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第二章 アカデミー編
第53話 『絆が生み出す力』
しおりを挟む再び二対二の状況となった模擬戦。先手を取ったのはアルベルトとレジーナのコンビだ。
長剣を両手で構え直し、前傾姿勢から踏み込もうとするアルベルトは手早くレジーナへ指示を飛ばす。
「レジーナ、支援は任せる。無理をしてあの二人に挑むのはもうやめておけ・・・行くぞ!」
「そ、そんな事言われてもですね!あっちから向かって来た時はどうすれば・・・ああもう!【肉体強化】!更に【攻撃強化】!」
簡潔に支援だけに専念するようにと言いつけ、猛烈な勢いで駆け出すアルベルト。レジーナはその背中に不安をぶちまけるが、その間にもアルベルトは支援魔法の有効範囲を越えてしまう勢いで離れて行く。
止む無くレジーナは肉体強化と攻撃強化、二種の魔法をアルベルトに対して施す。
強化系統の魔法は、治癒魔法と並ぶ『他者に施す事が容易な魔法』である。自分自身で使用する者が殆どではあるが、本来はこのように後衛を担う者が前衛へと支援目的で使う事が望ましいと言える。
後衛が支援に徹する事で、前衛は自身の魔力などの力を全て戦技や攻撃魔法につぎ込む事が出来るからだ。これが連携の基本と言える形である。
基本に忠実な連携を見せる事で、退避区域のアレイ達に本格的に『連携戦術』を教えようとしているのだろう。皆この程度の事は、頭では分かってはいるだろうが、実戦での立ち回りを見るのはこれが初めてという者が多い。
漸くアルベルトは当初に狙っていた模擬戦の目的を少しは果たせるか、と考えつつ長剣を両手でしっかりと握って突撃を敢行するのだが・・・
「こっちも行くぞ、シル!!【闘気・全開】ッ!!そして・・・【紅蓮剛爆剣】発動ォッ!!」
「任せてっ!【肉体強化】!【攻撃強化】!【風の疾走・超速加速】!そして・・・【強化増強】!!」
リクとシルヴィアも教師陣とほぼ同時に、普段と同じフォーメーション・・・慣れ親しんだ役割分担を即時に選択し、実行していた。
大抵の魔物討伐等の戦闘では、それぞれが強化系統の魔法を使用し、それぞれが戦技や魔法を駆使して戦うという立ち回りをする事が多いリクとシルヴィアだが・・・今回は完全に前衛と後衛に別れての戦法を選んだ。
これは主に魔物なら『A++ランク』以上の強個体。そして・・・理不尽なまでの強さを誇る師匠達に挑む際にだけ使用する・・・二人の最強の戦法だ。
リクは特に説明もせず、ただシルヴィアに合図の言葉だけを送り、闘気を最大に展開して、己の身体能力を一気に跳ね上げさせる。
更に右手の鋼鉄の剣に再び【紅蓮剛爆剣】の業火を宿らせ・・・こちらもアルベルトへと向かい、突撃を開始する。そして間髪入れずにシルヴィアの魔法がリクへ施された。
シルヴィアは、レジーナと同じ二種の強化。そして限界以上の加速をもたらす【風の疾走・超速加速】・・・更にはそれらの効果を劇的に引き上げる【強化増強】までもを一度に制御し、リクの始動に丁度合わせるタイミングで発動させたのだ。
全ての強化の効果、そして【激走】と合わさった【風の疾走・超速加速】の相乗効果は凄まじく、赤い闘気と炎の残滓だけを残し・・・リクの姿が掻き消える。
「何ッ!?一瞬で・・・肉眼で捉えられん速度に到達したのか!?・・・気配は・・・そこかッ!!」
異常な速度。まるで瞬間移動でもしたのかと思う程の超速機動のリクを、アルベルトは目を見開いて驚くものの・・・冷静にその目を閉じ、迫りくるリクの闘気の気配を頼りに位置を探り当てる。
短い気合の声と共に、アルベルトは己の右側面へと両手で長剣を上段から振り下ろす。リクも流石に全力展開させた闘気を隠し切る事は出来ず、アルベルトの狙い通りの位置にその姿があった。
「見切られた!?・・・だったら、これなら・・・どうだあああああ!!」
最速での突撃を見切られた。反撃に放たれた振り下ろしの一撃を、リクは咄嗟に【剛爆】を発動させて強引にアルベルトの背後へと・・・浮いたまま回り込む。
【強化増強】の影響で、風の魔力を用いた戦技である【剛爆】まで普段以上の威力になっていたのだ。そして、そのままリクは次々と両足から【剛爆】を放ち・・・空中を移動して斬り掛かっていく。
またしても閃きだけで、これまでの人類では考えられなかった異常な戦闘法を編み出してしまったのだが・・・今のリクにはそんな自覚も、余裕もない。
シルヴィアの【攻撃強化】で強化された右手の剣により一層の魔力を注ぎ込み、今や通常の【焔嵐】と大差の無い炎の嵐を解き放つタイミングを計りつつ、目まぐるしい空中機動を繰り広げるが・・・
余りにも高威力の戦技である事を肌で感じ取ったレジーナが、青ざめた顔で必死にリクを止めるべく魔法を放つ。
「こ、これ以上はダメ!危険よ危険!!先生としてその戦技を放たせる訳にはいかないわ!!乱暴な魔法だけど・・・【火系統:火炎嵐・最大出力】!!」
「リっくんの・・・邪魔しないで下さいッ!!【強化版・氷嵐・・・最大出力】ッ!!」
レジーナは自身の持つ魔法の中では最大火力に近い火炎嵐を制御可能な限界まで魔力を練り上げて放った。だが、ほぼ同時に・・・リクの後方から飛び出したシルヴィアも魔法を放っていた。
それも、対極の水・・・凍結系統の氷嵐を強化した上で、やはり限界まで魔力を練り上げてである。
先程の激流壁と加具土命とは対照的に、今度は吹きすさぶ氷の嵐が炎を残らず飲み込んでいく。
「あ・・・一瞬で消された・・・って、そっちの魔法全っ然弱まってないし!?【障壁:火炎壁】ッ!!」
「レジーナ先生?リっくんを傷つけようというのなら・・・私、容赦しませんからね?【凍結系統:氷雪爆華】ッ!!」
「ええっ!?そういう問題なの!?・・・って、きゃああああ!?せ、先輩ぃぃぃぃ!!た、助けて下さいぃぃぃぃッ!!」
「兎に角、邪魔だけは絶対させませんから、ねっ?・・・さっ!ここからは・・・私もッ!!」
苛烈な氷の嵐は瞬く間に迫り、たまらずレジーナは相性の良い障壁・・・火炎壁を展開させるものの、尚もシルヴィアは追撃の手を緩めない。
更に魔力を大量に注ぎ込み、強化した氷嵐を拘束目的の魔法ではなく、攻撃魔法として変化させたもの・・・それが【凍結系統:氷雪爆華】である。
但し、次々と連鎖爆発を起こす様は派手なのだが、直接的な攻撃力は他の魔法・・・光槍や炎爆破に大きく劣る。
シルヴィアがこの状況で敢えて威力よりも派手さを選んだのは、心理的にレジーナを追い込む為。一瞬だけ『凍てつく視線』を見せつつ、攻撃魔法を放つ・・・
そして狙い通り、というより予想以上に狼狽えるレジーナの姿を見てシルヴィアは小さく舌を出した。そう、これは先程仕掛けられたブラフの『お返し』なのだ。
アルベルトへの援護を遮り、リクが一騎打ちに集中出来る戦況を維持しつつ、シルヴィアは次なる行動の準備へと掛かる。ここからが正念場、と気合を入れなおして・・・
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後衛対後衛の戦いをシルヴィアが一方的に押し切る中、リクはアルベルトの剣をギリギリで躱しつつ、右手の炎を叩きつけるタイミングを計り続けていた。
せわしなく【剛爆】を発動させて飛び回りながら攻め立てる戦法には、流石のアルベルトも全力で応戦せざるを得ないのか、先程までとは比べ物にならない剣速で迎撃、そして反撃を行う。
リクはそれを左の闘気剣で受け流すか、体を捻って回避するという・・・一進一退の攻防を続けている。ただ・・・リクの動きは剣閃を躱す度に加速を続けていた。
「もっと速く!もっと・・・小回りを利かせてェッ!!こうだッ!!」
地に足を着く事無く、そして徐々に【剛爆】を発動させる回数が減っていく。アルベルトを上回りたい一心で繰り出し続ける空中機動だったが・・・戦いの中でその動きは今や完全に『空を飛んで戦っている』と言えるものへと変化していた。
しかもその速度は文字通り、目にも止まらぬスピードである。実際、アルベルトは目視には頼らずリクの闘気を察知する方法で対応している。
退避区域の面々ではアレイとミーリィ、そしてシードの三人が何とか気配を追う事は出来ているのだが・・・時折見失っているようで、声も出ない様子だった。
そして・・・再び斬り掛かる為にアルベルトの後方へと急旋回しつつ移動するリク。しかし、アルベルトはその動きを的確に見極め・・・装填魔法を解き放つ。
「これ程とはな・・・!!だが、まだだ!【装填解放:魔力破砕砲】ァッ!!」
「・・・!!これは・・・生半可な障壁や戦技じゃ・・・!クソッ!!行けッ!【紅蓮剛爆剣】!!」
突き出した魔法銀の左掌から眩い、純粋な魔力の光が溢れた。
放たれし純白の極光は、空中機動中のリクの一瞬の隙・・・方向転換直後の僅かな硬直を完璧に捉えていた。気配を察知するだけではなく、リクの行動パターンをこの短い時間で大体把握したのだろう。アルベルトの『読み勝ち』と言える。
自身の戦技【闘気破砕砲】と非常に良く似た性質の魔法故か、リクは焦りの表情を浮かべ・・・紅蓮剛爆剣の炎をぶつけて相殺する事を選択する。
仮に自分の戦技と同等の威力の『砲撃』とすれば・・・瞬時に対抗できるのは右手の剣に渦巻く炎の嵐だけだろうとの判断だが、これが功を奏した。
強大な魔力の砲撃と、荒れ狂う炎の嵐とが両者の中間で激突し・・・大爆発を起こす。轟音、そして凄まじい爆風が辺りを駆け抜けて・・・教練グラウンドの囲う結界を大きく揺るがし・・・破壊した。
予め魔具により強化はしていたものの、ぶつかり合った両者の技の威力の前には無力であった。寧ろ、強化していたからこそどうにか周囲への被害を出さずに済んだのだから、上出来とするべきだ。
二人の技の凄まじい激突にレジーナは慄きつつも、どうにか再度の合流を果たそうと動き・・・一方のシルヴィアはその動きを気配だけで追いながら、アルベルトの放った魔法をしっかりと見つめていた。
そして・・・紅蓮剛爆剣の威力を解放する寸前、一瞬自分の方へ視線を向けたリクの意図を、シルヴィアは正確に読み取り・・・魔力円環法を展開する。
「・・・リっくん。ちゃんと分かったよ?・・・あとは私がタイミングをきちんと捉えないと、だね・・・!急がないと!!」
普通ならば時間を掛け、ゆっくりと周囲の魔力を自身へと集める奥義である魔力円環法を、ギリギリまで高速化して行使するシルヴィア。
既にレジーナは戦意をほぼ喪失しているであろう様子から、邪魔が入る事や、アルベルトの援護に回る様な事は出来ないだろうと踏んではいるが、無茶な空中機動を行うリクの魔力が残り少ないと思われるのもまた事実である。
恐らく次の一撃にリクは全ての魔力と闘気を注ぎ込む筈だ。そして、間違いなくアルベルトに隙を生じさせる・・・そこをシルヴィアに突け、とリクは視線で伝えて来たのだと彼女は理解している。
師匠達を彷彿とさせる阿吽の呼吸。決して連携が不慣れな訳ではない教師チームを上回る、動きの迷いの無さこそが互いを知り尽くしたリクとシルヴィアの真骨頂なのだ。
そして、戦いは最終局面を迎える。危険を承知でリクはアルベルトの懐へと入り込むべく、地に足を着けて一気に距離を詰めようと飛び込んでいく。
蹴り付けた地面が大きく陥没し、一瞬リクの姿が掻き消える。退避区域のアレイ達が驚く間も無く・・・次の瞬間にはアルベルトの懐に見事入り込んだリクの姿。そして・・・
「・・・内に入り込んだからと言って、対処する為の戦技程度は有るぞ!・・・少々名前が酷いが・・・【戦技・風系統:落葉斬】!!」
またしてもリクの動きを読み切り、冷静に右手の長剣を振り抜くアルベルト。風系統の戦技を発動させ、今までよりも尚速くなった剣閃はリクの左腕を狙ったものだ。
低い姿勢で突っ込んで来たリクは、体勢的にどちらかの剣で受けるしかない筈・・・そうすれば逆に手痛い反撃を食らわせる事が出来る、とアルベルトは見ていたのだが・・・
リクは更に一歩大きく踏み込んで・・・アルベルトの剣を左の肩で受け止めた。鋭い斬撃に戦闘衣が裂け、鮮血が溢れる。その痛みに表情を歪めながらもリクは肩にありったけの力を入れて堪えた。
「正気か!?お前ならば回避出来ない速度では無かった筈だ!・・・まさか、ワザと受けたのか!?」
「・・・確かにできますよッ!!・・・ぐッ!!・・・根元なら・・・我慢できる痛みだッ!!ご推察の通り、この一撃を決める為の・・・布石って奴です!!」
これまで驚異的な反応速度と身体能力をもって、自分の攻撃の悉くを避けて来たリクがマトモに刃を受けた事。そして生徒に傷を負わせた事とに動揺の色を隠せず、大きな声を上げるアルベルト。
そして、より懐に入り込まれた事で斬撃の威力を大きく削がれた事に気付き・・・アルベルトはリクの行動の真意を知った。
つまり・・・リクは最初からアルベルトの剣を体で受け止め、絶対に自分の攻撃を回避できない距離にまで引き寄せる事が目的だったのだ。
肩の筋肉に力を込めて剣を動かせない様に固定し、アルベルトが自分から離れられないように追い込んだリクは、左腕から魔法具の石弓を展開。普段から装填している闘気を一気に注ぎ込み・・・
「例え防げたとしてもタダでは済みませんよッ!?・・・行けッ!!【零距離・闘気破砕砲】最大出力ァァァッ!!」
「ちいッ!!・・・【装填解放・障壁:無敵の盾】!!」
密着状態からの一撃。迫る最大威力の攻撃から逃れるべく、咄嗟にアルベルトは右手を剣から離して僅かにリクとの距離を開くが・・・リクの目論見通り、とてもではないが回避の余裕はない。
止む無く装填魔法でも最大の切り札・・・最強の障壁魔法である【障壁:無敵の盾】を展開。そこへリクが放った闘気破砕砲が直撃した。
超至近距離から僅かに離脱出来た事が功を奏し、本当にギリギリではあったが、アルベルトの無敵の盾は闘気破砕砲を受け止める事に成功したのだ。
しかし、最大出力の闘気破砕砲を単体攻撃用として・・・しかも逃げ場の無い至近距離で放たれた事は、超威力の砲撃の全てを受け続けるという事でもある。
言わば、放射され続ける威力を堪え続ける為・・・その場に動きを封じられたアルベルトは、必死の形相で無敵の盾の制御を続ける。
同じ障壁魔法の【障壁:金剛の盾】と比較して【障壁:無敵の盾】は遥かに高度な魔力制御能力を必要とする。
四種族・・・即ち『人類』が扱える最高の障壁魔法とされる所以の一つがそれである。この魔法の開発者をして『異常な位、制御が難しい。他人に教えようとして教えられる様な物じゃない』と言わしめる程なのだ。
魔族故の高い魔力制御力を持つアルベルトでさえ、集中を途切れさせれば一瞬で消滅してしまう。だが、リクの闘気破砕砲を止める為には最早これを使用する以外に手が残されていなかった。
「クッ・・・!!・・・凄まじい威力・・・だなッ!!・・・左腕一本を犠牲にしてまで放った一撃、本当に見事だッ!!無敵の盾を使わせた者は、本当にお前が初めてだぞ、リク!!」
「ぐうううううッ!!!!・・・お褒めに預かり・・・光栄ですよッ!!だけどッ!!・・・この程度で『俺達』が終わると思ったら・・・大間違いです・・・よッ!!」
「・・・!?・・・まさか!?・・・この一撃も布石ッ!?・・・レジーナァッ!!結界を張れ!!今すぐにグラウンド全域を覆う魔力盾壁を全力で張れェッ!!!!」
完全に行動を封じられたアルベルトではあったが、一方でリクも苦痛に表情を歪め・・・自身の最大威力の『反動』に耐えていたのだった。
それは、至近距離で闘気破砕砲を放った弊害。
本来ならば、離れた相手を狙い圧縮した闘気を一気に解き放つ・・・砲撃というべき戦技が闘気破砕砲である。
それ故、発動の際には打ち出した闘気の総量に比例した『反動』が発生する。そう、普通に放つのならばその反動を十分に逃がす為の空間が存在するのだ。
だが、今回。リクはアルベルトに確実に命中させる為に敢えて密着・・・即ち、限りなく零距離に近い位置での砲撃を敢行した。その結果は・・・猛烈な反動を拳に、そして左腕全体へとモロに受ける事になる。
シルヴィア謹製のリストバンドや石弓といった魔法具はビクともしないが、生身であるリクの体まではそうもいかない。
強大過ぎる威力を持つ闘気破砕砲の反動は半端な物ではなく、鍛え抜かれたリクの拳や腕の骨を容易く砕き・・・あちこちの血管を破裂させ、夥しい出血を伴う負傷を余儀なくされる。
左肩に深く食い込んだままの長剣による傷の痛みが霞む程の激痛。流石のリクもこれは相当に堪える様で、歯を食いしばり・・・必死の形相になってしまうのだった。
だが、それでも瞳に灯した闘志は衰えてはいない。しっかりとアルベルトを睨みつけ・・・不敵な笑みを一瞬浮かべて、リクは『自分たちの作戦』をそっと告げる。
これが全力で相手を屠る為の戦闘ならば、わざわざ『自分たちの狙い』を伝える事などは当然しない。しかし、真剣勝負とは言ってもこれはあくまで『模擬戦』である。
殆ど普段の『魔物討伐』の際と同じ程度までは『本気』の度合いを上げていたリクではあるが、そこの所は忘れてはいなかった。
たったの一言。しかし、アルベルトは目を見張ると未だ後方で恐慌状態に陥ったままのレジーナに指示を叫ぶ。その理由は・・・ゆっくりと目の前で左方向へと体を傾け、跳躍の体勢へと移行するリクの背後にあった。
「魔力円環法・・・最大装填完了っ!このチャンスを・・・絶対、逃がさないんだからッ!!」
アルベルトの視線の先・・・リクの背後にその姿を隠していたシルヴィアが想像を絶する量の魔力を圧縮していたのだ。
開いた両の手を真っ直ぐ前へと突き出し、リクが跳躍して退避すると同時に放つタイミングを狙い続け・・・自身が制御可能な限界まで魔力円環法によって周囲の魔力をかき集めていたシルヴィアは、今それを解き放つ。
そして・・・先輩教員の切羽詰まった叫びに漸く我に返ったレジーナが必死に結界化させた【魔力盾壁】を全力でグラウンド全体・・・退避区域を特に強化した上で展開するのとほぼ同時に、周囲を埋め尽くす純白の極光が迸った。
それはリクが両足から最大威力の風を爆ぜさせる・・・僅か数秒の後という、これ以上なく完璧なタイミングであった。
「・・・【剛爆・最大出力】ッ!!・・・今だ、シル!!・・・撃てええええええええッ!!」
「魔力円環法、解放!!・・・【魔力破砕砲・最大出力】!!・・・いっけえええええええっ!!」
シルヴィアが集めに集めた全ての魔力を使った砲撃である。先にアルベルトの放った装填魔法の同じ魔法よりも、そしてリクが放った闘気破砕砲よりも遥かに極太の光の奔流が、地面を抉り飛ばしながら突き進む。
既に常時教練グラウンドに施されている結界や障壁は消し飛んでいる。例え全てが残っていたとしても、この砲撃を止める事は出来ないのだが、それでも無いよりは周囲への被害が抑えられる。
故にアルベルトはレジーナにアレイ達他の生徒を守る為、そしてアカデミー施設への被害を最小限に食い止める為に、結界を展開させた。
そして、自分に間違いなく命中するであろう、常識を遥かに超える威力の砲撃は・・・一人で受け切る事を覚悟する。
「・・・二人共見事だ。これ以上ない二者連携を皆に披露してくれた事、感謝するぞ。・・・礼という程の物では無いが・・・せめてこの一撃、きっちりと防ぎきって見せよう・・・!」
それはリクとシルヴィアの勝利を認める発言だった。アルベルトは自身の予想を大きく超えて見せ、ここまで自分を追い込んだ二人の実力を称賛する。
そしてアルベルトは【障壁:無敵の盾】の防御力の全てと、左腕を用いた魔力の霧散化技術を全て注ぎ込み・・・魔力破砕砲の威力を受け切る事に成功する。
但し・・・許容限度を超える魔力を浴びることで、魔法銀製の義手を大きく破損してしまうという代償を支払う事にもなってしまった。
「左腕一本、か。・・・まあ上出来だな。これで模擬戦を終了する。勝者はリク・シルヴィア組だ。皆、異論はあるか?」
「・・・イマイチ納得行かない決着だけど・・・先生がそう判断されるのなら、俺は従います」
「異論はないです!だ、だから早くリっくんの治療をさせて下さいっ!!」
「・・・いや、そこまで重傷じゃないから大丈夫だって・・・」
「ダメッ!!!!すぐ治すの!!【強化版・完全治癒】!【強化版・体力回復】!ええっと・・・それから・・・!」
「やり過ぎだ!?鼻血噴かせる気かシル!?・・・ああもう、大丈夫だから。もう治ったからさ・・・」
「・・・ふえっ・・・うう・・・ぐすっ・・・」
「・・・・・し・・・死ぬかと思った・・・ホントにこの子、さっきまで私を恐怖のドン底に陥れてた子と同一人物・・・なのかしら?・・・ううっ、思い出したらまた寒気が・・・」
アルベルトの終了宣言にイマイチ納得がいかない、と顔にも言葉にも出すリクだが、だからといって文句を言うような事でもない、と了承する。
一方シルヴィアはそんな事はどうでも良いと言わんばかりの勢いで、リクの治療をしたいとアルベルトに訴える。
リクは先の零距離闘気破砕砲による負傷で、左の拳と前腕の骨が砕けており・・・未だ夥しい血を流していたのだ。
アルベルトが無言で頷くのを見るが早いか、シルヴィアは過剰なまでに魔力を注ぎ込んだ治癒魔法を連発する。
そもそもがあらゆる傷を癒すとまで言われる【完全治癒】を強化したものに、同じく強化された【体力回復】を施され・・・異常な量の治癒魔力に包まれるリクは目を白黒させながら、シルヴィアにもう十分だと叫ぶように言う。
それこそほぼ一瞬でリクの左手を治療してしまったシルヴィアであるが・・・実はリクが怪我をしてしまった事で、戦いの最中からかなり動揺していたのだ。
兎に角一刻も早く治療を・・・と内心で焦っていた彼女は、完全に傷が塞がり・・・痕も残らない様子のリクの左手を見て漸く安心し・・・ぽろぽろと大粒の涙を零し始めたのだった。
今度はシルヴィアのその姿を見たリクが動揺し、必死に落ち着かせようとする訳で・・・
何ともしまらない様子の勝者二人に、教練グラウンドとアレイ達を何とか守り抜いたレジーナは茫然とした表情で自身の感想を口にする。
模擬戦の終了を告げた事でリクとシルヴィアへと駆け寄ってくるアレイ達の姿を見ながら、レジーナは今日シルヴィアに見せつけられた『凍てつく視線』の恐怖にもう一度身を震わせるのだった。
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