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第1章

14 記憶の奥底に(3)

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 その夜のこと。就寝の身支度を終えたエヴェリは寝台の中で指に嵌めた指輪を弄っていた。

 指輪には小さな宝石が埋め込まれ、月の光に照らされて青く輝いていた。エヴェリの魔法を補助する古代魔具は欠点がないように見えるが、一つだけ素晴らしい魔具であってもどうにもできないことがある。

 いま着けている魔具は魔力を循環させる役割を担っているが、水を放置していると自然に蒸発してしまうように、どうしても循環させている魔力が少しづつ減っていってしまう。そのため定期的に指輪を外して魔力を自然回復させなければならない。

「そろそろ一回外さないとですね」

 日中は誰かに見られてしまう可能性が高く、外すなら夜から朝にかけてだった。寝ることで回復する速度も早くなるらしく、最近は外すタイミングを窺っていた。

(エルゼは朝まで来ませんし、これまで夜に私の元に起こしになる方はいませんでした。だからこの時間は大丈夫なはず)

 大きな力を持つ魔具は他にも制約がある。

(外すと体内の魔力が一時的に不安定になるので、短時間につけたり外したりを避けるべきでしたっけ)

 長期間着ければ着けるほどそれに体が慣れているため、外すと循環が途切れる反動が大きくなるらしい。

 そっと指輪を外した。

 蜂蜜色の髪がみるみるうちに白銀の髪に変わり、薄紫の瞳も深い蒼に変化する。
 ぱちぱちと瞬いたエヴェリは寝台から降り、スリッパの音を響かせながら鏡台の元に向かう。

 たった一ヶ月程度なのに鏡に映った自分の容姿がひどく懐かしい。

 映るのは生気を失った瞳かと思いきや、そんなことはなく、以前よりも血色の良い肌に、ハーディングを出立するギリギリまで新たに生まれていた腕のアザもほとんど消えかけていた。

(こんなにも長い期間、ぶたれていないのは初めてですね)

 あちらでは二日と待たず叩かれていた気がする。

 少しだけ外の空気を取り込もうと窓を開ける。夜に冷やされた風は心地よい。部屋を通り抜けていき、髪を押えつつ、瞳を閉じて肌に感じる風を堪能する。

 一際強い風が部屋の中に入り込み、流される長い銀髪の行方を追ってふいとドアの方を見遣って────

 エルゼが閉め忘れていたのだろうか。風に押されてドアが閉まる音がする。そして────カタンと微かにドアの外で物音がした。微かな足音も。

「誰!?」

 肝が冷え、背筋を嫌な汗が伝い落ちていく。バクバクと心臓がうるさい。

 握りしめていた指輪を嵌め、再度発動した変身魔法の安定化を図る。短時間に魔法を行使したからか、体内から一気に魔力を持っていかれて目眩がするが、エヴェリは反動を無視してドアの外に駆け出した。

(迂闊でした。まさかドアが開いていたなんて)

 エヴェリからは閉まっているように見えたのだ。
 近づいてよくよく確認すればよかったと唇を噛む。

(どうしましょう。聞き間違えでなければ外に誰かいました)

 ガウンを羽織り、カンテラを握ってエヴェリは廊下を駆ける。夜ということもあり、使用人たちも床についているようだ。人影はない。

 しかし、確かに物音がした。
 エヴェリはエントランスの大階段まで足早に歩いてみたが、部屋を覗いていたらしき人物は見つからない。

(別人だと露呈したら……私は殺されてしまうでしょうか)

 神の盟約はとても都合のいいように作られていて、花嫁が死んだとしても約束事は反故にならないのだ。

 強い怒りをぶつけてきたエドワードや自分の花嫁にすることで犠牲を払ったセルゲイが、騙していたとエヴェリを処刑にしてもおかしくないし、例えそれがなかったとしてもきっとロゼリア達に殺されてしまう。

 一番最悪な結果を考えて心臓が捻り潰されたかのように痛い。不安で仕方がない。怖い。

 すると正面からゆらりと人影が現れる。目をこらすとセルゲイがゆったりとした足取りでこちらに向かってきていた。

「旦那さま」
「そんな姿でどうした」
「あのっ誰かとすれ違ったりしていませんか」

 切羽詰まった様子のエヴェリから何故かセルゲイは目を逸らす。

「…………誰も来てないが」

(ああ、でしたら私の聞き間違えでしょうか?)

 もう一度、振り返ってみる。いや、やはり聞こえたはず。

(私が見落としているだけで、いま通り過ぎた廊下や部屋に隠れていたのでしょうか)

「そうですか。引き止めてしまい申し訳ありません。おやすみなさいま────」

 そうして頭を下げたエヴェリを、短時間に魔具の装着を繰り返した反動が再度襲い、ふらりとよろけてしまう。

「あっ」

 運が悪いことによろめいた方向は大階段で。気づいた時にはもう遅い。足が空を切る。視界が回る。横に傾いたエヴェリの身体は大階段に放り出される。

「シェイラ!」

 セルゲイが駆け出し、手を伸ばしてくる。エヴェリも手を伸ばす。届かず空を切る。
 まずい、と目を瞑った。すると強く抱きしめられた。閉ざした目を開ければ視界は何かに塞がれていて、端の方に黒い髪が映る。

(どうしてっ)

 旦那さまが、と言いかけて。けれども衝撃とともにごろごろと階段をかけ落ちていき、頭を強く打ち付けて意識を失ってしまった。



***


これにて1章は終わりです。引き続き2章も閲覧いただけますと幸いです。
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