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第3章

47 温かなぬくもり

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(セルゲイさまが?) 

 けほけほと咳き込みながらエヴェリもイアンに視線を移す。彼と目が合う。不快そうに顔を歪ませ、舌打ちが聞こえてきそうだった。

「何の冗談かしら。あの国の者がここに?」
「はい。彼らは父上と母上との謁見を要求しています。応じるまでここに居座るとも」
「礼儀を弁えない者たちね。だからいつまで経っても野蛮な国なのよ」

 流れるように毒づいたロゼリアは座り込んだエヴェリを一瞥する。

「どいつもこいつもわたくしの邪魔をするのね」

 エヴェリに伸ばされていた手が下ろされる。

「用件は」
「そこまでは情報が入っていません」

 イアンは言葉を区切り、瞳には不安の色が浮かんだ。

「もしや身代わりが露見したのでは」
「は、気づくわけがないでしょう。お前、助けを求めて王弟の前で固有魔法を解いたりしてないだろうね」
「し、してません」

 エヴェリをヴォルガに捨て置いていったとはいえ、監視の目があるかもしれないし、そもそも身代わりがヴォルガ国側に露見したら、エヴェリは罪人として糾弾される。そんな命知らずなことできやしない。魔力回復のために指輪を取る時以外、常時変身魔法を行使していた。

「本当だろうな」

 イアンに威圧され震える唇で否定する。

「神に誓ってそのようなことはしておりません」
「……いいわ。ご希望通り会ってさっさと追い返しましょう」

 一旦怒りを鎮めたロゼリアは侍女長に命令して乱れたドレスと髪を整える。そんな中、エヴェリは左右を騎士に固められて地下牢に戻ることとなった。


◇◇◇


 突然現れたヴォルガからの訪問者に王宮はにわかに騒がしくなった。ひそひそと囁く者や、準備に追われる者で忙しない。やはりというか訪問者は歓迎されていない。漂う雰囲気には嘲りが滲んでいた。

「ほら、さっさと歩け」

 歩を緩めたエヴェリを監視の騎士が小突く。転けそうになりながら、すみませんと謝ってまた歩き出す。

(セルゲイさまはお元気でしょうか。シェイラとは上手くいっているでしょうか)

 笑い合う二人を想像してしまってツキンと胸が痛む。
 エヴェリが去った後の二人の生活は考えないようにしていたのに、セルゲイがハーディングに来たということに心が揺れ動く。

(未練がましいですね)

 たった数ヶ月間だったけれど、生きている中で一番幸せだったのだからこれ以上望んではいけないのに。ついつい二人のことを考えては落ち込んでしまう。
 エヴェリは胸の痛みを押し殺し、淡々と歩く。離宮の区画に入り、角を曲がったところで異変は起こった。

「──っ!? 誰だっ」

 隠れていたのか不意にローブを深く被った人物がエヴェリたちを襲った。流れるように小さな陣が騎士の顔面に展開される。不審者は、騎士が動揺する間に素早く身を翻して背後を取ると手刀を首に落とした。あっという間に二名の騎士は昏倒した。

 伸びてしまった騎士の襟首を掴み、端に寄せた人物はひとりごちる。

「魔法大国であったはずだが…………見る影もないな」

 その声をエヴェリはよく知っている。

 パンパンと手をはたいたその人は、泣きそうになるエヴェリを見て被っていたローブを下ろす。王宮の回廊に降り注ぐ陽光が、青年の短めの黒髪に反射し、滑らかに光を受けている。
 普段なら凛々しい表情は強さと落ち着きを併せ持ち、彼の持つ威厳を一層際立たせるのだが、エヴェリと二人でいる時だけ垣間見える柔らかな表情を向けてきた。


、迎えに来たよ」


 もう二度と聞くことはないと。ましてや本当の名で呼ばれるなんて思ってもいなくて。驚きで頭が働かない。
 何度瞬いても目の前の彼は消えない、夢ではない。現実なのだと分かると、じわじわと視界がぼやけていく。

「不本意な展開だが、やっと君の名前を呼べたな」
「…………わたしの名前を、正体を──ご存知だったのですか?」
「ああ。君はシェイラでエヴェリだろう? それに」

 ふわりと慣れた落ち着く匂いが鼻をかすめ、心のどこかでずっと求め、渇望していたあたたかい温もりがエヴェリを包み込む。

「私の愛しい妻は貴女だけだ。いきなり姿を消してどれほど心配したか」
「っ!」

 その言葉に瞳からとめどなく涙がこぼれてしまう。

「遅くなってごめん。ずっと会いたかった」

 もう決して離さないと言わんばかりに強く抱きしめられた。
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