天使喰らうケモノ共

緋島礼桜

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爪現すケモノ

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「なん、で…カイル……天使じゃ、なかったの……?」
「違います。僕はちゃんとした天使を狩る側の人間です」

 突然の発砲。突然の攻撃。突然の敵意。
 あまりにも突然な青年の、裏切りにも近い行為に女将の顔色は蒼白していく。
 が、押し寄せる絶望に呆然としている暇もなく。
 彼女は突然、激しい痛みに襲われる。

「痛いッ…痛い痛い痛い、いたい、いたいいたいいたい、イタイッ!!」

 ネコを撃ったその一撃は貫通し、女将の肩口にも当たっていた。
 彼女は激痛に肩を押さえながらその場に蹲る。

「ハァ…ハァ……なんで、カイル…!」

 涙を浮かべ、縋るように青年を見上げ訴える女将。
 尚も助けを求める彼女へ、非情にも青年は冷血な顔で見下す。

「全ては天使に与してしまった貴女のせいですよ」
「だっ、って……わた、しは…悪くないッ……のに……!」

 痛みと苦しみ。哀しみと怒り。
 あらゆる負の感情が入り乱れ、女将をより一層と狂わせていく。

「ひどいひどいひどいひどいっ…!」

 項垂れ、昂る感情に涙する彼女は、ふと、ある声を聞いた。




『―――大丈夫ですよ…ほら、ゆっくりと、息を吸って吐いてごらんなさい?』








「あれ…痛くない、ッ…?」

 次の瞬間には先ほどまであれだけあった激痛が、まるで嘘のように引いていた。
 驚き肩口を見つめると、撃たれた傷口はもう塞がっているようだった。

「ああ…嘘、本当に…私は……願いが、叶ったの…叶ったのよ!」

 紛れもない不可思議な現象。
 しかし『天使と遭遇』という怪奇現象を既に体験している彼女にとって、最早それは小さな差異でしかなかった。
 それよりも『痛みが引いた。傷が治った』という奇跡を、女将は純粋に感激していた。
 先ほどまでの負の感情がすっかりと抜け落ちてしまうほどに。
 だが。その反面、青年の表情は違った。
 冷血だった顔は顰められており、まるで悍ましい化け物を見るかのように引きつっていた。

「ほら見て、カイル! 私はやっぱり何も悪くない! 天使の力なんかじゃない、赤猫様の奇跡よ! 辛く苦しかった私の願いを叶えてくれた!」

 彼の顔色の変化にも気付かず立ち上がり、浮かれ、天を仰ぐ女将。
 自分の身に起こっている変貌にも気付かずに、感激し笑う。

「私は! これでもう! 死なな―――」

 が、次の瞬間。
 雷鳴に紛れ、またもや放たれた銃弾。
 その一撃が女将の脳天を打ち貫いた。

「将軍…!」
「まだ油断するな!」

 部屋へと辿り着いたイグバーンは持っていた銃で女将を撃ったのだ。
 飄々としたいつもとは違う彼の態度に、青年も同じく包帯を解き、隠し握っていた銃を構える。
 続けざまに銃撃は二発、三発と女将を狙い撃つ。
 間違いなく頭部や急所を撃たれた女将は無言のまま、その場に崩れ落ちた。
 致命傷は確実に与えた。はずだった。

「どういう理屈が起こったかは知らんが…この女将はもう養製天使ようせいてんしだ…!」

 間違いなく仕留めたはずだった。
 力無く倒れ、地に伏したその様は絶命を意味していたはずだった。
 傷口から、その頭部から流れ出る血液がそれを物語っているはずだった。
 ―――しかし、その直後。
 絶命したはずの女将から、くつくつと喉を鳴らすような笑い声が聞こえてきた。




「―――フフ、フフフフ…ああ、やっと…やっとこの身体を手に入れられたわ…!」




 突如、その場から女将は起き上がる。
 何事もなかったかのような顔で女将はそう言って高らかに笑う。
 だが、その様子は明らかに女将とは全く別の雰囲気であった。
 何よりも、彼女の眼の色が変わっていた。
 まるで血のように紅い双眸。
 そして、広げた両腕からは白い羽が生えていく。
 綿毛のような無数の羽が、彼女が負った痛々しい傷を覆い隠す。

「もっと手っ取り早く手に入れられると思ってたのに…この身体が意外と用心深くて手間取っちゃったわ…」

 そう言いながら彼女はくるりと振り返り、イグバーンを見つめる。

「けど貴方のお蔭で止めを刺してあげる手間が省けた…一応その礼だけは言ってあげる。あ・り・が・とうね、軍人さんたち」

 口角を吊り上げ、不敵な笑みを浮かべる女将―――否、それはまさしく養製天使ようせいてんしに宿ると言われている天使人格そのものだった。






  
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