだ。
たとえ義務感でプレゼントを贈って来れたのだとしても、慕っている人から貰ったものだ。嬉しくないはずがない。それ以来読書をする際、不安なことがあるときなどにはお守り代わりとして栞を持つのが癖になった。
昔のことを思い出しながら薔薇を見る。
「やはり薔薇は綺麗ね。この凛と立つ薔薇のように少しのことでも動揺せず、立派な淑女にならなければ」
自分を奮い立たせるために呟いたが、段々と自分のことが情けなくなってくる。
「自分の感情を抑えつける勉強もしたのに。こんなことで泣き出すなんて淑女として失格ね。これでは皇家に嫁いだら皇帝陛下に見てもらえる──なんていう浅はかなことを考えてた私が恥ずかしいわ」
周りに誰もいないことをいい事にリーティアは感情を吐露する。
「聖女様はきっとこんなことで私みたいに泣き出さず、慈悲深くて美しい方なのでしょう。私よりもずっと陛下とお似合いだわ」
込み上げる感情を全て飲み込み、自分で自分に暗示をかける。
──大丈夫私はきっと大丈夫。
「リーティア、あなたの陛下への慕う想いは閉じ込められないかもしれない。
きっとこれから何回も聖女様のことを羨ましく思うでしょう。
妬ましくも思うでしょう。
私が本当はその立場だったのにと辛くなるでしょう。
それでも民と陛下と聖女様のために頑張るのよ。
それが私の生きる道なのだから」
声が、震えてしまう。
「────それしか私には出来ることはないのだから」
いきなり強い風がリーティアの周りに吹きつける。
慌てて自分の髪とスカートが翻らないように押さえつけながら空を見上げると、薔薇の花びらが空を舞い、自分が呟いた最後の言葉は風と共に、青空が眩しい天空へと消えていった。
元々早起きする事は苦手なのだ。
毎朝眠気と格闘しながら寝台から這い出てネグリジェから着替えている。
本来貴族の中でも上位に立つ公爵家──いや、貴族家なら何処でも侍女が普通着替えを手伝う。しかしリーティアには専属の侍女がいない。
なぜ妹には付いていて、自分にはついていないのか。何度か疑問を持った事はあるが、尋ねるのは怖くてできなかった。
我儘だと思われて、今以上に両親が自分のことを見てくれなくなるのを無意識のうちに恐れていたのだ。
リーティアはずっと両親は自分のことを愛してない、妹だけが愛されていると勘違いしていた。
しかし実際は違う。
ただ両親は小さい頃から帝国の皇后になることが決まっていた娘を、完璧な淑女にするべく厳しく育てることが彼女の幸せに繋がると誤解していた。
そして両親の望む淑女へと成長していくうちに、感情を抑えるようになった娘が何を考えているのか理解するのが困難になり──
結局、どう接すれば良いのか分からず、避けるようになってしまった。
侍女の件もそうだ。
リーティアは覚えていないが、自分の事は全て出来るようになりたいと幼き日に両親に言っていた。二人はそれを聞いて娘がそう言うなら……と了承して侍女を付けなかった。
そんな事情を知らない彼女は勘違いをこれからも続けていくことになる。そして両親はとても後悔することになるが、それはまだ先の話。
「さてと、寝坊してしまったけど着替えたし、昼食の為に食堂に行きましょう」
いつもより声のトーンを上げて呟くと食堂に向かうため、廊下に出る。
廊下の壁には綺麗な花の絵や歴代当主の肖像画など様々なものが飾られている。それらを見ながらゆっくりと歩いていると、すぐに目的地に着いた。
「お嬢様、昼食でしょうか?」
リーティアの姿を見つけた侍女が尋ねる。
「ええそうよ。 何か軽い物はあるかしら? 例えばパンとか簡単に食べられるものがいいのだけれど」
リーティアの要望を聞いた侍女は再度確認する。
「わかりました。料理長に作るよう伝えます。食事はどこで取られますか?」
「そうね……」
少しの間考える。
ちらりと外を見ると天気が良さそうだ。外で食べたら少しは昨日の悲しみも薄れるかもしれない。そう考えたリーティアは外で食べることにした。
「庭園の東屋で食べるのはダメかしら……今日は天気も良いし……少し、はしたないかもしれないけれど……」
後ろめたさを感じて後半の方が小さくなってしまった。ちゃんと侍女に聞こえてるかしら? と不安になる。
「了解しました。お食事は準備が出来次第、庭園に運ばせて頂きます」
外で食べることを咎められることはなく、運んでくれるようで安心する。
(よかった。拒否されるかと……たまには外でゆっくり食べるのもいいわよね。気分転換になるもの)
「ええ、お願いね。ありがとう」
そうして侍女は仕事があるからと屋敷の奥へと戻って行った。そんな彼女を見送ってリーティアは庭園へと向かう。
アリリエット公爵家の庭園は自他ともに最高峰と言われている。季節によって様々な花々が咲き誇り、庭師達の努力によってとても綺麗な状態を保っている。
その中でも一番リーティアが好きな場所は薔薇が咲き誇っている場所だ。何故なら婚約者のアルバートが薔薇を好きだったから。
その前はそれほど好きではなかったリーティアも、彼の好みに合わせるように薔薇が好きになった。
昔、誕生日に何が欲しいとアルバートから聞かれた際。読書が好きだったリーティアは栞が欲しいと答えた。すると誕生日には綺麗に縁取られた美しい薔薇の栞が届いたのだ。
たとえ義務感でプレゼントを贈って来れたのだとしても、慕っている人から貰ったものだ。嬉しくないはずがない。それ以来読書をする際、不安なことがあるときなどにはお守り代わりとして栞を持つのが癖になった。
昔のことを思い出しながら薔薇を見る。
「やはり薔薇は綺麗ね。この凛と立つ薔薇のように少しのことでも動揺せず、立派な淑女にならなければ」
自分を奮い立たせるために呟いたが、段々と自分のことが情けなくなってくる。
「自分の感情を抑えつける勉強もしたのに。こんなことで泣き出すなんて淑女として失格ね。これでは皇家に嫁いだら皇帝陛下に見てもらえる──なんていう浅はかなことを考えてた私が恥ずかしいわ」
周りに誰もいないことをいい事にリーティアは感情を吐露する。
「聖女様はきっとこんなことで私みたいに泣き出さず、慈悲深くて美しい方なのでしょう。私よりもずっと陛下とお似合いだわ」
込み上げる感情を全て飲み込み、自分で自分に暗示をかける。
──大丈夫私はきっと大丈夫。
「リーティア、あなたの陛下への慕う想いは閉じ込められないかもしれない。
きっとこれから何回も聖女様のことを羨ましく思うでしょう。
妬ましくも思うでしょう。
私が本当はその立場だったのにと辛くなるでしょう。
それでも民と陛下と聖女様のために頑張るのよ。
それが私の生きる道なのだから」
声が、震えてしまう。
「────それしか私には出来ることはないのだから」
いきなり強い風がリーティアの周りに吹きつける。
慌てて自分の髪とスカートが翻らないように押さえつけながら空を見上げると、薔薇の花びらが空を舞い、自分が呟いた最後の言葉は風と共に、青空が眩しい天空へと消えていった。
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