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幽霊婦人《シニョーラ・ファンタズマ》

ランティーニ家

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「それじゃあミャーコ、お留守番お願いね」

「マスター、いってらっしゃいませ!ニャ」


 ミャーコに工房アテリエの留守を預け、依頼人のカルロさんとともに外に出る。

 初夏の太陽の強い日差しに、私は思わず目を細めた。
 工房の中よりもかなり気温は高い。
 夏の本番はまだ先なんだけど、もうすでに汗ばむような陽気ね。
 でもこの国の夏はカラリとしていて比較的過ごしやすいと思う。
 ……じめっとした不快な気候を知る身としては、なおさらね。


 私の住居兼仕事場である『美術工房アテリエ天地アメツチ』は、王都ヴィネンツェの街外れ、海を見下ろす丘の上に建てられている。
 中心街からは少し離れてるけど、景色がよく静かな環境はとても気に入っているのよね。
 私とミャーコの二人だけで住むには少し広すぎる気もするのだけど。

 いくら街外れとは言え、私みたいな十六歳の……成人したばかりの女の子がそんな立派な工房を構える事など、普通はできない。
 もちろんそれには理由があるのだけど……


「マリカ様は……ランティーニ家の事はどれくらいご存知ですかな?」

 先を進むカルロさんが振り向きながら聞いてきた。


 ふむ……ランティーニ家ね。
 それほど貴族家に詳しくない私でも、名前は聞いたことがある。
 確か、『星の二爵位ステッラ・セコンド』だったかしら?

 チェレステ王国における貴族には、大きく分けて以下の三種類が存在する。

 太陽ソーレ……主に武官の家系
 ルーナ……主に文官の家系
 ステッラ……魔導士や学問、研究に携わる家系

 そして、それぞれにプリーモセコンドテルツォクアルトクイントの序列があり、数字が小さいほど高位になる。

 だからランティーニ家はかなり高位の貴族家ということになるわね。

 だけど私が知ってるのはそれくらい。
 たぶん、ヴィネンツェの住民なら知る人も多いだろう。
 でも、それ以上のこと……当主の名前も、役職も、評判も、私には分からない。


 だからそれを正直に告げる。


「そうですか。それでは屋敷に着くまでの間、簡単にではございますが説明させて頂きましょう」

 カルロさんは特に気分を害した様子もなく、そう言って道すがらランティーニ家の事を説明してくれた。


 それによれば。

 まず、星爵が示す通り、ランティーニ家は代々優れた宮廷魔導士を輩出する一族だとか。
 現当主も高位宮廷魔導士の地位にあり、国内の魔法教育関連の役職に就いているそうだ。
 かなり古い歴史を持つ由緒ある家柄で、国王陛下からの信頼も厚いとのこと。

 ただ……当主は普段から忙しく、屋敷にはいない事が多いらしい。
 今回も当主ではなく、当主の娘さんが依頼主ということだった。


「娘さん……ですか」

「はい。お嬢様……アンゼリカ様は、マリカ様と年齢も近いと思いますので、旦那様よりは話もしやすいのではないでしょうか」

「そう……ですね」

 とは答えたものの、実際にお会いしてみないことには何とも言えないところだ。
 物語でありがちな、平民を見下すような高慢なお嬢様じゃなければ良いのだけど……



 そんな話をしながら歩いていると、だんだんと市街地も近づいて人通りも増えてきた。

 そして、私の工房がある丘から降りてくる細い道から、建物がひしめく目抜き通りへと合流する。
 一国の中心地と言うだけあって多くの人でとても賑やかだ。

 海が近いこの街は、いたる所に水路が張り巡らされている。
 そこには水運や観光客向けのゴンドラがひっきりなしに行き交っていて、船頭たちの陽気な歌声を聞くと私も何だか無性に楽しくなってくるのよね。


 再び大通りを離れてだんだんと人気のない方へと進んでいく。
 商業地から住宅地といった様相に変化し、やがて大きな家が目立つようになってきた。

 更に進むと、行く先の方には王城の尖塔が見え始める。
 もうこの辺りは貴族や豪商が居を構える高級住宅街だ。
 建ち並ぶのは、かなりの広さの敷地を持ついかにも貴族の屋敷といったものばかり。


 そしてカルロさんは、そんなお屋敷の一つに私を案内してくれた。

「こちらがランティーニ家の屋敷にございます。さあ、どうぞ」

 敷地を取り囲む高い塀。
 そこに設けられた大きな鉄柵状の門……の脇にある通用口の扉を開きながら招き入れてくれる。
 守衛らしき人に軽く会釈をしながら私は中に入った。


 手入れの行き届いた前庭の奥に3階建ての大きな屋敷が見える。
 高位貴族に相応しく、重厚で歴史を感じさせる建物だ。

 貴族の中には権勢を競うかのように、無駄に華美にしたがる人もいるのだけど……ランティーニ家の落ち着いた雰囲気に、私は好感を抱いた。


 さて、依頼人のお嬢様はどんな方なのかな……?
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