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幽霊婦人《シニョーラ・ファンタズマ》

アンゼリカ

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「あなたが魔法絵師さん?ふ~ん……随分若いけど大丈夫なのかしら?」

 案内された応接室のソファに座って私を待ち受けていた、鮮やかな赤い髪にみどりの瞳をした少女……この屋敷の当主の娘である彼女は、挨拶もそこそこに開口一番そんな事を言う。

 言葉遣いからは気が強そうに聞こえたけど、特に嫌悪感は感じられない。
 多分これが素の喋り方なんでしょう。
 ただ『随分若い……』と言う言葉からは、少し疑いの気持ちを抱いてるのかもしれないわね。


 ともかく。
 先ずは挨拶をしないと……と思ったのだけど、その前にカルロさんが彼女を諌める。


「お嬢様、初対面の方に対して不躾でございますぞ。先ずはご挨拶を……」

「あ、そうだったわね。噂の魔法絵師がどんな人なのか、ずっと気になってたから……つい。ごめんなさいね」

 さして悪いとも思ってない様子だけど、素直に非を認めて彼女は謝ってきた。
 そんな様子を見たカルロさんは、やれやれ……と言った感じで苦笑いしてる。
 その短いやり取りだけでも、主従は良い関係が築けているように感じられた。


「では改めて……ようこそランティーニ家にお越しくださいました。私は当主の娘、アンゼリカ・パレンティ・ランティーニと申します。以後、お見知りおきのほどよろしくお願いしますわ」

 先程よりも丁寧な貴族令嬢らしい口調で彼女は挨拶をしてくれた。
 『パレンティ』……ということは、彼女は家を継ぐ嫡子ではないということね。

 貴族のミドルネームには決まった意味がある。
 具体的には、男性当主であれば『ローネ』、女性当主であれば『ローナ』。
 家を継ぐ子は『エレデ』、それ以外の親族は『パレンティ』……と言った具合に。

 たぶん、アンゼリカさんの上に家を継ぐ兄か姉がいるのでしょうね。


 さて、私も挨拶を返さないと。

「はじめまして。私は『アテリエ・アメツチ』の工房主、マリカと申します。よろしくお願いします」

 と、無難に挨拶を返した。
 ……自己紹介については少し思うところがあったのだけど、今回は関係ないかと思って単に『マリカ』と名乗るに留めた。



「今回は多忙の当主や兄に代わって、私の方から依頼をさせていただくわ。……依頼内容はもうカルロから聞いてるのよね?」

 また素の口調に戻って、アンゼリカさんは依頼に関する話を始める。


「はい。何でも、魔物ではない幽霊ファンタズマが現れたとか……」

「そうなのよ。最初はメイド見習いの女の子が目撃したらしいのだけど……それ以後、目撃者があとを絶たないの。私はまだ見たことがないんだけどね」

 最後のセリフが少し残念そうなのは、幽霊を見てみたいって事なのかしら?
 なかなか好奇心旺盛で怖いもの知らずのお嬢様みたいね。
 魔法絵師と言う存在にも興味があったみたいだし。


「幽霊は……大広間に掛けられた絵に描かれた女性に似てる、と言う話もあるとか?」

「そうなのよ。だからこそ『魔障怪異ディアボロ・ミステロ』の解決実績がある、『魔法絵師ピットーレ・マジコ』のあなたに調査をして欲しいのよ」

 原因がその絵で、それが魔法絵師の手によるものだとすれば当然の流れかもしれないけど……果たしてどうか。
 とにかく、先ずはその絵を見せてもらわないことには始まらない。


「……早速ですが、その絵を見せてもらえますか?」

「それでは、ご案内は私めが……」

「いいわカルロ。私が案内するわ。マリカさんがどうやって調査するのか見てみたいし。あなたは目撃者のみんなを集めておいてもらえるかしら」

 カルロさんを制し、アンゼリカさんはソファから立ち上がって自ら案内役を買って出る。
 興味があると言うのもあるが、私のことをちょっと胡散臭く思っているのかもしれないわね。

 まあ良いでしょう。
 若いから侮られるなんて事はよくある話。
 実際に仕事ぶりを見てもらって認めてもらえば良いのだから。


 そうしてアンゼリカさんに案内され、件の絵が飾られていると言う大広間へと向かうのだった。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「これよ」

 アンゼリカさんに案内されてやってきたのは、この屋敷の中でも最も広い部屋。
 大勢の客を招いてパーティなどを開催するための大広間だ。
 流石は大貴族の屋敷と言ったところかしら。

 バルコニーへと続いているらしき窓のカーテンは開け放たれていて、夏の日差しが差し込む部屋の中は照明が点いてなくても明るかった。


 件の絵は、部屋の入口から最も奥まった壁の一面に掛けられていた。
 相当な大きさだ。
 長辺は私の身長よりありそうだから……100号サイズはあるわね。


「ちょっと古ぼけて傷んでるから、掛け変えようなんて話もあって……それで嘆いて化けて出てる、なんて言う話もあるのだけど」

 確かにかなりの年代物らしく、色褪せて傷みもそこかしこに見られる。
 だけど、それを差し引いても素晴らしい作品だ。


 描かれているのは、貴族らしき婦人。
 庭園で椅子に腰掛け、柔らかな微笑みを浮かべている。
 やはり時代が古めかしいが立派な衣装を纏っている。


「確かに相当古いと思いますけど……素晴らしい絵だと思います」

「そうよね!私もこの絵好きなのよね。だから、私自身は掛け変えるより修復できないかな……って思ってるの。おか……ううん、何でもないわ」

 アンゼリカさんは何か言いかけたが、途中で止めた。
 気にはなったけど、それを聞く前に彼女は話を続ける。


「それで、どうかしら?この絵は……やっぱり魔法絵かしら?」


 その問いに直ぐには答えず、私は目を閉じて集中しながら右手を絵に向けてかざす。
 しばらくそうしてから、再び目を開いてアンゼリカさんの問いに答えた。


「いえ、この絵からは魔法絵として機能するだけの魔力は感じられませんね」

「……そう。残念だわ。そうすると原因は何なのかしら……」

 どうやら魔法絵であることを期待していたらしい。

 古代に描かれた魔法絵というのは非常に貴重で価値があるものね。
 まぁ、彼女の場合は純粋な好奇心なのかもしれないけど。



 それにしても……
 この絵、確かに強い魔力は感じられないのだけど、どこか違和感があるのよね。
 それが何なのかはハッキリしないのだけど。

 とにかく、他の場所も調べたり目撃者に話を聞いたりして、少しでも情報を集めないと。

 ランティーニ家での調査はまだ始まったばかり。
 そう気を取り直して、私は本格的に調査を進めようとするのだった。
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