上 下
19 / 25

4日目~3

しおりを挟む
   







 僕は旦那様の部屋へと逃げ込んでいた。
 通路の向こうではアンのものだろう甲高い笑い声が聞こえてくる。
 どうやら僕を探しているみたいだ。
 でもまさか、こんなところに隠れているとは思っていないだろう。

「―――え…この部屋……」

 旦那様の部屋、と呼ぶにはあまりにも殺風景で。
 ソファもテーブルも、ベッドさえも置いてなかった。
 もしかして部屋を間違えたかと思ったけれど、後探索していなかった部屋は2階左側通路のこの部屋だけ。
 旦那様の部屋であるはずに違いないんだ。





「あ…あった!」

 そんな室内をくまなく探していると、部屋の隅にポツンとトランクケースが置かれていた。
 夫人の部屋で見つけたものと同じ、頑丈そうな革製のものだ。

「やっぱり…ノートだ」 

 そこに入っていたのは夫人の大切だった私物と思われるぬいぐるみや飾り細工の小物。
 そして紙切れが数枚と、ノートだった。
 ノートを迷わず捲ってみると、そこに書かれていたのは日記というよりも、誰かに宛てた手紙のような内容が書かれていた。






   ◆


  



 『このトランクケースを見つけた方へ

 貴方がこれを開けて今この日記を見つけたということは、私はもうこの世にはいないということなのでしょう。

 おそらくは、あの子…アンナによって…。



 私の最期自体は自業自得なので何ら後悔はしていません。

 ですがあの子、アンナのことだけが私にとって心残りです。

 あの子が悪霊と化してしまったのは私のせいでもあるのでしょうから。

 きっと未だに寂しさからこの屋敷をさまよい続けていることでしょう。

 ああ、本当にごめんなさいアンナ。



 アンナを救う方法はたった1つです。

 それはあの子が独り眠り続けている場所―――この近くにある湖へ行くこと。

 あの子は両親からの虐待により命を落とし、両親はその事実を隠すため人知れず湖にアンナを沈めたのだと…。

 アンナが一度だけ、そう話してくれたことがありました。

 なのでおそらくはそこへ行ってアンナを供養してあげれば、アンナの魂は救われると思います。



 これを見つけてくれた貴方に頼むのことは筋違いでしょうし、頼めるような立場でもありません。

 …ですが、それでも、どうかあの子を救ってあげてください。

 そうしてくれれば、私もきっと、救われる。

 彼女から解放される。

 どうか、どうかあの子を助けてあげてください。






   ◆






 日記に書かれていたのはこれだけで、後はずっとアン―――アンナに対しての謝罪の言葉が続いていた。
 本当に申し訳なく思っているんだなと、後悔の気持ちが伝わってくる内容だった。

「夫人…」

 夫人の思いが、本当の気持ちが、いっぱい詰まったトランクケース。
 他に残された紙切れも、夫人が描いたのだろう絵や詩なんかが書かれてあった。

「……え…これって…」

 けど、その中に1つだけ。
 夫人が描いたものではない絵が出てきた。
 なぜなら、その絵には夫人に宛てたのだろうタイトルが刻まれていたからだ。



『65歳のアネット・エーデルヴァイス様』



 その肖像画には気品溢れるおばあちゃんが描かれていた。
 晩年の夫人なのだろう、けれど…。
 僕はその絵画に何か、違和感を抱いた。
 さっき夫人の部屋の絵画を見たときも感じたけれど、ブロンドの髪に大きな翠色の瞳。
 それがなんだか彼女に似ているんだ。

「まさか…そんな…」

 信じられなかったけれど、可能性は充分にあると思う。
 だって、絵画の女性―――アネット・エーデルヴァイスによく使われる愛称も、『アン』だから…。















「おにいちゃーん…どこにかくれてるの…?」





 突如聞こえてきた声に僕は身体が飛び跳ねた。
 昨日まで何も感じなかったその声が、今は怖くてたまらない。
 けれど、聞こえてきた方向からするにどうやらアンは1階の方にいるらしい。
 今なら、外に逃げられるかもしれない。





 僕は旦那様の部屋を静かに出てみる。
 やっぱり、アンの声は1階の奥から聞こえてくる。
 足音を立てないように僕はひっそりと通路を歩き、階段を降りていく。
 上がるときはアンと一緒だったから平気だったけど、ギシギシと鳴る音がこんなにも恐ろしいなんて。
 


 そのときだ。
 踏んだその板が、突然バキッと音を立てて壊れてしまった。
 僕の身体はバランスを崩して転げ落ちていく。

「うわあああっ!」 

 思わず声まで出てしまった。
 僕は1階まであっという間にたどり着いた。
 身体のあちこちが痛かった。
 けれど痛いなんて言ってる暇はない。
 早くしないと彼女が、やって来ちゃう。















「おにいちゃんみつけた」





 聞こえてきたアンの声。
 それは右側の通路からだ。

「う、わぁー!!」

 怖さのあまり僕は悲鳴を上げてしまった。
 


「なんでにげるの…?」



 本当にその通りだ。
 さっきまで、ずっと一緒にいた子なのに。
 けれど、逃げなきゃいけないと僕の本能が言っている。
 絶対に掴まってはいけないと、誰かに言われてる気がした。





 アンの指先が近づいてきた。
 僕の服を掴もうとしていた。

「アン…!」





「なあに…おにいちゃん……」



 僕の声にアンがピタリと止まった。
 その瞬間に、僕は急いで扉を開けた。
 扉の向こうには薄暗くなろうとしている森の風景が広がっている。



「絶対…絶対に君を助けるから…!」





 それだけ叫んで、僕は扉を閉めた。
 アンはそこから開けて出てこようとはしなかった。
 だけど、扉の向こうでずっとずっと僕を呼んでいた。




 僕は恐ろしくて、その日はずっとテントの中で過ごした。
 夕食も忘れて、寝ることもできなくて。
 外が明るくなるまで怯えながら過ごしていた。







   
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

お姫様の願い事

月詠世理
児童書・童話
赤子が生まれた時に母親は亡くなってしまった。赤子は実の父親から嫌われてしまう。そのため、赤子は血の繋がらない女に育てられた。 決められた期限は十年。十歳になった女の子は母親代わりに連れられて城に行くことになった。女の子の実の父親のもとへ——。女の子はさいごに何を願うのだろうか。

理想の王妃様

青空一夏
児童書・童話
公爵令嬢イライザはフィリップ第一王子とうまれたときから婚約している。 王子は幼いときから、面倒なことはイザベルにやらせていた。 王になっても、それは変わらず‥‥側妃とわがまま遊び放題! で、そんな二人がどーなったか? ざまぁ?ありです。 お気楽にお読みください。

王女様は美しくわらいました

トネリコ
児童書・童話
   無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。  それはそれは美しい笑みでした。  「お前程の悪女はおるまいよ」  王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。  きたいの悪女は処刑されました 解説版

霊能者、はじめます!

島崎 紗都子
児童書・童話
小学六年生の神埜菜月(こうのなつき)は、ひょんなことから同じクラスで学校一のイケメン鴻巣翔流(こうのすかける)が、霊が視えて祓えて成仏させることができる霊能者だと知る。 最初は冷たい性格の翔流を嫌う菜月であったが、少しずつ翔流の優しさを知り次第に親しくなっていく。だが、翔流と親しくなった途端、菜月の周りで不可思議なことが起こるように。さらに翔流の能力の影響を受け菜月も視える体質に…!

どろんこたろう

ケンタシノリ
児童書・童話
子どもにめぐまれなかったお父さんとお母さんは、畑のどろをつかってどろ人形を作りました。すると、そのどろ人形がげんきな男の子としてうごき出しました。どろんこたろうと名づけたその男の子は、その小さな体で畑しごとを1人でこなしてくれるので、お父さんとお母さんも大よろこびです。 ※幼児から小学校低学年向けに書いた創作昔ばなしです。 ※このお話で使われている漢字は、小学2年生までに習う漢字のみを使用しています。

積み木クラブ

はりもぐら
児童書・童話
ある日僕は積み木クラブを見つけた

ずっと、ずっと、いつまでも

JEDI_tkms1984
児童書・童話
レン ゴールデンレトリバーの男の子 ママとパパといっしょにくらしている ある日、ママが言った 「もうすぐレンに妹ができるのよ」 レンはとてもよろこんだ だけど……

処理中です...