2 / 57
第1章
01 身代わりの人質花嫁(1)
しおりを挟む下女だった母がひょんなことから国王のお手つきとなり、その果てに生まれた不義の子がエヴェリだった。
母の記憶は朧げだが、国王の目に止まったことを彼女が望んでいなかったのは確かだ。
思い出したくもない出来事の結果によって生まれたエヴェリを見捨ててもおかしくないのに、母はエヴェリにたくさんの愛情を注いでくれて慈しんでくれた。
そんな母もエヴェリが幼い頃に流行病によってあっけなく死んでしまった。
そこからだ。嫉妬深い王妃ロゼリアの行動がより苛烈になったのは。
端的に言うとエヴェリは彼女を筆頭にして他の王族から虐げられていた。
重ねて王宮の中では公然の事実であるが公にはされていない庶子。当然、宮で働く者たちも動物以下の扱いをする。
暴力や罵詈雑言に耐えながら過ごしていると、ある日国王に呼び出された。一体何をされるのだろうかと怯えながら会いに行くと、そこにはロゼリアと異母妹のシェイラそして王太子であるイアンも集められていた。
「どうしてここに女狐の娘がいるのよ」
憎々しげに睨みつけてくるロゼリアから目を逸らし、俯いていると、国王ローレンス──つまりエヴェリの父親が口を開いた。
「──シェイラ、お前はヴォルガ国に嫁いでもらう」
突然の発言に、近くにいたシェイラは金切り声をあげる。
「冗談でしょう!?」
キーンと耳鳴りがするような甲高い声が響き渡り、エヴェリは身を竦ませた。
シェイラは握っていた扇を床に叩きつける。
「お、お父様……ご冗談ですよね? どうしてわたくしがあんな下賎な国に嫁がないといけないの? 嘘だとおっしゃってください!」
「そうですよ。あなた、いきなり何を言い出すのですか!? こんなにも可愛いシェイラをあんな野蛮な国に嫁がせるなんてありえません! 不幸になるだけですもの!」
「お母様っ」
わなわなと震えるシェイラをロゼリアは抱きしめ、国王を睨みつけた。
そんな中、突如出てきたヴォルガ国についてエヴェリは自身の知っていることを思い出していた。
(…………最近力をつけてきて、近々ハーディングにも攻め込んでくるのではないかと噂が立っていた国でしょうか?)
大陸の歴史の中でも近年建国された国であり、シェイラたちは野蛮な国と称して蔑んでいるが、怒涛の勢いで国力を高め、今では大陸の中でも大国の位置づけであるハーディング国と同程度、もしくはそれ以上に匹敵すると言われている。
軍事力だけで見るならば、ハーディングは既に敵わないとまで文官たちの立ち話では話されていた。
追い抜かれただけならば、まだハーディングに攻め込んでくるなどという噂は流れないだろう。
(問題なのは……過去にハーディング側から戦争を仕掛けたのにも関わらず、難癖をつけてヴォルガ国から賠償金等を巻き上げ、挙句の果てには到底受け入れられないような理不尽な要求や領土割譲案を通させたことでしょうか)
それ故に、かの国は上から下までハーディングを恨んでいると言われていた。それもそうだろう。いきなり攻め込まれた挙句、豊かな穀倉地帯を奪われ、さまざまな要求を無理やり飲まされたのだから。
復讐を計画するには十分な理由。さらに国力が逆転したことで、いつか復讐を兼ねて領土奪還のために攻め込んでくるのではないか? 虎視眈々とその機会を窺っているのではないか? という噂が、ローレンスの心を蝕んだらしい。
下女として王宮で働き、政治に疎いエヴェリでも考えついた事柄だ。国王の補佐として一部の執務を担っている異母兄のイアンも、直ぐにたどり着いたのだろう。険しい顔で口を開いた。
「父上、さすがに今回は難しいかと。昔ならともかく、忌々しいことに昨今のヴォルガは生意気です。受け入れないでしょう」
「いや、可能性はある。ヴォルガは建国からまだ浅い。自身を正当化するためにも、由緒正しき高潔な血を取り入れたいはずだ」
(そうであるなら、ハーディングの血は打って付けということでしょうか)
編纂された歴史書によるとこの国は数百年続いているらしい。力が衰えたとはいえ、大陸の中では大国だ。大国の血を取り込んで、他国に対しての地位向上に務めるには適任だが……。
(かつて屈辱を味わう要因となった国の姫を受け入れるのでしょうか……)
エヴェリは無謀だと感じた。けれども、ローレンスは自信があるらしい。表情ひとつ変えない。
「姫を嫁がせることは決定事項だ。ヴォルガ国には使者と共に書簡を送ってある」
「すんなりと了承するとは思いませんが」
食い下がるイアンに対してローレンスは微かに笑う。
「なら、突き返される前に押し付けてしまえばいい」
「──そうであっても、わたくしは嫌です! あんな国に行きたくありませんっ。お父様はわたくしのことがお嫌いなのですか? だから厄介払いしたくて……嫁がせようとするのです?」
泣き腫らし、全身で拒絶を露わにするシェイラをそばに来るよう促したローレンスは、そのまま娘の頭を撫でた。
「最後まで話を聞きなさい。酷い扱いを受けるのが目に見えているのに、可愛いお前を嫁がせるわけがなかろう」
そこで初めてローレンスはエヴェリを視界に入れた。先程甘く囁くように娘を慰めた声とは全く異なる、残飯を見るような目と冷淡な声で告げるのだ。
「お前がシェイラとして嫁ぐんだ」
今度はエヴェリが硬直する番だった。
176
お気に入りに追加
811
あなたにおすすめの小説
中将閣下は御下賜品となった令嬢を溺愛する
cyaru
恋愛
幼い頃から仲睦まじいと言われてきた侯爵令息クラウドと侯爵令嬢のセレティア。
18歳となりそろそろ婚約かと思われていたが、長引く隣国との戦争に少年兵士としてクラウドが徴兵されてしまった。
帰りを待ち続けるが、22歳になったある日クラウドの戦死が告げられた。
泣き崩れるセレティアだったが、ほどなくして戦争が終わる。敗戦したのである。
戦勝国の国王は好色王としても有名で王女を差し出せと通達があったが王女は逃げた所を衛兵に斬り殺されてしまう。仕方なく高位貴族の令嬢があてがわれる事になったが次々に純潔を婚約者や、急遽婚約者を立ててしまう他の貴族たち。選ばれてしまったセレティアは貢物として隣国へ送られた。
奴隷のような扱いを受けるのだろうと思っていたが、豪華な部屋に通され、好色王と言われた王には一途に愛する王妃がいた。
セレティアは武功を挙げた将兵に下賜されるために呼ばれたのだった。
そしてその将兵は‥‥。
※作品の都合上、うわぁと思うような残酷なシーンがございます。
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※頑張って更新します。
旦那様に離縁をつきつけたら
cyaru
恋愛
駆け落ち同然で結婚したシャロンとシリウス。
仲の良い夫婦でずっと一緒だと思っていた。
突然現れた子連れの女性、そして腕を組んで歩く2人。
我慢の限界を迎えたシャロンは神殿に離縁の申し込みをした。
※色々と異世界の他に現実に近いモノや妄想の世界をぶっこんでいます。
※設定はかなり他の方の作品とは異なる部分があります。
騎士団長!!参る!!
cyaru
恋愛
ポップ王国の第二騎士団。騎士団長を拝命したフェリックス。
見た目の厳つい侯爵家のご当主様。縁談は申し込んだら即破談。気が付けばもうすぐ28歳。
この度見かねた国王陛下の計らいで王命による結婚をする事になりました。
娼婦すら恐る恐る相手をするような強面男のフェリックス。
恐がらせるのは可哀相だと白い結婚で離縁をしてあげようと思います。
ですが、結婚式の誓いのキスでそっとヴェールをあげた瞬間、フェリックスは・・・。
※作者からのお願い。 決して電車内、待ち合わせ場所など人のいる場所で読まないようにお願いいたします。思わず吹き出す、肩が震える、声を押さえるのが難しいなどの症状が出る可能性があります。
※至って真面目に書いて投稿しております。ご了承ください(何を?)
※蜂蜜に加糖練乳を混ぜた話です。(タグでお察しください)
※エッチぃ表現、描写あります。R15にしていますがR18に切り替える可能性あります。
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※8月29日完結します(予約投稿済)おバカな夫婦。最後は笑って頂けると嬉しいです
あなたの事は記憶に御座いません
cyaru
恋愛
この婚約に意味ってあるんだろうか。
ロペ公爵家のグラシアナはいつも考えていた。
婚約者の王太子クリスティアンは幼馴染のオルタ侯爵家の令嬢イメルダを側に侍らせどちらが婚約者なのかよく判らない状況。
そんなある日、グラシアナはイメルダのちょっとした悪戯で負傷してしまう。
グラシアナは「このチャンス!貰った!」と・・・記憶喪失を装い逃げ切りを図る事にした。
のだが…王太子クリスティアンの様子がおかしい。
目覚め、記憶がないグラシアナに「こうなったのも全て私の責任だ。君の生涯、どんな時も私が隣で君を支え、いかなる声にも盾になると誓う」なんて言い出す。
そりゃ、元をただせば貴方がちゃんとしないからですけどね??
記憶喪失を貫き、距離を取って逃げ切りを図ろうとするのだが何故かクリスティアンが今までに見せた事のない態度で纏わりついてくるのだった・・・。
★↑例の如く恐ろしく省略してます。
★ニャンの日present♡ 5月18日投稿開始、完結は5月22日22時22分
★今回久しぶりの5日間という長丁場の為、ご理解お願いします(なんの?)
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません。
完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています
オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。
◇◇◇◇◇◇◇
「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。
14回恋愛大賞奨励賞受賞しました!
これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。
ありがとうございました!
ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。
この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる