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第32話 魔王アイサシス

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 魔王城と周囲の城塞の中は、実際のところ人間族のものとさして変わらない。
 ところどころ、モンスター達が通りやすいように広めに作ってあるとか、
 モンスターが使いやすいように作られた道具があるとか、
 違いと言えばそれくらいである。

 そんな魔王城の一角で、一匹のドラゴンが兵士数人と戦っていた。
 その大きさは、死の谷でライカと戦ったものと同じくらい。
 兵士3人分ほどもある中型のドラゴンだ。

 兵士たちは槍と魔術で応戦しているが、決定打を与えることができず、ジリ貧の状態だった。

「みんな頑張って!
 あーもう、ウォーバル様達早く帰ってきてーーー!!」

 映像でウォーバルたちに助けを求めていたうちの一人、
 魔王軍兵士のタウは、仲間を鼓舞しながら泣き言を漏らすというちぐはぐな言動をしていた。
 手に持った槍でドラゴンの攻撃を捌いている。

「ちょっと!あと少しで全部終わるんだから、今更パニックにならないで!」

 映像に出ていたもう一人、
 同じく魔王軍兵士のスイは気丈にそう言った。
 もっとも、彼女の方はドラゴンに吹き飛ばされて身動き取れない状態になっているので、実際に頑張っているのはタウの方なのだが。

 と―――――

 その戦場に青白い霧のような人影が高速で滑り込んできた。
 それは、戦っている兵士たちをすり抜け・・・文字通りその体をすり抜けて、
 ドラゴンの懐まで一気に飛び込んだ。

 次の瞬間、影はハッキリとした人の形をとる。

「ウォーバル様!!」

 急に目の前に現れた上司の姿に、タウは歓喜の声を上げた。

 ウォーバルはそれは無視して、自らの手にまとわせた水を刃の形に変えてドラゴンの首元に突き刺した。

 ギィヤヤヤアアアアアア!!!

 ドラゴンは怒りの声を上げて、腕の爪をウォーバルに振り下ろした。
 ウォーバルは避ける素振りは見せず・・・・いや、
 実際には、再び自らを白い霧のような影に変える。
 ドラゴンの爪はその影を貫いた!
 が・・・影はそのままするりとドラゴンの腕をすり抜けて、ドラゴンの脇腹のあたりに移動した。
 すると再びウォーバルの形が現れる。
 今度は腕に刃は作らず・・・しかし強い水の魔力がこもった状態で思いっきりドラゴンに拳を叩きこむ!
 ドラゴンは大きな衝撃を受け跳ね上がり・・・そして次の瞬間、ドラゴンの肉体の内側からたくさんの水の槍が飛び出してドラゴンは絶命した。

「うわー!!ウォーバル様ーーー!!」

 タウが感激して駆け寄ってくる。
 抱きついてきそうな勢いだが、その前にウォーバルは周囲の兵士全員に向けて命令した。

「これで城に攻め込んできたドラゴンは全部倒したはずだ!
 俺は今から魔王様のところに行く!
 後の処理と警戒は任せたぞ!!」

 そう言うとウォーバルは霧が散るようにその姿を消した。

「ハッ!了解しました!」

 身動きの取れないスイが一番元気よく返事をした。

 ◆

「結構やるじゃねぇか」

 仕事を終えて合流したウォーバルに、ライカはそう言った。
 嫌味、とかではなく、素直に感心したようだ。

 魔王城に着いた4人は、取り合えず城内のドラゴンを倒して安全を確保することにした。
 今その最後の1体を倒し終えたところだ。

 ウォーバルがライカの手は借りない、と主張したため、ライカは城の高いところに降ろされて、事が終わるのを待っていたのだ。
 ウォーバルが来たことで、元々の4人全員揃ったことになる。

「以前の城で会った時も見たけど、水の魔術を使った変幻自在、神出鬼没の接近戦特化って感じか」

 ライカは冷静に分析する。

 その見立ては正確だった。
 ウォーバルの能力は、自らの体を霧のように変化し、いかなる攻撃や障害物も素通りして移動できる『流体戦系』と呼ばれる技術だ。
 この力によって、接近戦においてかなうものは殆どいない。
 また、その特性上、隠密行動にも優れている。
 それでついた名が『幻青げんせいのウォーバル』だった。

「ふふふ、ウォーバルはなかなかすごいだろ?キミならどうやって戦う?」

 自分の事でもないのに自慢げなシルフィアがライカにそう聞いた。
 しかしそれは、余計な事を聞いたのだと、シルフィアはすぐ後に後悔した。

「そうだなぁ。どうせ霧になってる時は強力な攻撃はできないんだろうし、実体化した瞬間を狙ってぶん殴る」

 それが出来たら苦労はしない・・・・。
 のだが、ライカならやってしまいそうではある。
 実際のところ、ウォーバルがグランザに勝てなかった理由はそれだった。

 なので、ライカの回答を聞いて、当然ウォーバルは不機嫌になった。

「もう!早く行きますよ、時間がないんだから!」

 ファイレーンに促され、4人は魔王城の中へと進んだ。
 行く先は、魔王の間。
 魔王に会いに行くのだ。

 提案したのはファイレーンだった。
 この世界の秘密を説明するためには魔王様と話すことが必要だ、と。

 もちろんウォーバルは、勇者と会わせるのは反対したが、
「ここまで来たら、話だけは最後まで聞いてやるよ」
 というライカの言葉と、
「勇者と言えども魔王様がそう簡単にやられるわけはない」
 というファイレーンの言葉で、しぶしぶ承諾した。

(まあでも、ウォーバルの反応の方が普通だよね・・・)

 シルフィアは不思議な気持ちで魔王城内を歩いていた。

(まさか四天王が勇者を連れて魔王様に会いに行ってるなんて、魔王軍の皆にはとても教えられないな)

 ◆

「魔王様。四天王のファイレーン、ウォーバル、シルフィア、参りました」

 世話係のヘルターを説得し・・・・得体の知れない者を魔王の間に入れるのはかなり渋られたが、何とか説得し、
 4人は魔王の間に入った。

「突然の事で申し訳ありません。人間の勇者ライカを、故あって連れてまいりました」

 ファイレーンは部屋に入ってすぐにそう告げたが、しばらく返事は帰ってこなかった。

 一方、ライカは部屋に入った瞬間から、その中の様子にずっと驚きを隠せなかった。

 とても広い空間・・・。魔王城は確かに大きかったが、その中にこれほどの空間があるとすると、魔王城の大部分はこの空間なのでは、と思う。
 だが何より目を引くのは、その空間の中央に浮かぶ、氷漬けの巨大な黒いドラゴンだった。

 ファイレーンは魔王の返事を待っているのだろうが、ライカは、我慢できずに、また、我慢する義理もないと思い、疑問を口に出した。

「魔王って、ドラゴンだったのか!?」

 ライカは、もっと人型の悪の親玉みたいな魔王をイメージしていたので、いきなりドラゴンが出てきて面食らってしまった。
 しかも氷漬けだし。

「何言ってるんだ、魔王様がドラゴンの訳ないだろ!?
 その手前にいるだろ!?」

 シルフィアは小声でライカを注意した。

 注意されるいわれなんて無いんだが・・・と思いながらライカはシルフィアの言う通り、巨大なドラゴンの手前に視線を合わせた。

 すると確かに、空中に浮かぶドラゴンの手前に、これまた浮かんでいる小島のようなものがある。
 ドラゴンに気を取られて、言われるまで気づかなかった。

 さらにその小島の上を見ると・・・人がいた。
 少女だった。
 人間でいうところの8歳くらいに見える。
 青白い髪を長く伸ばし、白いドレス?儀式服のようにも見えるが、
 それに身を包んで座っている。
 その目は閉じられているが、ライカの方に顔を向け、微笑んでいた。

「えっ!あれが魔王!?子供じゃん!!」

 今度こそライカは大声を出してしまった。
 シルフィアはライカをぶん殴ろうかと思ったが、その前に魔王からようやく返事があった。

「勇者ライカじゃな。
 事情は概ね把握しておる。
 それにファイレーン、おぬしが話したいこともな・・・・」

 言葉遣いは年寄りのようだが、その声は見た目どおり、少女のものだった。

「自己紹介がまだじゃったな。ワシが魔王。
 魔王アイサシスじゃ」
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