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第一章 幼少期編
第5話 『空を疾る5歳児』
しおりを挟む夕闇が迫る山頂。
一頻り泣いたシルヴィアも落ち着きを取り戻し、二人は急いで帰り支度を始めた。
手作りの水筒に残った水を飲み干し、一息ついてからそれぞれ、自分に使える残り魔力を確認する。
「あっちゃー・・・・・俺、ちょっとギリギリかもなぁ・・・シル、そっちは?」
「うーん・・・そうだね・・・・・余裕はない、かなぁ。でも、わたしの【スキル】じゃ どれも走って帰るのに役に立たないし・・・」
予想外のアクシデント。生まれて初めての実戦で相対した「熊」に二人は内心、ビビりまくっていた。
その強大な相手を、必死の「力技」で撃退した代償は・・・想定以上の魔力の消費となって現れたのだ。
夕日は西の地平近くまで既に落ち、間もなく辺りは暗くなってくることだろう。
闇の中、山道を駆け抜ければ、思いもよらぬ怪我を負うリスクが高まるし、先の平原でも狼など、野生の動物に遭遇し、戦闘を余儀なくされるかも知れない。
一刻も早く、出来るだけ安全な・・・村の近くにまで帰り着きたい。それが二人の偽らざる本音だ。
しばらくの間、無言で考えていたリクとシルヴィア。やがて、その沈黙をリクが破る。
「・・・やるか、あれ。・・・・シル、旗と水筒持って。んで、俺の背中に乗って」
「・・・・・ふえっ!?・・・・ええっ?!・・・嘘。・・・ええぇぇぇぇぇっ」
言うが早いか、その場にしゃがみ込み、背中をシルヴィアに向けてリクが促す・・・が、リクの言った言葉に、シルヴィアはあうあう言いながら一歩、後ずさった。
シルヴィアは悟ったのだ。リクが自分を背負った上で、今まで以上の速度で走るつもりだ、と。
実の所、リクの背中におぶさった経験は何度もある。しかし・・・毎回、その走る速度や、跳躍の高さに目を回す羽目になったのだ。
幸い、【スキル】の保護効果もあってか、怪我をした事は無い。
それでも、恐怖が無いとは言えず、寧ろ、軽いトラウマになりつつある。正直言えば、自分で走る。と言いたい気持ちが沸き上がるが・・・
「・・・間に合わない、もんね・・・・お願い。リっくん、その・・・無茶、しないでね?」
結局、シルヴィアは折れた。実際、自分の全速力では恐らく、村に着くころには夜が明けてしまう。道中の安全を優先する為にも、この理不尽な訓練を成功で終わる為にも・・・仕方ないと。
旗と水筒2つを抱きかかえ。おずおずとリクの背中に、身を預ける。手が塞がっているので、しがみつく事が出来ない訳だが・・・
「よしッ!・・・じゃあ、風を起こすよ?・・・【風魔法:疾走・一体化】!!」
背中にシルヴィアの体が乗ったのを感じ、確認の声を上げたリクが、全身を包み込む風を生み出す。
リクは自身の残った魔力の大部分を注ぎ込み、しっかりと二人の体を、風で一体化させた。
これで、リクの魔力が尽きるまでは、シルヴィアが背中から落ちる事は無い。あとは・・・ただ、走るだけだ。
「シル、行くよ!・・・・絶対、月が上るまでに帰って、とーちゃんとかーちゃんをビックリさせてやろう!」
「ええっと・・・だから、ね?・・・慌てないで、その・・・・」
ゆっくりと立ち上がり、気合を漲らせるリク。未だにあうあう言っているシルヴィアに苦笑しつつ・・・
「いっけえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッ!!!!!」
足元の風を解き放ち、一息に山の斜面へと飛び出した。突風が巻き起こり、木々が大きく揺れる。間髪入れず、リクは揺れる木のうち、手近な物を選んで・・・・
「おりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
片足で蹴り付け、その反動を利用して更に前・・・と言うより、山の麓へと跳ぶ。次から次へと・・・
木々を蹴り飛ばし、風を爆ぜさせ。どんどんと加速していく。まるで、空を疾るように跳躍し続けるその速度は、既に往路の3倍程に到達し・・・・
「ふえぇえぇぇぇぇぇぇぇ・・・・・・・・・・」
シルヴィアの目を回すのに、十分な威力を持っていた。
ごく短時間で山を駆け下り。小川の横を抜けて、平原へ出る。ここからは長く、平坦な道だ。
リクは勢いを落とす事無く駆け続ける。ただ、魔力は既に底を尽き、純粋な身体能力のみで走っている。
「・・・た・・・【体力・・回・・・復】」
時折、目を回したままのシルヴィアから緑の光が放たれ、二人の体を優しく包んでいた。
疲労を軽減できるこのサポートがあってこそ、どうにかまだ速度を維持したまま走れているが、彼女の魔力も残り少ない。
後1回、使えるかどうか・・・・と不安が大きくなりかけた時。二人の先に、小さな灯りがポツポツ、と見え始めた。それは・・・
「!!・・・・村だ!!シル!間に合った!!帰ってこれたぞ!!」
「・・・!!リっくん!!、ああああっ!!!前、前ぇッ!!」
見慣れた光景だった。二人の故郷、ライラック。通った道が逸れたのか、ほぼリクの家に
一直線に向かって居たようだった。
歓喜の叫びを上げ、一気に村へと駆け込むリク。しかし、背中のシルヴィアが大慌てで彼以上の叫び・・・悲鳴を上げた。
何故なら、二人の眼前には猛スピードでリクの家の壁が迫っていたからだ。
「だあぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!と、止まれ!!止まってくれぇぇぇッ!!」
「しょ、しょう・・【障壁:衝撃緩和】ーッ!!」
両足を必死で前に突き出し、ブレーキを掛けるリク。しかし、勢いは殆ど削げず・・・
二人は壁に突っ込んだ。ただ、寸前に白い魔力の光が壁に向かって放たれた事で、激突の衝撃は、そこに全て吸い込まれ・・・大怪我や、家の破壊を免れた。
シルヴィアの残った全魔力を注ぎ込んだファインプレー。リクはそっと彼女を先に地に下ろすと、その場にへたり込む。ぐったりと自分にもたれかかって来る、シルヴィアの軽い体を背中に感じながら。
「た・・・助かった・・・シル、ありがと・・・」
「ど・・・・・どう、いたしまして・・・あはは・・・」
二人は力なく笑う。そして気力も全部使い果たした、とばかりにその場に倒れ込み・・・
「・・・・・ぐぅ・・・・・・」
「・・・すぅ・・・・・すぅ・・・」
泥の様に眠ってしまった。
人外としか言いようの無い訓練を受けた5歳児も、流石に限界だった。その様子を満足気に見ていた大人二人・・・ラルフとエリスがそれぞれを抱き上げて、家の中へと戻っていく。
こうして、リクとシルヴィアの「はじめての冒険」が終わったのだった。
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