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遭い戦うケモノ
しおりを挟む―――マーディル暦2031年、09、25。
時刻は昼過ぎ。空は快晴。
イグバーンは一人、山道を進んでいた。
理由は様々であるが、一番の言い訳としては軍用車が通れない道であるからだ。
比較的標高のある道のりは麓の蒸し暑さを忘れさせてくれるかのように風が心地よく。
強い日差しは生い茂る木々によって程よく隠れてくれている。
「しっかし、こんな僻地まで足を運ぶとは……奴らの行動範囲は恐ろしいもんだ」
そうぼやき、ため息を吐くイグバーン。
だがそれも当然だ。奴らは常に罪人の如く全てから逃げ続けているのだから。
そう思いイグバーンは静かに、もう一度吐息を洩らす。
「はあー…一回ここらで一服しとくかあ…」
イグバーンはそう言うと近くで見つけた手ごろな岩場へと近付く。
腰を掛けるには丁度いい大きさ。
というよりも、村を行き交う人々もそのために利用しているもののように思えた。
ドカリとその岩に腰を掛け、イグバーンは懐から煙草を取り出した。
手早く火をつけ、それから盛大に煙を吐き出す。
その無精ひげと軍服ではない風貌もあってか、傍目にはどう見ても誰も軍人とは思わないことだろう。
「アァァーッ!」
―――だからこそ、イグバーンを一般民だと思い込んだだろうそれは、突如として草陰から飛び出して来た。
雄叫び、というよりは悲鳴にも近い声を張り上げて。
それにとっては最高の不意打ちをしたつもりだった。
「はっ…殺気がだだ洩れなんだよ…!」
だが、それが伸ばした足蹴は寸でで交わされ、当たらず。
イグバーンは口角を吊り上げながら上体を捻らせそれを睨む。
その殺気立った―――狂気の双眸がそれに恐怖心を与えるより早く。
「ギャアアアァッ!!」
イグバーンはそれの足を掴み上げ、携えていたナイフで素早くその脚へ突き刺した。
それの断末魔が辺りに哀しく轟く。
「喚くな…どうせその傷も直ぐ完治するくせによ」
地面に叩きつけられたそれへ馬乗りになるイグバーン。
続けざまに彼は別のナイフを取り出し、仰向けに倒れるそれの肩口を刺した。
更に呻き声を上げるそれは振り上げていた腕を、徐々に力無く下していく。
みすぼらしい衣服に汚れきった身体。腕や足にはおびただしい血痕が付いており、それだけならば賊か殺人鬼かと思うところだろう。
だが、それの最も特徴的な部分はそこではない。
「翼は無し。が、その嘴と特徴的な両足―――こりゃあ間違いなく養製天使だな」
どうやら今回の噂は当たっていたようだ。
そう思いながらイグバーンは口角を吊り上げる。
「……で。聞きたいんだが、天使さんよぉ…お前仲間を匿っちゃいねえか?」
ナイフの痛みに蠢き叫ぶそれ―――もとい、養製天使へと尋ねるものの、彼の耳にイグバーンの声は届いておらず。小さく舌打ちを洩らす。
「芸のない悲鳴は耳障りなだけだな…その嘴、削ぎ落してやろうか?」
と、更に隠し持っていたナイフを養製天使の顔面へ向けた。
切っ先はその淡い黄色の嘴へ僅かに当たる。
養製天使である男はその刃を見せられ、ようやく呻き声を止めた。
―――だが、しかし。
「ゴ、ロ……ジ……デ……」
吐き出された言葉はイグバーンの望むものではなかった。
「は、そうかよ…」
ため息交じりにそう言うと、直後。
イグバーンは養製天使の男の喉元へ、迷わずナイフを突き立てた。
「ガッ、ハ、ァッ…!!」
首筋から噴き出す、紅い鮮血。
嘴もその色で染め上げながら、まもなく、男の双眸から光が消えた。
「つまりこれは当たり半分デマ半分ってことか? いや…念のため村に行っとくか……ったく、アイツからの連絡さえ途絶えなけりゃあ俺がわざわざ足を運ぶ必要もなかったってのに…」
小さく洩れ出る呟きと舌打ち。
イグバーンは既に事切れている男から離れると血しぶきを浴びた顔を拭う。
人間と変わらない紅い血。嫌な鉄の臭い。
顔を顰めながらイグバーンは血しぶきを拭った布切れを煙草と共に地面へと捨てた。
と、彼は足下のものの後始末に気付き、改めてため息をつく。
「やれやれ…これなら他の連中も一緒に連れて来た方が良かったか。まあまだ様子見てからでも遅くはねえだろうが…」
そうぶつくさと愚痴を零しつつ、イグバーンは鞄から剣を取り出す。
鋭く尖った、まるで針のような特注の剣。
イグバーンはそれを男の腹部に深く、地面に貫通するまで深く突き刺す。
「お前らは灰化処理しない限り再生もあり得るからな。悪いが待機させてる連中が来るまで標本になっててもらうぜ」
当然、男は返答どころか悲鳴の一つすらしない。
「皮肉なもんだな…元は同じ人間だったはずなのに、今や人間にはあらず。ただただ焼き殺されるだけの対象なんだからな」
男の亡骸に周辺の木々の枝草を集め、被せる。
そうして人の目に付かないよう隠したイグバーンは、村へ向かうべく登山を再開させた。
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