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翌日、朝食を食べた後、今日は店をお休みにして散歩に行こうとしていた矢先。店の前に一台の豪華な馬車が停まった。

そこから降りてきたのは、昨日のゴールドマン商会のお嬢様であるフィーナさんだった。


「ごきげんよう、ノエルさん」


彼女は優雅なカーテシーを披露しながら挨拶をする。今日の服装は白のフリルブラウスに黒のスカートでシックにまとめているが、彼女の魅力を引き立てるには十分すぎるほどだった。


「おはようございます、今日は生憎お店はお休みなんですけど、何の用ですか?」


「私、諦めませんわ。カイト様を売ってくださる? 五千万ゴールドで」


「……五千万ゴールド」


庶民が一生働いても稼げない金額に私は絶句する。ゴールドマン商会にとっては五千万ゴールドなんてはした金なのかもしれない。しかし、カイトにとっては大金に違いない。


「……ノエル」


カイトの眉間に深い皺が寄っている。私が大金に目をくらませたと思ったのかもしれない。私は慌てて首を横に振る。


「カイトを売るなんてこと、絶対にしません」


今度は迷ったりしない。私はたとえ10億ゴールド積まれても、カイトを売ったりしない。


「……ふふっ」


私の言葉に、フィーナさんは腕を組んでお返しとばかりに私を小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。


「あなた、コーネリア家の長女だったんですってね。でも婚約破棄されて領地を没収されて、この街に逃げ込んだんでしょう?」


私はどきりとした。どうして彼女が私の過去を知っているんだろう?


「あら、図星だったかしら? ごめんなさいね、あなたみたいな平凡な女がどうして私の父と知り合ったと思って調べてみたのよ。コーネリア家とは昔から懇意にしていたからね」


フィーナさんは勝ち誇ったように言うと私を見下したように微笑んだ。その様子に私は嫌悪感を覚えたが何も言い返せなかった。何故なら事実だったからだ。私が黙っていると彼女は更に続けた。


「あなたはお金に困っているんでしょう? カイト様を売ってくれたら、五千万ゴールドをあげるし、ゴールドマン商会があなたのお仕事を斡旋してあげるわ。それにこんなみすぼらしい店より私の屋敷の方で暮らしたほうがいい生活ができると思うんだけど?」


「……っ」


私が手を出すより先に、カイトがフィーナさんを引っ叩いた。


「……これ以上俺の主人を侮辱するなら殺す」


カイトは怒りに満ちた目でフィーナさんを睨みつける。彼は本気で怒っているようだった。その迫力に私は思わず息を吞む。


「お前は俺をなんだと思ってるんだ? 俺は物じゃない」


フィーナさんを睨みながら、カイトは低い声で言う。


「ごめんなさい、つい口が滑ってしまったの。許してくださる?」


フィーナさんは叩かれた頬を押さえながら申し訳なさそうな表情で謝罪をしたが、どこか白々しい感じがした。そんな彼女を見て私はますます苛立っていくのを感じたのだった。


「もう帰ってください」


私が冷たく言い放つと、彼女は肩をすくめて馬車に戻っていく。そして去り際に捨て台詞を残していったのだった。


「後悔しても知らないから」


そんな脅しのような言葉を残して去って行く彼女を見送りながら、私は何も言い返せなかった悔しさに拳を握りしめていた。


「お前、大丈夫か?」


カイトが心配そうに顔を覗き込んでくる。私はハッとすると慌てて笑顔を作った。


「大丈夫ですよ! あんなお金なんていりませんし」


強がってみせたけれど、本当は不安だった。大金で売られるくらいならいっそ死んだ方がマシだとすら思えた。そんな私の様子を見かねたのか、彼は私の手を取ると言った。


「心配するな」


そう言って安心させるように微笑む彼を見たら涙が出てきそうだった。私は彼に寄りかかるようにして抱きつくと、堪えきれずに泣き出してしまったのだった。


「ごめんなさい……私のせいで」


私が泣いている間、彼は黙って背中を撫でてくれた。その手の温かさが心地よくて、私はますます泣いてしまうのだった。
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