片手間の短編集

狐花ありす

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あい・らいく・妄想

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 私は、妄想が好きだ。

 妄想の世界でなら、私はどんな世界にでも行ける。どんな自分にもなれる。どんなことだってできる。
 飽き飽きしてうんざりするような日々に、ささやかな彩りを混ぜられる。
 妄想反対派も世の中にはいるのかもしれないけれど、そんなこと全く気にならない。
 そもそも、誰だって理想の自分や理想の生活を思い描いたりするのだから、妄想しない人間なんていないだろう。

 今日は、3人の人と、1匹の猫を助けた。
 一人は、運悪く崩れてきた建物の残骸に足を踏まれていた。
 私はすぐにテコを使ってガレキをずらし、その人を救い出した。
 踏まれていた足が折れてしまっていたから、近くに落ちていたものを使って応急処置をした。それでも、とても歩けそうになかったので、すぐに人を呼びに走った。
 私は2人の大人を呼んで、担架を持って駆けていった彼らと一緒にあの人の元に戻らなかったけれど、あとでちゃんとした手当を受けていたのを見かけた。

 2人は、小さな女の子と男の子だった。
 2人で遊んでいるうちにうっかり足を滑らせたらしい男の子が、崖下に落ちてしまっていた。
 幸い、崖は私の身長より少し高いくらいだったから、男の子にはひどいケガはなかった。
 わんわんと泣きじゃくる女の子をなんとか宥めて、私は男の子の方へ飛び降りた。ほんの少しだけ足が痺れたけれど、何の問題もなく着地することができた。
 崖のすぐ後ろは鬱蒼とした森で、覆う闇がこちらに手を伸ばしてきそうでおそろしかった。けれど、この崖から安全に這い上がるためには少しばかり資材が必要だったから、それを探すために暗闇に踏み込んだ。
 森の中は昼間だと言うのに暗く、視界はひどく悪かった。おまけに、あたり一面にコケやツタが這いまわっていて、不気味だった。
 倒れた木がいくつかあったけれど、とても動かせそうにないので、代わりに丈夫そうな枝を少し拝借した。……返すことはできないけれど。
 木に巻きついていたツタも、十分な強度があったので、持っていたやや大振りのナイフで枝を取るついでに切り取った。

 集めた資材を抱えて帰る途中、小さな猫に出会った。
 随分と弱っているようで、短い呼吸を繰り返しながらうずくまっていたが、私が近づくと毛を逆立てて威嚇してきた。
 それでも放っておけなかったから、ゆっくりと近づいて抱き上げると、猫は小さな体をこれでもかと暴れさせて抵抗した。けれど、その動きもどこか弱々しく、見ていると悲しい気持ちになった。
 やけに伸びた爪で何度か引っ掻かれ、しまいには手に噛みつかれてしまった。それでもやっぱり噛む力は弱く、あまり痛くなかった。しかし、噛み付いた状態から動かなくなってしまったので、仕方なくそのまま資材と一緒に運ぶことにした。
 森から出ると、男の子が女の子に向かって必死に話しかけていた。大丈夫だから。泣かないで。と。
 なかなか泣き止んでくれない女の子に困り果てている様子の男の子には悪いけれど、微笑ましい光景だった。
 集めた資材を使って足場を作ろうとしたが、猫がいつまでも手から離れてくれないので、男の子に手伝ってもらった。
 少し時間はかかってしまったけれど、私も安全に乗れる足場を作ることができた。持ち上げて運ぶには重たかったので、男の子と一緒に崖下まで押して運び、それに登って崖を上がった。
 男の子は登りきるとすぐに女の子を抱きしめた。女の子はやっぱり泣いていたが、今度はどこか嬉しそうだった。なんとも可愛らしい光景だった。
 私は足場を倒してから、2人と一緒に帰った。猫は相変わらず手にくっついたままだった。

 そのあとは特に何もなく、日が暮れた。
 空には、ひどく綺麗な星空が広がっている。
 私は、猫に引っ掻かれたキズと噛み跡を手当てされている。お説教付きで。
 キズをつけた犯人はといえば、あたたかい寝床と十分な食事にありつけた安心感からか、実に心地良さそうに寝息を立てている。目立った外傷はなかったので、しっかりと食事を与えて安静にさせれば、すぐに回復するとのことだった。

 キズの手当と長い長いお説教の後で、私は床につく。
 今日はあまりお腹が空いていなかったので、夕食は他の人に譲った。
 目を閉じて、意識が沈んでいくまでの間が、私にとって1日の中で一番楽しみな時間だ。

 私は、瞼の裏に、明るい世界を描く。
 人が住む建物が並んで立っていて、そこに住む人たちと挨拶を交わす。
 たまたま会った友達と「おはよう」なんて笑い合いながら、おしゃべりをしつつ学校に行ったりする。
 空はいつだって綺麗な青色で、可愛らしい鳥たちが楽しそうに歌声を響かせる。
 なんでもない、平凡で、当たり前な日常。
 今はもう死んでしまったおじいちゃんやおばあちゃん達から聞いた、見たこともないそんな世界を妄想して、私は眠りにつく。
 そうしないと、恐ろしい世界で、悪夢にとりころされてしまいそうになるから。
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