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4日目~2

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   ◆






『   ○月〇日

 最近、あの子の様子が可笑しい。

 甘いお菓子を用意しないと怒るようになった。

 夜に出回ると不機嫌になった。

 不機嫌なままだと、メイドたちにまで悪さをするようになった。

 あんなことする子じゃなかったはずなのに、私が甘やかしたせい?』



『   ×月×日

 雨の日になるとあの子が大人しくなることがわかった。

 おそらく水が嫌いなんだと思う。

 調理場には行きたがらないし、以前も近くの湖に行くことを嫌がっていたし。

 けど一番嫌いな部屋は旦那の部屋みたい。

 生前と関係があるのかしら…。』



『   △月△日

 この頃調子が可笑しいと思っていたらあの子に身体を乗っ取られていたみたいだった。

 メイドたちが記憶のないことを話すようになったから。

 歳のせいもあるかもしれないけど、私ももう限界かもしれない。』



『   □月□日

 悲しいけどもう、こうするしかない。

 明日は雨だというから明日に決行する。あの子と…お別れする。

 私にもしものことがあっても、この屋敷はこのままにしておくよう書き残したから…

 とりあえずあの子によって犠牲者ぎせいしゃが増えることはないと思う。

 それと、あの子とお別れする方法……未練を断ち切る方法も念のため残しておく。
 




 悲しいわね、こんな形でお別れすることになるなんて。 

 まるで娘が出来たみたいで、年の離れた友だちが出来たみたいで。

 楽しい思い出もあったはずなのに…。

 さようなら、私の友だちだった……アンナ。』






   ◆






「どうしたの、おにいちゃん…?」



 その声に僕は我に返り、急いでノートを閉じた。
 湧き上がる恐怖。
 そんなまさかと僕は早くなる心臓を抑えながら、深呼吸を繰り返す。
 それから、意を決して僕はアンを見つめる。
 ランプの灯りに照らされたアンは、僕を見つめ返し笑っている。
 まるで不気味な夜の三日月のような笑顔で。

「君は…もしかして…?」

 その先を尋ねることが、僕には出来そうになかった。
 信じたくはなかったからだ。
 けれど、昨日見つけたメイドの手紙にも同じことが書き残されていた。
 だとしたら僕はもう、目の前の子を、友だちになれたアンを疑うしかなかった。
 だって―――こんなにも、全身が恐怖ですくみ上がってしまっているんだから。

 



「1つだけ、聞いてもいいかな…?」
「なあに…?」















「君は…アンナ……なの…?」















「そうだよ?」















 直後、アンはケタケタと甲高い声で笑い出す。
 僕はその豹変ぶりに思わず腰を抜かし、その場に座り込んでしまった。



「せっかくおともだちになれたのに、どうしてアンってよんでくれないの…?」



 一歩、また一歩、ゆっくりと僕に近づいてくる。
 僕は恐怖の余り逃げ出すことも出来そうにない。
 
「わたしはね…パパがおこるときいつも、アンナは、アンナはってしかるから、そのなまえ、きらいなの…」

 そう言ってアンは僕の首をその両手で掴んできた。
 氷のように冷たい手。



 ああ、どうして僕は彼女の正体に気づかなかったんだろう。
 いや、気づきたくなかっただけなんだ。
 湖の底のように冷たい手のことも、青いくらいに真っ白過ぎる肌の色のことも。
 足下がずっと透けていたことも。
 だって、こんな形で出会ったけれど―――。
 正体が何だったとしても、友だちができたと、僕は思ったんだから。





「くるし…やめっ、て……」

 女の子とは思えない怪力で僕の首を掴み上げるアン。
 苦しくて、痛くて、上手く息ができない。



「でも1かいだけ、ゆるしてあげる。だからまたアンってよんで?」



 アンはそう言うと僕から手を放した。
 解放されてようやく呼吸ができる。
 必死に深呼吸を繰り返し、同時におえつも繰り返しながら、僕はやっと逃げる方法を考え始めた。
 このままじゃ、多分僕は生きて帰れない。



「アン…」
「よかった、またよんでくれるのね…」

 けれど何にも手段が浮かばなかった。
 だってこんな状況、生まれて初めてのことなんだ。
 誰だって簡単に動けるわけがない。
 何も、考えも浮かばなかった。

「アン…」
「なあに?」

 だから僕は、思わずこんなことを言ってしまった。

「僕は、君と友だちには…なれないよ……」















「なんで? なんでなんでなんでなんでナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデ」



 まるで壊れた玩具のように、その言葉を繰り返し始めたアン。
 頭をかきむしるその様子はどう見ても不機嫌そうで。
 その顔に先ほどまでの笑みはなかった。















「イヤだイヤだイヤだイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ」














 けれど、これがチャンスだと思った。
 今逃げ出さないと僕はもう二度と逃げられないと、本能的に察した。
 僕は四つんばいになりながらも、懸命にその場から逃げ出した。
 出来るかぎり遠くへ、アンに捕まらない場所へ行こうとがむしゃらに走り出した。















「アソンデヨ…」














 僕はとにかくアンが追いかけてこないだろう場所を目がけて逃げた。
 身体を起こして、立って走った。
 あんな状況なのに、どうにかランプを持ってこられたのはラッキーだった。
 走りながら、僕はふとあのエーデルヴァイス夫人の日記を思い出した。
 あの日記に書いてあった『アンが行きたがらない場所』。
 とりあえずそこに逃げ込もうと思った。












 



     ・旦那様の部屋へ行く―――4日目~3へと続きます。



     ・調理場へ行く―――4日目~4へと続きます。







    
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