5 / 20
幽霊婦人《シニョーラ・ファンタズマ》
アンゼリカ
しおりを挟む「あなたが魔法絵師さん?ふ~ん……随分若いけど大丈夫なのかしら?」
案内された応接室のソファに座って私を待ち受けていた、鮮やかな赤い髪に翠の瞳をした少女……この屋敷の当主の娘である彼女は、挨拶もそこそこに開口一番そんな事を言う。
言葉遣いからは気が強そうに聞こえたけど、特に嫌悪感は感じられない。
多分これが素の喋り方なんでしょう。
ただ『随分若い……』と言う言葉からは、少し疑いの気持ちを抱いてるのかもしれないわね。
ともかく。
先ずは挨拶をしないと……と思ったのだけど、その前にカルロさんが彼女を諌める。
「お嬢様、初対面の方に対して不躾でございますぞ。先ずはご挨拶を……」
「あ、そうだったわね。噂の魔法絵師がどんな人なのか、ずっと気になってたから……つい。ごめんなさいね」
さして悪いとも思ってない様子だけど、素直に非を認めて彼女は謝ってきた。
そんな様子を見たカルロさんは、やれやれ……と言った感じで苦笑いしてる。
その短いやり取りだけでも、主従は良い関係が築けているように感じられた。
「では改めて……ようこそランティーニ家にお越しくださいました。私は当主の娘、アンゼリカ・パレンティ・ランティーニと申します。以後、お見知りおきのほどよろしくお願いしますわ」
先程よりも丁寧な貴族令嬢らしい口調で彼女は挨拶をしてくれた。
『パレンティ』……ということは、彼女は家を継ぐ嫡子ではないということね。
貴族のミドルネームには決まった意味がある。
具体的には、男性当主であれば『ローネ』、女性当主であれば『ローナ』。
家を継ぐ子は『エレデ』、それ以外の親族は『パレンティ』……と言った具合に。
たぶん、アンゼリカさんの上に家を継ぐ兄か姉がいるのでしょうね。
さて、私も挨拶を返さないと。
「はじめまして。私は『アテリエ・アメツチ』の工房主、マリカと申します。よろしくお願いします」
と、無難に挨拶を返した。
……自己紹介については少し思うところがあったのだけど、今回は関係ないかと思って単に『マリカ』と名乗るに留めた。
「今回は多忙の当主や兄に代わって、私の方から依頼をさせていただくわ。……依頼内容はもうカルロから聞いてるのよね?」
また素の口調に戻って、アンゼリカさんは依頼に関する話を始める。
「はい。何でも、魔物ではない幽霊が現れたとか……」
「そうなのよ。最初はメイド見習いの女の子が目撃したらしいのだけど……それ以後、目撃者があとを絶たないの。私はまだ見たことがないんだけどね」
最後のセリフが少し残念そうなのは、幽霊を見てみたいって事なのかしら?
なかなか好奇心旺盛で怖いもの知らずのお嬢様みたいね。
魔法絵師と言う存在にも興味があったみたいだし。
「幽霊は……大広間に掛けられた絵に描かれた女性に似てる、と言う話もあるとか?」
「そうなのよ。だからこそ『魔障怪異』の解決実績がある、『魔法絵師』のあなたに調査をして欲しいのよ」
原因がその絵で、それが魔法絵師の手によるものだとすれば当然の流れかもしれないけど……果たしてどうか。
とにかく、先ずはその絵を見せてもらわないことには始まらない。
「……早速ですが、その絵を見せてもらえますか?」
「それでは、ご案内は私めが……」
「いいわカルロ。私が案内するわ。マリカさんがどうやって調査するのか見てみたいし。あなたは目撃者のみんなを集めておいてもらえるかしら」
カルロさんを制し、アンゼリカさんはソファから立ち上がって自ら案内役を買って出る。
興味があると言うのもあるが、私のことをちょっと胡散臭く思っているのかもしれないわね。
まあ良いでしょう。
若いから侮られるなんて事はよくある話。
実際に仕事ぶりを見てもらって認めてもらえば良いのだから。
そうしてアンゼリカさんに案内され、件の絵が飾られていると言う大広間へと向かうのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「これよ」
アンゼリカさんに案内されてやってきたのは、この屋敷の中でも最も広い部屋。
大勢の客を招いてパーティなどを開催するための大広間だ。
流石は大貴族の屋敷と言ったところかしら。
バルコニーへと続いているらしき窓のカーテンは開け放たれていて、夏の日差しが差し込む部屋の中は照明が点いてなくても明るかった。
件の絵は、部屋の入口から最も奥まった壁の一面に掛けられていた。
相当な大きさだ。
長辺は私の身長よりありそうだから……100号サイズはあるわね。
「ちょっと古ぼけて傷んでるから、掛け変えようなんて話もあって……それで嘆いて化けて出てる、なんて言う話もあるのだけど」
確かにかなりの年代物らしく、色褪せて傷みもそこかしこに見られる。
だけど、それを差し引いても素晴らしい作品だ。
描かれているのは、貴族らしき婦人。
庭園で椅子に腰掛け、柔らかな微笑みを浮かべている。
やはり時代が古めかしいが立派な衣装を纏っている。
「確かに相当古いと思いますけど……素晴らしい絵だと思います」
「そうよね!私もこの絵好きなのよね。だから、私自身は掛け変えるより修復できないかな……って思ってるの。おか……ううん、何でもないわ」
アンゼリカさんは何か言いかけたが、途中で止めた。
気にはなったけど、それを聞く前に彼女は話を続ける。
「それで、どうかしら?この絵は……やっぱり魔法絵かしら?」
その問いに直ぐには答えず、私は目を閉じて集中しながら右手を絵に向けてかざす。
しばらくそうしてから、再び目を開いてアンゼリカさんの問いに答えた。
「いえ、この絵からは魔法絵として機能するだけの魔力は感じられませんね」
「……そう。残念だわ。そうすると原因は何なのかしら……」
どうやら魔法絵であることを期待していたらしい。
古代に描かれた魔法絵というのは非常に貴重で価値があるものね。
まぁ、彼女の場合は純粋な好奇心なのかもしれないけど。
それにしても……
この絵、確かに強い魔力は感じられないのだけど、どこか違和感があるのよね。
それが何なのかはハッキリしないのだけど。
とにかく、他の場所も調べたり目撃者に話を聞いたりして、少しでも情報を集めないと。
ランティーニ家での調査はまだ始まったばかり。
そう気を取り直して、私は本格的に調査を進めようとするのだった。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!
芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️
ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。
嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる!
転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。
新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか??
更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
わがまま妃はもう止まらない
みやちゃん
ファンタジー
アンロック王国第一王女のミルアージュは自国でワガママ王女として有名だった。
ミルアージュのことが大好きなルーマン王国の王太子クリストファーのところに嫁入りをした。
もともとワガママ王女と知れ渡っているミルアージュはうまくルーマンで生きていけるのか?
人に何と思われても自分を貫く。
それがミルアージュ。
そんなミルアージュに刺激されルーマン王国、そして世界も変わっていく
「悪役王女は裏で動くことがお好き」の続編ですが、読まなくても話はわかるようにしています。ミルアージュの過去を見たい方はそちらもどうぞ。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
物欲センサー発動中?いや、これは当たりかも!
SHO
ファンタジー
地球の表層の裏側に存在するという地下世界《レト・ローラ》
ある日通学途中に起こった地震によって発生した地割れに通勤通学途中の人々が飲み込まれた。飲み込まれた人々はレト・ローラの世界に存在する遺跡へと転移させられてしまう。
状況を飲み込めないまま異形の怪物に襲われる主人公たち。
混乱と恐怖の中で高校生の杏子はクラスメイトのコンタと奇跡的に合流を果たした。
そして2人は宝箱がずらりと並んだ部屋へと迷い込む。その宝箱を開いた時、手にするの希望か絶望か、はたまた安全かトラブルの種か。
凸凹コンビが織りなす恋と魔法とチートアイテムが地底世界を揺るがす一大スペクタクルSFファンタジー!(?)
「俺(あたし)達の明日はどっちですか!?」
王道SFファンタジー突き進みます。テンプレ有り。主人公無双予定。ご都合主義?言わずもがな。
R15は一応保険。
小説家になろうでも公開中
*表紙イラストのコンタとパイナポは巴月のん様より頂きました!
貴方様と私の計略
羽柴 玲
恋愛
貴方様からの突然の申し出。
私は戸惑いましたの。
でも、私のために利用させていただきますね?
これは、
知略家と言われるがとても抜けている侯爵令嬢と
とある辺境伯とが繰り広げる
計略というなの恋物語...
の予定笑
*****
R15は、保険になります。
作品の進み具合により、R指定は変更される可能性がありますので、
ご注意下さい。
小説家になろうへも投稿しています。
https://ncode.syosetu.com/n0699gm/
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる