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第一章 幼少期編
第26話 『二人の決意』
しおりを挟むリクとシルヴィアは早朝の草原を駆け抜ける。一日の始まりに山への弾丸マラソンをする様に言われたあの日から、二人は一日も休む事無くこれを繰り返してきた。
成長するに伴い、最初は一日掛かっていた道程も、今ではすっかり短く感じてしまう程慣れてしまっていた。山頂に到達する頃にはまだ日が昇っていないのだ。
それを物足りなく感じていた二人は、一気に山を駆け降りて村の方角へと走り出し・・・村外れのゴドゥの家の前で急反転、再び山へと駆けてゆく。二往復すれば丁度朝食の用意をするのに良い時間になる、と判断したのだ。
当然、距離が倍になれば疲労度も上がる。だが、課せられている試練を乗り越える為、リクとシルヴィアは兎に角、何かしていなければ落ち着かなくなっていた。
四六時中、闘気と魔力円環法の事を考えている二人にとって、この時間は半ば自由時間の様な感覚でいられる貴重な時間でもある。
二度目の山頂に着く頃、漸く東の地平に朝日が顔を覗かせた事で、やっと二人は前足で寝ぼけ眼を擦るベアと共に、休憩を取る事にしたのだった。
「じゃあ、休憩の間にリっくんとベアちゃんの魔力。少しだけ分けて貰っていいかな?」
「勿論、いいよ。・・・ベアも構わないよな?」
「・・・がぅ」
山頂の石の一つに腰かけたシルヴィアは、魔力円環法の練習を行う為にと、リク達の許可を求める。リクは快諾し、ベアも『構わない』と言いたげに一声鳴く。
二人の承諾を得て、シルヴィアは静かに集中を始め・・・右手にリクの魔力を、左手にベアの魔力をそれぞれ、ゆっくりと少量ずつ集めてゆく。
徐々に赤いリクの魔力と白いベアの魔力とがシルヴィアへと流れ、大きな渦を形作っていく。その光景を固唾を飲んで見守るリクは、自然と拳を握り締めていた。
シルヴィアは額に大粒の汗を浮かべ、必死に反発作用を抑えようと、暴れる魔力を制御する。この工程を師であるエリスは『力ずくで』と言ったのだが、シルヴィアは少し異なる手法を用いていた。
魔力を力ずくで抑えるのではなく、その流れを整えて、己の魔力と同調させようとしているのだ。
彼女は力技がそもそも苦手だ。幾度となく実践を重ねたものの・・・結果は思わしくないどころか、手に生傷が絶えない事になり、治癒魔法の魔力を遣り繰りするのに困る始末であった。
そんな彼女を見かねていたリクは、ある日思いついた事を提案する・・・『魔力回復薬を作るときみたいには出来ないか?』と。
このリクの一言がシルヴィアに発想の転換をもたらした。魔力回復薬の生成は異なる魔力と己の魔力を混ぜて行う訳で、普段からやっている事だ。その応用なら出来ない筈が無い。
師匠の言とはいえ、一つの方法に拘り、視野が狭くなっていた事を恥ずかしく思いつつ、魔力回復薬を調合する手順をなぞるように周囲の魔力を集めてみた所・・・初めて怪我を負う事も無く、魔力円環法を成功させることが出来たのだ。
そして今、リクとベアの魔力を完全に己に同調させたシルヴィアは、空に向けて魔力の矢を放つ。普通の物の5倍程の極太なそれは、大気を切り裂き遥か天空へと吸い込まれて消える。
最早『矢というより砲撃』という表現が的確な物だったが、驚く程魔力は消費していない。借り受けた魔力を上手く使いこなせた証左である。
「・・・ふぅっ!!・・・・出来た・・・ッ!!」
「やったな!シル!!」
「うん・・・リっくんのお陰だよ。やっぱり私は、私の得意な方法でやらなきゃ・・・だよね!」
「役に立てたのなら良かったよ。・・・あとは、父さんと母さんに通用する・・・あの必殺技の開発、だな」
「う・・・やっぱり、やるの?」
成功を喜ぶリクと軽くハイタッチをして、シルヴィアは照れ臭そうに微笑み・・・続く言葉で固まった。確かに、新技の開発自体は彼女も賛成しての事だった。だったのだが・・・
いざリクの考えた技を試してみた所、制御が難しいとか、威力がどうとかいう以前の問題があった。それは『合体技である』という事に起因する『ある事情』にある。
「んじゃ行くぞ!・・・暴れないで、くれよッ!!」
「ふえぇぇぇっ!?・・・だ、だから・・・リっくん、これ・・・恥ずかしいよぉ」
言うなりリクは、シルヴィアを横抱きに抱え、闘気と魔力を同時に高めてゆく。そして、お姫様抱っこ状態にされたシルヴィアは、瞬時に顔を真っ赤に染める訳で。
これがシルヴィアにとっての『問題』であった。兎に角、恥ずかしいのだ。いや、正直彼女は嬉しい気持ちもあるのだが、それ以上に恥ずかしさが勝っていた。
この格好で戦うとか何の冗談だろうと、最初こそグルグルする思考で必死に考えたのだが、リクは大真面目だった。
リク自身の考えはこうだ。自分がシルヴィアを二人の師匠から守りながら戦うには、生半可な方法では無理だ。
剣を用いた戦技では、ラルフに遠く及ばない。脚力も然り。エリスの魔法はシルヴィアが抑えるとしても、自分がラルフに抜かれればそれまでで、彼女を守る術が無くなる。
ならば、格好は悪くても常に一緒に行動するしかない。とシンプルな答えに至るしかなかったのだ。そして、お姫様抱っこにも実は理由がある。
最初はいつものように、シルヴィアを背負って動けばいいとリクは思ったが、自分の指示通りに背中に身を預けてきた彼女に違和感を感じたのだ。
訓練着越しに伝わって来た、二つの柔らかく大きな『何か』の感触。思わずリクは『う、うわッ!?ご、ゴメン、シル、降りて、降りて!!』と慌てふためいた経緯がある。
鈍感かつ無頓着かつ朴念仁な少年と、傍目にも言われるリクも年頃の男子である。背中に受けた感触が何なのかは理解出来た。とてもじゃないが集中出来る訳がない。
そこで止む無く、この形態に落ち着いたのだった。実際の所、リクもこれはかなり恥ずかしいものがあるらしく、必死の形相でシルヴィアの方を見ない様に心掛けている。
うっかり目線を向けてしまえば、どうしても大きく揺れる『何か』が目線に入って、集中が激しく乱れる事を彼は承知していたのだ。
「もっと強くなれたら、こんな格好でやんなくて良い様になる筈だから・・・我慢してくれっ!!」
「うう・・・が、頑張る・・・・」
お互い真っ赤になりながら、リクとシルヴィアは力を合わせて新しい・・・『必殺技』の特訓を始める。違う意味でも必死な二人を『何やってるんだか・・・』と言いたげな目でベアは見守るのだった。
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何度かの練習を行い。太陽が東の空へと昇り始めた事で、リクとシルヴィアはベアに別れを告げて帰路に着く。
少し遅くなった為、帰りは全速力で戻る事になってしまった。胸の部分が小さくなってしまったらしい訓練着に、シルヴィアが若干走りにくそうにしていたが、速度には支障がないようだ。
彼女の【走破】はリクの持っていた物と同じ【高速走行】に変化していた。因みにリクは更に変化しており【激走】というものになっている。
二人共、何年もこの弾丸マラソンを毎朝行ってきた成果である。異常な走り込みにより、脚力と体力はとうの昔に常人の域を超え、今では衝撃波を巻き起こす速度で走る事すら出来る。
それも常時発動型の【スキル】の恩恵のみで、であり、魔力や闘気の力は使っていない。純粋に身体能力だけでの走行なのだ。
ともあれ、周囲に衝撃波を撒き散らすわけにもいかず、二人は自然と大きく迂回する様に村を目指す。遠回りだが、それでも全力走行の方がずっと早く帰れる。
実はそこまで急がずとも、朝食の支度には十分間に合う時間なのだが、二人は今日の訓練前に・・・ラルフ達に話しておきたい事があったのだ。
ゴドゥの家が遠くに見えた頃、リクとシルヴィアは一気に速度を落とし、土煙が立つ程度にまで緩める。これでもまだ馬より早いのだが・・・
結局、朝日が昇り切る前には帰り着き、二人は無事朝食作りに取り掛かれるのだった。
「父さん、母さん。ロイおじさんにメルおばさんも。・・・お話があります」
「・・・リク、成人する前に娘さんを下さい!っていう話じゃあないよな?」
「なんでそうなるの!?」
「おおおおお、お父さん!?」
「あらあらぁ~、シルヴィアったら真っ赤になっちゃってぇ・・・」
「あっはっはっはっは!!!腹痛ぇ・・・!・・・げふぅッ!?」
「漫才なら外でやって頂戴・・・ロイもメルも、からかってないでちゃんと聞いてあげなさいよ」
朝食の後のコーヒーや紅茶といった飲み物で一息入れていた両家の面々を前に、真剣な表情で話し始めたリクは、ロイの返しに思わずテーブルに顔面を打ち付けた。完全に出鼻を挫かれた形だ。
何を言い出すんだこの人は、と額をさするリク。一方のシルヴィアは湯気が出る程真っ赤になってしまった。メルディアの追い打ちも酷い。この夫婦は確信犯だ。
ラルフは腹を抱えて笑い転げ、そんな夫をエリスが思い切り蹴飛ばして・・・頭痛をこらえる様に額に手を当て、事態の終息を試みるべく発言した。
「で、リクにシルヴィア。真面目な話なんでしょう?・・・コレは放っておいて良いから続けなさい」
「う・・・うん。・・・実はさ、もうすぐ俺達成人するよね?でさ・・最近討伐の度に思うんだけど、俺達、村の為にももっと強くならなきゃって」
「それで・・・二人で話し合ったんですけど・・・王都の『アカデミー』に進学したいと思っています・・・今よりも知識と技術を知って、村を守れる強さを身に付けたいんです」
「・・・成程ね。あなた達が自分で決めたのなら、少なくとも私は応援するわよ?・・・ロイとメルはどう?」
「あそこなら薬師としても、いい勉強になるだろうし・・・リクが一緒なら危険もないだろう。反対する理由がないよ」
「私も同じねぇ・・・入学試験も、この子達なら絶対合格出来るもの~」
「「あ、あれ・・・?」」
村を離れ、王都・リスティアで暮らす。と言ったも同然だった。流石にこれは反対されるだろう・・・と二人は思っていたのだが、あっさりと承諾された事に驚く。
一流冒険者養成機関・・・通称『アカデミー』
それは四種族の長達が、かつての神族・悪魔族との戦いでの被害の大きさと、苦い敗戦の経験から設立した高等育成機関である。
『いつか必ず来る戦いの為に、戦える技術と知識を集め、人材を育成する』事を主眼とし、輩出された卒業生達は、冒険者や騎士、魔法使いといった職に就き、各所で活躍しているという。
中には戦闘は不向きだが、一流の職人となり、後方を支える人材となる者もおり、得られた経験があらゆる分野で無駄にならないと評判の機関だ。
当然、志望者は毎年多いが・・・入学試験が非常に厳しい事でも有名であり、成人している、という事以外に必要な資格は何も無いが、入学時で一定以上の実力を伴わない者は容赦なく不合格になると言われていた。
リクとシルヴィアは、村を守っていく為には更なる成長が必要だと、常々思っていた。
体術や魔法は、ここに最高の師匠が居る・・・と二人は本気で思っている。ただ、最近はラルフ達も忙しく、余り手を煩わせるのも気が引ける事になりつつあった。
それは増え続ける魔物の存在。村の近くにも多数の目撃情報が上がるようになり、ラルフとエリスが交代で討伐をしているだけでは、追い付かなくなっていたのだ。
無論、リクとシルヴィアも率先して討伐を行っているのだが、その間訓練は中断する訳で、非常にやりにくい状況になってきている。
そこで、自分達が勉強や訓練に専念できる環境へ行けば、ラルフとエリスは討伐にだけ時間を割ける分、少しは楽になるのではないか、と考えたのだ。
そもそも、村以外の世界を知らない二人にとって、王都へ行く事はそれだけで、新しい物を学ぶ機会としては十分だと思えたのだった。
床で悶絶していたラルフが立ち上がり、席に戻った所で話が再開される。痛そうに横っ腹をさすりながら、まとめに掛かる。一応、ちゃんと聞いてはいたらしい。
「いててて・・・爪先で蹴る事ないだろ、爪先で・・・っと、リク、シルヴィア。俺も反対はしないが・・・一つ条件を付けようと思う」
「・・・条件?父さん、俺達何をすればいいの?」
「何、大したことじゃない。俺とエリスのチームと、お前達のチームで毎日模擬戦闘をしているな?・・・あれで、俺達に一撃きっちり入れてみろ」
「おじ様とおば様に・・・えっと・・・」
「・・・要するに、師匠として威厳を見せたいのね・・・しょうがないわね、私も付き合うわよ」
「解ったよ、父さん、母さん。・・・今の俺とシルの『全力』を見せる!!」
「その粋だ。勝負は明日、・・・お前達の誕生日前日だな。昼メシの後・・・そうだな、一時間後に行う。準備を怠るなよ?」
「「はいッ!!」」
「いい結果を出せれば、ご褒美をあげるわよ?・・・アンタ達の役に立つ物をね」
話は決まった。覚悟も出来た。・・・後は、今の二人の実力を師匠達にぶつけるだけだ。真剣な表情で頷き合うリクとシルヴィアだったが・・・
「所でリク。お前、シルヴィアと婚約するのか?・・・結婚なら明後日まで待たないと出来んが、それなら・・・」
「「だからなんでそうなるの!?」」
どうしてもそこが気になるらしいロイの発言に、二人は声を揃えて叫び・・・巻き起こった親達の笑い声に赤面するのだった。
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