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4日目~3
しおりを挟む僕は旦那様の部屋へと逃げ込んでいた。
通路の向こうではアンのものだろう甲高い笑い声が聞こえてくる。
どうやら僕を探しているみたいだ。
でもまさか、こんなところに隠れているとは思っていないだろう。
「―――え…この部屋……」
旦那様の部屋、と呼ぶにはあまりにも殺風景で。
ソファもテーブルも、ベッドさえも置いてなかった。
もしかして部屋を間違えたかと思ったけれど、後探索していなかった部屋は2階左側通路のこの部屋だけ。
旦那様の部屋であるはずに違いないんだ。
「あ…あった!」
そんな室内をくまなく探していると、部屋の隅にポツンとトランクケースが置かれていた。
夫人の部屋で見つけたものと同じ、頑丈そうな革製のものだ。
「やっぱり…ノートだ」
そこに入っていたのは夫人の大切だった私物と思われるぬいぐるみや飾り細工の小物。
そして紙切れが数枚と、ノートだった。
ノートを迷わず捲ってみると、そこに書かれていたのは日記というよりも、誰かに宛てた手紙のような内容が書かれていた。
◆
『このトランクケースを見つけた方へ
貴方がこれを開けて今この日記を見つけたということは、私はもうこの世にはいないということなのでしょう。
おそらくは、あの子…アンナによって…。
私の最期自体は自業自得なので何ら後悔はしていません。
ですがあの子、アンナのことだけが私にとって心残りです。
あの子が悪霊と化してしまったのは私のせいでもあるのでしょうから。
きっと未だに寂しさからこの屋敷をさまよい続けていることでしょう。
ああ、本当にごめんなさいアンナ。
アンナを救う方法はたった1つです。
それはあの子が独り眠り続けている場所―――この近くにある湖へ行くこと。
あの子は両親からの虐待により命を落とし、両親はその事実を隠すため人知れず湖にアンナを沈めたのだと…。
アンナが一度だけ、そう話してくれたことがありました。
なのでおそらくはそこへ行ってアンナを供養してあげれば、アンナの魂は救われると思います。
これを見つけてくれた貴方に頼むのことは筋違いでしょうし、頼めるような立場でもありません。
…ですが、それでも、どうかあの子を救ってあげてください。
そうしてくれれば、私もきっと、救われる。
彼女から解放される。
どうか、どうかあの子を助けてあげてください。
◆
日記に書かれていたのはこれだけで、後はずっとアン―――アンナに対しての謝罪の言葉が続いていた。
本当に申し訳なく思っているんだなと、後悔の気持ちが伝わってくる内容だった。
「夫人…」
夫人の思いが、本当の気持ちが、いっぱい詰まったトランクケース。
他に残された紙切れも、夫人が描いたのだろう絵や詩なんかが書かれてあった。
「……え…これって…」
けど、その中に1つだけ。
夫人が描いたものではない絵が出てきた。
なぜなら、その絵には夫人に宛てたのだろうタイトルが刻まれていたからだ。
『65歳のアネット・エーデルヴァイス様』
その肖像画には気品溢れるおばあちゃんが描かれていた。
晩年の夫人なのだろう、けれど…。
僕はその絵画に何か、違和感を抱いた。
さっき夫人の部屋の絵画を見たときも感じたけれど、ブロンドの髪に大きな翠色の瞳。
それがなんだか彼女に似ているんだ。
「まさか…そんな…」
信じられなかったけれど、可能性は充分にあると思う。
だって、絵画の女性―――アネット・エーデルヴァイスによく使われる愛称も、『アン』だから…。
「おにいちゃーん…どこにかくれてるの…?」
突如聞こえてきた声に僕は身体が飛び跳ねた。
昨日まで何も感じなかったその声が、今は怖くてたまらない。
けれど、聞こえてきた方向からするにどうやらアンは1階の方にいるらしい。
今なら、外に逃げられるかもしれない。
僕は旦那様の部屋を静かに出てみる。
やっぱり、アンの声は1階の奥から聞こえてくる。
足音を立てないように僕はひっそりと通路を歩き、階段を降りていく。
上がるときはアンと一緒だったから平気だったけど、ギシギシと鳴る音がこんなにも恐ろしいなんて。
そのときだ。
踏んだその板が、突然バキッと音を立てて壊れてしまった。
僕の身体はバランスを崩して転げ落ちていく。
「うわあああっ!」
思わず声まで出てしまった。
僕は1階まであっという間にたどり着いた。
身体のあちこちが痛かった。
けれど痛いなんて言ってる暇はない。
早くしないと彼女が、やって来ちゃう。
「おにいちゃんみつけた」
聞こえてきたアンの声。
それは右側の通路からだ。
「う、わぁー!!」
怖さのあまり僕は悲鳴を上げてしまった。
「なんでにげるの…?」
本当にその通りだ。
さっきまで、ずっと一緒にいた子なのに。
けれど、逃げなきゃいけないと僕の本能が言っている。
絶対に掴まってはいけないと、誰かに言われてる気がした。
アンの指先が近づいてきた。
僕の服を掴もうとしていた。
「アン…!」
「なあに…おにいちゃん……」
僕の声にアンがピタリと止まった。
その瞬間に、僕は急いで扉を開けた。
扉の向こうには薄暗くなろうとしている森の風景が広がっている。
「絶対…絶対に君を助けるから…!」
それだけ叫んで、僕は扉を閉めた。
アンはそこから開けて出てこようとはしなかった。
だけど、扉の向こうでずっとずっと僕を呼んでいた。
僕は恐ろしくて、その日はずっとテントの中で過ごした。
夕食も忘れて、寝ることもできなくて。
外が明るくなるまで怯えながら過ごしていた。
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