上 下
48 / 87
少年が追想する時

しおりを挟む
      






 互いに食事が終わると、アスレイとネールは別の場所へと移動する。そこは町外れにあった人気のない公園だった。膝丈まで鬱蒼と生い茂る、空き地とも呼べる場所で二人は対峙し、視線を交えた。

「わかってると思うけど、俺が勝ったら天才魔槍士について、知っている事教えて貰うよ」
「ああ。そう何度も言わずとも解っている」

 ネールはそう言って苦笑を浮かべ、アスレイを見つめる。
 一方でアスレイは目つきを若干鋭くさせると自分の拳を構え、ファイティングポーズを取る。
 と、ある事に気付き彼はふと口を開く。

「そういや武器はどうする? 流石に刃物系は困るけど木刀くらいなら持っても…」
「いや、このままで構わない」

 冷淡に即答するネール。
 とは言われても、いくら彼女が魔道士とはいえ、少女相手に本気で拳を交えることに僅かながら抵抗を抱かずにはいられないアスレイ。
 故郷では妹相手に本気で喧嘩もしていたものの、兄妹ではない他人の女性を傷つけても良いものなのか迷うところではあった。
 すると、そのことを察したのかネールが口を開いた。

「一戦交えるからには手加減は無用だ。私も全力で行かせてもらう」

 全力、ということは魔道士として戦うということなのだろうとアスレイは推測する。
 初めて手合せしたとき―――敗北したあの時も、ネールは魔術を使っていたという話をレンナから聞いている。おそらく、あの時以上の力を持って挑んでくる。ということだろう。
 ならば、抵抗を抱いている余裕などない。

「ああ、わかった」

 頷き了承すると、改めてアスレイは拳を構え直した。



 向かい合う二人の傍ら、立会人として静観するレンナとケビン。戦う前から勝敗の判り切っているレンナにとっては気が気ではなく。先ほどから落ち着かない様子でいる。

「ねえ、ホントに大丈夫なの? 本気でやるって…アイツ凄い大怪我しちゃうんじゃないの? そもそも勝つつもりなんて無謀も良いとこだし、それにアンタたちが本当に天才魔槍士の情報を知ってるかどうかだって定かじゃないってのにさ…?」

 レンナから怒涛の質問攻めを受け、隣にいるケビンは小さなため息を一つ洩らす。

「まあ…情報云々についてはノーコメントとして…手合いに関しては心配無用だ。それに、本気を望む相手に手加減することの方が失礼というものだろ」

 彼女の投げかけたぼやきのような質問一つ一つを親切に答えるケビン。

「そういうもんなの?」

 が、どれもこれも明確な回答とは言えず、更にレンナは不満を募らせる。
 不機嫌そうに、彼女は睨むように、二人の対決を見つめる。
「ホントバカなんだから」と、小声で悪態を付いているものの、つまるところレンナなりに彼の身を案じているということだ。
 そんな心情に気付いているケビンは、レンナを見やり人知れず笑みを漏らす。
 彼女が心配するほどの事態にはならないと、ケビンには確信があったからだ。
 が、彼が案じているのは違う点だ。

(果たしてアイツがどれだけに見せられるのか…)

 顔を顰めながらアスレイとネールを交互に見つめ、それからケビンはまた小さく吐息を洩らした。





 特別な合図があったわけでもないが、戦いは既に始まっていた。
 しかし、二人は一向に動こうとしない。
 そもそも自身の拳で挑むアスレイは必然的に近距離戦を要しなくてならないのだが、彼が得意とするのは迫りくる相手の力を利用し、いなすという戦い方であった。
 だが、ネールが近付いてくる気配は微塵も感じられない。
 ならばと間合いを詰めようにも、ネールが扱う『魔術』の距離間が掴めていなくては、無駄に突進してしまうだけ。
 そのためアスレイは下手に手を出せず、身動きが取れずにいた。



 するとそんな彼の手の内を知ってか知らずか。突然ネールが歩き出した。

「それでは行かせて貰う」

 そう言った直後だ。
 それまで歩いていたはずのネールが、視界から消えた。

「―――くっ!!」

 瞬時に気付いた、と言うよりはほぼ直感であった。
 僅かに感じた不自然な風と気配。それが彼女のものだとアスレイの脳へ回った頃には、ネールはアスレイの真横―――死角に飛び込んでいた。
 ネールの方へ向き直し、防御に両手を構えようとしたが、既に遅く。
 振り回していた彼女の足がアスレイの腹部に直撃した。

「う、ぐぅ…っ!!」

 思わず漏れ出る呻き声。
 その場に崩れることもなく、彼の体は後方へと吹き飛んだ。



 蹴り上げた足を下しながら、ネールは両膝をつくアスレイを見やる。

「咄嗟に自ら後方へ飛び退きダメージを軽減させたか…思った以上に動けるようだな」

 相変わらずの上から目線とも取れる言いぐさで、反論さえさせない正論を言う。
 苦痛であると言うのに口元には自然と笑みが零れてしまう。
 腹部を押さえながら、アスレイはもう一度立ち上がった。

「そっちこそ…思った以上に重い一撃で驚いたよ…」

 か弱いとも言えるその華奢な見た目からは想像の出来ない一撃。
 故郷の妹たちと同等の体力だと思っていた自分の愚かさに、より一層と笑わずにはいられないアスレイ。

「油断はもうしない…!」

 そう叫び声を上げ、アスレイはネールへ向かって飛び込んでいった。
 彼女に再度死角を突かれるよりも先にと、今度は彼から一手出た形だ。
 少女相手とは思わない、懇親の一撃。
 それは軽々と避けられてしまったが、体を捩じらせたネールにアスレイは休むことなく次の一撃を向ける。
 繰り出す拳。完全に死角を狙った一手だった。
 が、しかし。
 ネールはそれさえも知っていたかのようにひらりとかわしてしまう。
 まるで踊っているかのような、軽やかな動きで。

「くそ…!」

 思わず出てしまう悪態。
 だが、それでも彼の顔に悔しさは微塵もない。
 まるでこの戦いを楽しんでいるようにさえ思える表情。噴き出る汗も、受ける激痛も、心地よくさえ思える。
 しかしアスレイは決して負けるつもりもなく。絶対に勝てると信じている上での感情なのだ。

「…負ける喧嘩であんな笑ってられるなんて…ホント男ってバカね」

 呆れた声でそう言ってため息を洩らすレンナ。
 隣でそれを聞いていた男のケビンとしては、苦笑とも取れない複雑な笑みを浮かべるしかなかった。






   
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

女神に冷遇された不遇スキル、実は無限成長の鍵だった

昼から山猫
ファンタジー
女神の加護でスキルを与えられる世界。主人公ラゼルが得たのは“不遇スキル”と揶揄される地味な能力だった。女神自身も「ハズレね」と吐き捨てるほど。しかし、そのスキルを地道に磨くと、なぜかあらゆる魔法や武技を吸収し、無限成長する力に変化。期待されていなかったラゼルは、その才能を見抜いてくれた美女剣士や巫女に助けられ、どん底から成り上がりを果たす。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます

かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~ 【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】 奨励賞受賞 ●聖女編● いきなり召喚された上に、ババァ発言。 挙句、偽聖女だと。 確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。 だったら好きに生きさせてもらいます。 脱社畜! ハッピースローライフ! ご都合主義万歳! ノリで生きて何が悪い! ●勇者編● え?勇者? うん?勇者? そもそも召喚って何か知ってますか? またやらかしたのかバカ王子ー! ●魔界編● いきおくれって分かってるわー! それよりも、クロを探しに魔界へ! 魔界という場所は……とてつもなかった そしてクロはクロだった。 魔界でも見事になしてみせようスローライフ! 邪魔するなら排除します! -------------- 恋愛はスローペース 物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。

私のバラ色ではない人生

野村にれ
恋愛
ララシャ・ロアンスラー公爵令嬢は、クロンデール王国の王太子殿下の婚約者だった。 だが、隣国であるピデム王国の第二王子に見初められて、婚約が解消になってしまった。 そして、後任にされたのが妹であるソアリス・ロアンスラーである。 ソアリスは王太子妃になりたくもなければ、王太子妃にも相応しくないと自負していた。 だが、ロアンスラー公爵家としても責任を取らなければならず、 既に高位貴族の令嬢たちは婚約者がいたり、結婚している。 ソアリスは不本意ながらも嫁ぐことになってしまう。

ゴボウでモンスターを倒したら、トップ配信者になりました。

あけちともあき
ファンタジー
冴えない高校生女子、きら星はづき(配信ネーム)。 彼女は陰キャな自分を変えるため、今巷で話題のダンジョン配信をしようと思い立つ。 初配信の同接はわずか3人。 しかしその配信でゴボウを使ってゴブリンを撃退した切り抜き動画が作られ、はづきはSNSのトレンドに。 はづきのチャンネルの登録者数は増え、有名冒険配信会社の所属配信者と偶然コラボしたことで、さらにはづきの名前は知れ渡る。 ついには超有名配信者に言及されるほどにまで名前が広がるが、そこから逆恨みした超有名配信者のガチ恋勢により、あわやダンジョン内でアカウントBANに。 だが、そこから華麗に復活した姿が、今までで最高のバズりを引き起こす。 増え続ける登録者数と、留まる事を知らない同接の増加。 ついには、親しくなった有名会社の配信者の本格デビュー配信に呼ばれ、正式にコラボ。 トップ配信者への道をひた走ることになってしまったはづき。 そこへ、おバカな迷惑系アワチューバーが引き起こしたモンスタースタンピード、『ダンジョンハザード』がおそいかかり……。 これまで培ったコネと、大量の同接の力ではづきはこれを鎮圧することになる。

俺は勇者になりたくて今日もガチャを回し続ける。

横尾楓
ファンタジー
レオナルドは今日もジンクスに従って Grand Challenge System(通称:ガチャ)を回す。 新しいルールが適応されたこの“世界”では レアな当たりを引かなければ勇者にはなれそうもない。 だから彼はガチャを回し続けるのであった。 主人公とガチャで当てた気象を操る女神級の精霊 “ウェザー”との異世界冒険ファンタジー♪ 小説家になろうでも掲載していますが こちらでは少し加筆修正して載せています。 ご感想や登録もお待ちしてます╰(*´︶`*)╯♡

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

ハプスブルク家の姉妹

Ruhuna
ファンタジー
ハプスブルク家には美しい姉妹がいる 夜空に浮かぶ月のように凛とした銀髪黒眼の健康な姉 太陽のように朗らかな銀髪緑眼の病弱な妹 真逆な姉妹だがその容姿は社交界でも折り紙付きの美しさだった ハプスブルク家は王族の分家筋の準王族である 王族、身内と近親婚を繰り返していた 積み重なったその濃い血は体質だけではなく精神も蝕むほどの弊害を生み出してきているなど その当時の人間は知る由もない

処理中です...