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第七幕~青年は天使を失った1

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 ミラ―スを抱きかかえ、閃光弾に怯んだ兵士たちを掻き分け走ったエスタ。
 身体中が何かの後遺症なのか激痛に襲われ続けていたが、構わなかった。
 ルイスを信じて、工場の外へ。
 エスタはそれだけを信じて駆けていく。

「―――て、天使が出てきたぞ!」

 廃工場の外は流石に閃光弾が効かなかったようだった。
 そこには健全とした様子で驚く兵士たちの姿があった。
 が、思っていたよりもその人数は少なく、容易に蹴散らせるとエスタは思った。

「ごめん!」

 謝罪だけ述べた直後。
 エスタはルイスの隠し玉を真似るべく、自身の背後から閃光を放った。
 まるで、目に見えない翼が突然発光したかのような輝き。
 瞬間的なその閃光に兵士たちは防御も出来ず、視界を奪われてしまう。

「う…ぐっ……!」
「な、天使の力か…!?」

 エスタは目を抑え蹲る兵士たちを掻い潜り、路地裏へと逃げていく。 
 しかし。

「っ…なん、で……こんなに痛むんだ…!」

 苦痛に呻き声を洩らすエスタ。
 天使の記憶を辿り、練習でもしていればこんな激痛も負わずに済んだのだろうか。
 生憎、力の仕組みまでは考えたことがなかったため、エスタもこの痛みには困惑しかない。
 耐え続け、走り続けるしかなかった。




「ミラ―ス…ごめんね、翼とか目とか大丈夫だった?」

 狭い路地裏を走り続けながら、ずっと無言であるミラ―スを案じるエスタ。
 両腕以上の長さもある大きな翼を大事に抱え、傷つかないよう気をつけながら、エスタは語り掛ける。

「さっきは、庇ってくれて…ありがとう…あのときは言えなかったけど、すごく嬉しかったんだ……」

 それでも尚、沈黙し続けるミラ―ス。
 だが彼女の落ち着いた吐息が首筋から伝わって来るため、どうやら苦痛といったものはないらしい。
 エスタはひとまず安堵し、話を続ける。
 
「絶対、逃げ延びよう…それで、ミラ―スとルイスと…三人で…パン屋を開くんだ…絶対に……!」

 その夢は、エスタの中で別のものに変わりつつあった。
 その想いが、その約束が、彼の中で不思議な力に変わっていくのだ。
 激痛も苦ではなくなり、疲弊も心地良くすら思えた。
 天使の力では決してない、また別の力だと、エスタは直感した。

「―――夢ならある」
 
 おもむろに、ミラ―スはそう口を開いた。
 ようやく出た声に、エスタの瞳が輝く。
 一直線に続く路地裏を駆け続けながら、彼は少女の声に耳を傾けた。

「私ね…ずっと探してたんだ…私を、この運命から助けて、くれる人…でね、それがエスタだって思ってた…」

 初めて二人が出会ったあの日。
 あの瞬間。彼女は衝撃のようなものを胸の奥で感じたのだという。
 それはまるで、運命の人に出会えたときのような、直感だったと、ミラ―スは話す。

「―――そして、それを邪魔したのが、人間だった…」
「え―――」

 おもむろにミラ―スは自身の顔をエスタへと近付ける。
 直後、彼女は唇をエスタのそれと重ねた。

「え、え…っ」

 突然の行動に動揺を隠せないエスタ。
 困惑に思わず足を止め、彼女を見つめる。

「これで私は満足だよ…今まで、ありがとう………」

 そう言うと彼女は静かに微笑みを浮かべる。
 彼女の紅い双眸を見つめながらエスタは更に驚き、目を見開いた。

「え…どうして―――」

 しかし、次の瞬間だ。
 彼の言葉を遮るように、銃声が聞こえた。
 驚く暇もなく。エスタの目の前が、真っ赤に染まっていった。







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