14 / 29
化けの皮剥がれるケモノ
しおりを挟む「嘘よ…な、んで…あんなに飲んでいたのに…!」
「悪いが酒は強い方でな…あの程度じゃあまだ酔いもしねえよ」
平然と立ちながらそう説明するイグバーン。
ふらつく様子もなく、彼は勝気な笑みを浮かべる。
「そんな…」
一方で動揺の余りに、その場に崩れ落ちる女将。
客人の寝こみを襲い、包丁を突き立てたこの現状には弁解の余地など微塵もなく。
その証拠である包丁は未だ布団に突き刺さったまま、不気味に輝いている。
「こ、これは…そう。そうなの、驚かそうと…思って……」
「酔い潰れただろう人間をか? そりゃあ悪趣味が過ぎんだろう」
そう鼻で笑い飛ばしながら、イグバーンは懐から煙草を取り出し、口に咥える。
「まあ…言動が怪しいってだけで葬ろうとすんのも中々度が過ぎてるがな」
「あ、怪しい…だなんて、思ってなんか…」
「いるだろ? 怪しく見えるように敢えて動いてたんだからな」
ぎこちなく言葉を反す女将に対し、イグバーンは低いトーンの声で返す。
顔を顰め、俯きながら奥歯を噛みしめる女将。
そんな彼女を後目に、イグバーンはマッチを擦り、煙草に火を灯す。
「ここまで過激に攻めて来るのは想定外だったが…まあ誰だってそりゃあ必死になるわな。旦那を殺めた事実を隠している、となればな…」
イグバーンの言葉に、女将は更に顔色を曇らせる。
その横で静かに吐き出される白煙。
「なんで…殺したなんて………私は…彼を、殺してなんか―――」
「事故にしちゃあ偶然が良すぎんだよ」
「え…?」
腰が抜け、すっかり座り込んでしまっている女将へイグバーンは言う。
「旦那が発見されたという物置小屋はこの宿の最奥に隣接されている…そのとき女将は何処に…?」
「そ、それは…調理場に…」
「料理が不得意で旦那が料理番なのにか? しかもこの宿の調理場から物置小屋は真反対の位置にあると言ってもいい。なのによく火事に気付くよな…?」
彼女は既にボロを出しているというのに、イグバーンはよく言えば丁寧に、悪く言えば意地悪く彼女を追い詰めていく。
「気付いたわけじゃなくて…夫を探していたら偶々…小屋が燃えていて…だから、慌てて人を呼んで消火を…」
「だとしたら随分と運が良かったな。少しばかり木枝に燃え移った程度で、宿にまで燃え広がらずに済んだわけだからな。なのに小屋の中の旦那は運悪く黒焦げってか?」
挑発的に、狡猾的に、相手を追い詰め、痛めつける。彼の悪い癖が始まっている。
「それはその小屋が…燃えにくい造りだから」
「だろうな。あの小屋は単なる樽倉庫なんかじゃねえ…樽の焼き直し作業をするために造られた場所なんだろうからな」
樽の焼き直し。
樽は繰り返し使用されていくうちに徐々に劣化してしまい、味の熟成等が衰えてしまうという。
そんな古樽の内部を焼き、焦げ目を付けることを『焼き直し』と言い、この工程をすることで古樽に新たな熟成効果がもたらされ再利用出来るようになるのだという。
本来ならば樽職人に任せる工程であるが、試行錯誤の末に樽造りからこだわっていたというこの村ならば、それ専用の場を用意してあったとしても可笑しくはない。
「だからあの建物は周辺の森林に引火しにくい石造りだし、消火もし易いよう井戸が近くにあった。女将さん…あんたずっと見張ってたんだろ? 連れ添いだった男が丁度いい具合に真っ黒焦げになるまでな」
「ち、違う…」
より一層と女将の顔が青ざめていく。
構わずにイグバーンは問い詰め、追い詰める。
「じゃあそもそも。なんでそんなことをせにゃならんかったのか…その答えは一つだ。隠すためにだったんだよな? 自分がやっちまったっていう殺人の痕跡を―――」
「そんなのでまかせで言ってるだけじゃない!? 私は何も悪くない! 全部、全部全部偶然だったのよ! そう…そうなのよ! 彼はそういう運命だったのよ!」
『偶然』と『運命』。
性別も身分も関係なく、全ての人は等しく『偶然』と『運命』が、赤猫の気まぐれによって与えられる。
それが、赤猫信仰の決まり文句であった。
彼女が投げつけたそんな言葉に、イグバーンは静かに白煙を吐く。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
僕と天使の終幕のはじまり、はじまり
緋島礼桜
ファンタジー
灰の町『ドガルタ』で細々とパン屋を営む青年エスタ。そんな彼はある日、親友のルイスと8年ぶりの再会を果たす……しかし、これにより彼の運命の歯車は大きく廻り始めることとなる―――三人称、回想、手記、報告書。様々な視点で巡る物語。その最後に待つのは一体何か…。
他、カクヨム、小説家になろうでも投稿していきます。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
異世界でも男装標準装備~性別迷子とか普通だけど~
結城 朱煉
ファンタジー
日常から男装している木原祐樹(25歳)は
気が付くと真っ白い空間にいた
自称神という男性によると
部下によるミスが原因だった
元の世界に戻れないので
異世界に行って生きる事を決めました!
異世界に行って、自由気ままに、生きていきます
~☆~☆~☆~☆~☆
誤字脱字など、気を付けていますが、ありましたら教えて頂けると助かります!
また、感想を頂けると大喜びします
気が向いたら書き込んでやって下さい
~☆~☆~☆~☆~☆
カクヨム・小説家になろうでも公開しています
もしもシリーズ作りました<異世界でも男装標準装備~もしもシリーズ~>
もし、よろしければ読んであげて下さい
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる