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第二章 アカデミー編

第65話 『過剰な戦力』

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 リクとシルヴィアが、『障害』として放たれた魔法銀ミスリル製の魔人形ゴーレム軍団と接敵したのとほぼ同じ頃。

 折り返し地点へと直進を続けるアレイ達もまた、多数の魔人形ゴーレムの姿を視界に捉え…臨戦態勢を取っていた。

 しかし、足を止めていては魔人形ゴーレムに狙い撃ちにされる危険があるばかりか、戦闘に時間を取られる分…いつもより更に時間に余裕が無くなる事は明白だ。

 故に…先頭を走るアレイは、左腕の魔法具を起動させ、大盾を展開。そのまま走る速度を落とす事無く後ろの5人に手早く指示を飛ばす。


「突撃態勢を取るぞ!先頭は俺とルーカス、その後ろにナーシャとイリス、更に両翼をミーリィとシードで固める!絶対に足を止めるなよ!」

「了解ッ!バスターソード、防御形態シールドモード!!」

「盾役二人で良いとこ持っていき過ぎるんじゃねーぞ、アレイ?」

「…保証はできん。兎も角、先頭の勢いは一当てで止めるからな!行くぞ…【壱式・紅蓮いっしき・ぐれん】発動ォッ!!」


 ミーリィのからかうような声に苦笑いを返しつつ、アレイは展開させた大盾に【壱式・紅蓮いっしき・ぐれん】の業火を宿す。一応とばかりに右手に持った鋼鉄製の長剣ではなく、である。

 リクの指導の下、前衛を務めるアレイ達に伝授された戦技の一つ…その基本とも言えるこの技は、発動の対象となる武具を選ばないという特性を持っていた。

 要するに、剣や槍、手甲や足甲、盾や鎧であっても何の問題も無く炎を宿す事が出来る訳で、応用範囲が極めて広い技と言える。

 魔力マナの消費量がやや多めという若干の難点もあるのだが、今のZ組はリクとシルヴィアによって鍛えられた…常軌を逸脱しつつある魔力マナ量と、それを十全に扱いこなす魔力マナ制御能力を手にしているのだ。

 故に、多少戦技や魔法を連発した程度では魔力マナが不足したり、ましてや枯渇するような状態にはそうそうなり得ない。

 そして…生来、異常とも言える程の魔力マナ保有量を誇るアレイならば尚更魔力マナに関する心配は無用であった。

 そのまま突撃の勢いを緩める事無く、迫り来る魔人形ゴーレム軍団へと接敵するアレイ達。素早い動きで先の指示通りの陣形へと各自が位置取りを変えており、ここにも訓練の成果が如実に表れていた。

 二枚の大きな盾が先頭となって突き進む集団に対し、やや鈍重な印象を受ける魔人形ゴーレム側の先頭…やはり騎士の姿を模した、全身鎧フルアーマー型とでも言えそうな二体が、先頭のアレイとルーカスに狙いを定め…同じく突っ込んで来る。

 そして、見た目の印象とは裏腹な速度で得物である右手の長槍で鋭い突きをそれぞれの相手へと放つ。だが……アレイとルーカスはその突きを、少し驚きの表情を浮かべただけで難なく躱してしまう。


「わっ!?思ったよりも早いッ!!流石はあのリクのお母さん、エリス様の作品って感じだなぁ…見た目より全然動きが俊敏だよ!」

「呑気に感動してる場合かルーカス!それに早いと言っても、リクとシルヴィアに比べれば止まって見える程度でしかないぞ!」

「それは二人に失礼じゃないかな……兎も角、本気でやらなきゃね!【壱式改・烈風いっしきかい・れっぷう】発動ォッ!!」

「そう言う事だ……まずは一体目、貴様からだな…紅蓮の業火で燃え尽きろッ!!」

「僕はアレイみたいに受けるのは苦手だからね。暴風で…吹き飛んで貰うッ……ミーリィ!シード!ナーシャ!そっちにバラバラに飛ばすから、処理よろしくッ!!」

「待ってましたッ!!片っ端から撃ち落とせばいいのねっ!」

「いや、それがし達の獲物も残して欲しいでござるよ!?」

「……緊張感の欠片もねぇな、お前等……ま、肩に力入ってるよりマシか。ナーシャ!アタシの得物も残しておけよ!」


 実際に戦闘型の魔人形ゴーレムと相対した事と、その性能の良さとに感動したらしいルーカスは素直にその感想を口にするのだが…アレイがそれを窘める。

 エリスが製作しただけはあって、魔人形ゴーレムは一般の王都騎士団員並みの動きが可能な程度の戦闘力が付与されている。

 だが、思わずアレイが口にしたように…彼等が毎日相手にしてきたのは、近衛騎士さえも遥かに上回る実力を持つ…リクとシルヴィアの二人なのだ。

 度々その姿が掻き消えるような速度の攻撃でもなければ、どれ程の戦技や魔法であろうと躱し、障壁で防ぎきってしまうような二人より強いなどという事は絶対に無い。

 それは言外に二人の事を化け物扱いしている様なものともとれる為、思わずルーカスは苦笑する。リクは気にもしないだろうが、シルヴィアはふて腐れるのではないだろうかと。

 必殺の突きをあっさりと回避された事で、魔人形ゴーレム達は次の一撃を繰り出すべく体勢を整えようとする。だが、それをアレイが待っている筈はなく…

 彼は【壱式・紅蓮いっしき・ぐれん】を発動させた大盾をしっかりと構えたまま、自身へ攻撃してきた魔人形ゴーレムへ突進を掛けた。

 至近距離からの体当たりを錬魔鋼製のボディにめり込まされ、ほぼアレイと同じ位の巨体が地面から大きく浮き上がる。アレイの恵まれた体格、そして【肉体強化フィジカル・ブースト】の効果も相まっての事だが…見た目のインパクトは相当なものだ。

 そのままアレイは盾に展開した【壱式・紅蓮いっしき・ぐれん】に注ぐ魔力マナを一気に増加させた。瞬時に紅蓮の業火は火勢を増し、瞬く間に錬魔鋼製の魔人形ゴーレムを燃やす…というよりも融解させてしまう。

 一方、ルーカスは風系統の戦技としてリクが編み出した…【壱式改・烈風いっしきかい・れっぷう】を防御形態シールドモードの『相棒』へと展開させた。

 自分の身体能力がZ組の前衛では最も低い事を自認する彼は、アレイのように正面から敵の攻撃を受け止めるのではなく…攻撃の方向を逸らす防御術の習得に努めてきたのだ。

 主にリク。そして刀を用いた防御術も応用できるとの事で、シードにも指導を仰ぎ…徐々にではあるが、形にして来た彼自身の『技』である。

 そして、それを補助する為に打って付けとなる戦技が【壱式改・烈風いっしきかい・れっぷう】である。

 順位決定戦でリクが思いつきで作った戦技だが、暴風による吹き飛ばし効果を重視しており、防御に用いれば相手を大きく遠ざける事が容易になる…そこにルーカスは着目したのだ。

 魔法具『バスターソード』は、攻防一体の優れた武装なのだが、その両面を同時に使用できないという大きな弱点もある。

 つまり、防御形態シールドモードによる鉄壁の防御を展開している間は、魔法以外の手段での攻撃をルーカスは行えないという事だ。

 故に……ルーカスは自分自身で敵を屠るのではなく、仲間が敵を倒す為の『お膳立て』をする事に決めたのだ。そして、その要請を頼もしい仲間達は…我先に、と言わんばかりの勢いで承諾する。


「おっしゃあッ!!いい感じに吹き飛んで来やがったなぁ!……喰らいなッ!これが……【風系統:剛爆拳ストームナックル】だァッ!!」

「こっちにも来たわッ!行っくわよぉ~【光系統:光槍レイ・ランス・連撃化】!!ほらほらほらァッ!!蜂の巣にしてあげちゃうっ!!」

「え、えっと…【体力回復・広域展開】っ!!……それから……み、皆に【風の疾走】を…」

「……女子おなごはやはり恐ろしいでござるなぁ……むっ?……【肆式:風裂剣ししき・ウインブレイド】…そして【壱の太刀:疾風はやて】ッ!!」

「……えっ?きゃ、きゃあッ!?」

「……驚かせてすまんでござる、イリス殿。それがし以外に届く位置に誰も居なかった故、咄嗟に斬ってしまったでござるよ」


 ルーカスが【壱式改・烈風いっしきかい・れっぷう】の風を利用し、次々と魔人形ゴーレムを吹き飛ばしていくのを、待ってましたと先ずはミーリィが迎撃する。

 完成したばかりの手甲に風の魔力マナを纏わせ、雷光の如き速度で相手の無防備な腹部付近へと拳を叩き込み…その瞬間に風を爆ぜさせる。

 リクの【剛爆】と【剛爆蹴】を参考に彼女が編み出した新たな戦技…それがこの【剛爆拳ストームナックル】である。

 錬魔鋼製の手甲は魔力マナを余すところ無く伝え、同じ素材で作られた魔人形ゴーレムであるにも関わらず…爆散させてしまった。

 更に違う方向へと飛ばされた魔人形ゴーレムには、これまた手ぐすねをひいて待っているナーストリアが満面の笑みを浮かべながら、愛用の杖を突きだしていた訳で…

 彼女はシルヴィアから伝授された【光系統:光槍レイ・ランス】をわざわざ連撃化までして解き放った。たった一体に対してである。

 その言に違わず、次々と発射される純白の槍は文字通り魔人形ゴーレムのボディをこれでもかと貫き続け…やはり爆散させてしまった。

 異常とさえ言える戦闘力を次々と披露していく面々。しかし、これまでの早朝マラソンとは異なる戦闘行為で普段よりも体力を消耗してしまっていては完走が怪しくなってしまいかねない危険もある。

 その心配を杞憂に終わらせる為の備え…それが支援役として中央に配置されたイリスの役割だ。

 元々、治癒の魔力マナの扱いに長ける彼女は数多くの治癒魔法と支援魔法をシルヴィアから伝授されている。使用者が極めて限られると言われる【体力回復】もその一つである。

 実はシルヴィア自身、アカデミーでの座学で初めて知ったのだが…【完全治癒フル・リカバリー】は当然としても【体力回復】も相当に高等な治癒魔法とリスティアでは認識されているらしく、聖堂関係者でもかなりの高位の聖職者のみが扱う代物なのだそうだ。

 それを幼少期に『大体のイメージで魔力マナを制御したら出来た』と言われたイリスが卒倒しかけたのも仕方が無い事だろう。余りにも普通ではない。

 慎重に魔力マナを制御し、各員の体力量を見定めてそれぞれに必要な回復を施す為の魔法をきっちりと行使するイリス。直接戦闘には不向きな彼女だが、支援においては既にシルヴィアに次ぐ腕前となっているのだ。

 だが…それ故に、想定外の事態……奇襲などの状況には弱い。不幸な偶然と言うべきではあるが、ルーカスの弾き飛ばした魔人形ゴーレムの一体がイリスの背後に落ちてきたのだ。

 皆へ次なる支援…【風の疾走】を広域展開で施そうと集中を始めた彼女は、当然その事態に気付いてはいない。無防備な背中へと魔人形ゴーレムが両手持ちにした大剣を振り下ろすべく構える…

 そこへ一陣の風が駆け抜けた。

 それは小さな人影……疾風の勢いでイリスと魔人形ゴーレムの間へと割り込んだその人物は、銀の煌きを一閃。瞬く間に相手の巨体を両断し…沈黙させた。

 薄く、風の魔力マナを刀に纏わせ。電光石火の一撃を見舞ったその人物は…ここまで女性陣の勢いに隠れていた感のあるシードである。

 ミーリィとナーストリアの大暴れに出遅れた彼であったが、支援に集中するイリスの方向へ魔人形ゴーレムが飛ばされて行く事をただ一人発見したシードは、鞘に納刀されたままの刀の柄に手を掛けて走り出し…

 納刀状態のまま、リクに伝授された【肆式:風裂剣ししき・ウインブレイド】を発動。普段以上に切れ味を増したその刃をもって…必殺の一撃を繰り出したのだ。

 その名は【壱の太刀:疾風はやて】…極東の小国・アマツミに伝わる独自の剣技の一つ『居合』というものである。

 納刀状態から抜剣時の鞘走りを利用し、剣速を極限まで加速させる事で一撃必殺の斬撃を加える…極めて高等な技術で、Z組で最も剣技に秀でるシードにのみ扱える技だ。

 一瞬何が起こったのか分からず、軽いパニックに陥りかけるイリスに頬を掻きつつ謝るシード。咄嗟の事で警告を発する事も出来ず、敵を瞬断した為仕方がない事ではあるのだが…


「これで……ラストだッ!!燃え……尽きろォォォォッ!!!」


 激しい戦闘を繰り広げ、辺りの地形を若干おかしな形へと変化させながら6人の一方的な勝利が訪れるまでには10分と掛からなかった。

 最後に残った一体をアレイがまたしても盾からの業火で融解させ、完全に沈黙させた事を確認すると、一同は手早く体力回復薬エナジーポーションを服用する。

 幾ら魔力マナの使用が許可されているとはいえ、最後まで走り切るまでの間、何度の戦闘をこなす事になるのか今の所は不明である。

 その為、特に回復と支援を担当するイリスの魔力マナは可能な限り温存し、使用に若干の時間を要する回復薬ポーションから先に使用するべきだとアレイは判断していた。

 こうして僅かなインターバルで体力を回復した一同は、再び真っ直ぐの道程で折り返し地点を目指して駆け出す。

 リクとシルヴィアも今頃は同じ様に魔人形ゴーレム達をなぎ倒し、先を急いでいると信じて…


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『……別の意味でお説教が必要かも知れないわね、あの子達には…』


 リクとシルヴィア。そしてアレイ達の一団の丁度中間に位置取る地点を移動しつつ、両者の戦い振りを観察していたエリスは大きな溜め息を吐いていた。

 お説教とは勿論、リクとシルヴィアに対してである。理由は言わずもがな……『アレイ達を鍛え過ぎた』という事だ。

 当人達に自覚が無いのが更に悪いのだが、アレイ達の戦闘力は既に王都騎士団の近衛騎士を上回るレベルにまで到達している、と短い時間でエリスは分析した。

 無論、経験の面では実際に近衛騎士にまで上り詰めたアリシアやヒルダの方に一日の長があり、一概に彼女達を超えたとまでは言えないだろうが…

 それでも、アカデミーの新入生が到達している筈の無い領域に踏み込んでしまったのは事実で、Z組全体の戦力は異常なまでに向上してしまっていたのだ。

 実際、最初の戦闘以後は勢いにのったアレイ達は、魔人形ゴーレム達の襲撃を物ともせず撃破し…エリスの予想を上回る速度で折り返し地点に到達したのだ。

 そして…リクとシルヴィアに至っては…


「……母さん、ゴメン。殆どの魔法銀ミスリル……使い物になんない位壊した…」

「ご、ごめんなさい……ちょっと張り切りすぎちゃって……」


 初戦の光波爆裂フォトン・バーストが威力過剰であった為、二人も自重をするつもりであったのだが…最大戦力を投入する、と言われていた通り…リクとシルヴィアはその後都合60体の魔人形ゴーレムを一度に相手する事になってしまっていた。

 各個撃破では埒が明かないと判断したシルヴィアは、リクに全力での戦闘を提案。すぐさまそれを受け入れたリクは…彼女と共に【焔嵐フレアストーム】を放ったのだった。

 10歳の頃に放った物とは次元の違う……二人の成長ぶりを物語る極大の炎の竜巻は、魔法銀ミスリル製の魔人形ゴーレム軍団を蒸発させてしまったのだ。

 今度は貴重極まりない『核』の錬魔結晶れんまけっしょう諸共に、である。ついでに言えば、広大な範囲の大地に立派なクレーターまで作ってしまった。

 傍目にもやり過ぎたリクとシルヴィアは、それでもアレイ達よりかなり先行して折り返し地点に到着し…最後に合流してきたエリスに開口一番、土下座で謝ったのである。


「……放課後で良いからアレ、きちんと元に戻しておきなさい。時間が無いから先に朝食にしなさい。皆も帰りはもう一度戦闘をして貰うから、しっかりと回復しておきなさい」

「あ、あれ?……それだけ?」

「……お説教は帰ってからよ。覚悟しておきなさい、リク」

「うわ、藪蛇だった……」

「変な所ばっかりラルフに似てきて嘆かわしいわ……」


 絶対に母は怒っている、とばかり思っていたリクは予想外に静かな口調のエリスに思わず呆けた声を上げる。

 実際、エリスは怒ってはいない。呆れてはいるが、自身の予想を超える成長ぶりを見せた息子達を褒めてやりたいとさえ思っていた。

 だが、ここで油断や慢心をさせてしまっては元も子もない。成人したとはいってもまだまだ子供の域にいる15歳の少年少女である。

 経験を積んだ大人として、間違った成長をさせてはならないと常々考えるエリスは淡々とこの後の予定を伝え、朝食と回復を行う為の休息を指示する。

 強すぎる力を持つ集団へと成長してしまっている面々なだけに……その力を疎まれる事が無い様に、何らかの対策を打たなければならない…

 帰ってからのお説教をリクに告げるエリスは、今後の方策をアルベルトや、村で留守番を決め込んでいる夫と相談することが必要だと一人考えを巡らせるのだった。


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