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少年が追想する時
2
しおりを挟むカズマ失踪から二日目の朝。もう昼に近い時刻だった。
いつも通り早めの昼食を取りに食堂へと来たネールとケビンは、入り口に立つ不審な人影を見つける。
「何をやってるんだ、レンナ?」
ケビンがそう尋ねるなり、彼女は驚きに大きく肩を震わせた。
慌てて振り返る彼女は二人の姿に気付くと、胸元に手を置き、安堵に深く息を吐き出していた。
「もう、驚かさないでよ」
口先を尖らせ、不満げな顔を浮かべさせてそう告げるとレンナは、視線を再度食堂内へと移す。
彼女の見つめる先には、食堂隅の席に座る青年の後ろ姿。
俯いたままの背中には何とも言えない、哀愁とも取れる感情が滲み出ている。
「昨日からずっと、ご飯もほぼ手付かずでああみたいで」
心配そうな顔を浮かべるレンナ。
「…アスレイか」
ポツリとケビンが呟いた。
カズマ失踪後もその衝撃から放心状態に近かったアスレイは、暫く何も手付かず状態で寝室にいた。
が、衛兵たちによる取り調べなどを受けた後は、カズマを探すように町中を彷徨っていたという。
レンナも流石に心配で彼に付き添っていたというが、その間も何処か上の空で、普段の元気はほとんどなかったという話であった。
「そこまでヘコむくらいならいっそ全部忘れて王都に行ったらって言ったんだけど…ずっとあんな調子で…」
そう言ってレンナは深いため息を洩らす。
彼女も彼の現状にどうすればいいのか、お手上げ状態という様子だった。
「アンタもちょっとは何か言ってやってよ」
レンナの顰められた顔はケビンからネールへと移される。
だが突然振られたネールは動じる素振りさえなく。むしろ何故と問いかけるような双眸を彼女に向ける。
「…私が何か言ったところで、どうにかなるとも思えないが」
「そんなわけないでしょ。アンタの言葉にはどういうことか聞き分け良いみたいだし」
更に目つきを鋭くさせながらレンナはそう言って、ネールに顔を近づける。
その必死な様子からして、どうやら彼女はどんなことをしてでも早くアスレイをいつもの状態に戻したいようであった。
それがどういった心情で。なのかまでは流石のネールにも判らなかったが。
「…仕方がない。とは言え保証は出来ないがな」
吐息を洩らしそう告げると、ネールは食堂内へと歩いていく。
その後ろ姿を見守るように見つめるレンナとケビン。
と、ケビンは浮かない顔をしながら呟いた。
「…大丈夫か、アイツ」
食堂内。隅の席に座るアスレイは、盛り付けた朝食にも手を付けず、ずっと俯いたままでいた。
何か考え事をしているのか、両手で頬杖をつきながら一点を見つめている。
すると、そこへ近付く一人の人影。
アスレイは見向きもしない。
「君がするべきこと、というのはそこで俯き続けることなのか」
その人影はそう告げる。
思わず顔を上げるアスレイ。
そこには呆れた顔を浮かべているネールの姿があった。
「ここでただただ何も出来ず、情けなくふさぎ込んで…そうすることが君のするべきことなのか?」
「ち、違うっ…!」
反射的に否定するアスレイ。
だが、落ち込んでいたことは事実であった。
自分があのタイミングでカズマを責めたり問い詰めたりしなければ、彼は今もまだこの場所に、この町にいたのではないか。また故郷話に花を咲かせていられたのではないか。
そう考えてしまうと、自分を責めずにはいられなかった。
「……俺は」
「傷つく覚悟があって臨んでいるかと思っていたが…自分勝手に足を突っ込んでおきながら勝手に傷つき、立ち直れないというならば、それは無様としか言いようがないな」
「…!」
言い返せず、視線さえ合わせられず、アスレイは俯くことしか出来ない。
一方で遠目から様子を静観していたレンナとケビンは、ネールの叱咤に思わずあんぐりと口を開けてしまう。
「やはりか…」
「ちょ、ちょっと何か言ってとは言ったけど…あんな一撃食らわすとは思わなかったんだけど!?」
レンナの怒りの矛先は自然と、隣にいるケビンへ向けられる。
身長さがあるため叶わなかったが、それは胸倉に掴みかかるかのような勢いであった。
「まあアイツが優しく慰めるとは到底思えないからな」
予想していた通りの台詞を言ったネールに対し、ケビンとしてはフォローしようにもそんな開き直りの言葉しか浮かばない。
と、ケビンから顔を逸らしたレンナは、今度は食堂の方を睨みつける。
どうやら影から見守るのは止めたらしくズカズカと食堂内に入り込み、アスレイとネールの居る席へと歩いていく。
このまま彼女を黙って見送ってしまえば、現場が修羅場と化してしまうかもしれない。
咄嗟にそう悟ったケビンもまた、慌てた様子で彼女の後ろに続いた。
近付いてくる二人の様子に目もくれず、ネールは言葉を続ける。
「目の前で起きた失態を悔やむな、落ち込むな。そんなことをしている暇があるなら別の事を考えろ」
それまで黙って聞いていたアスレイであったが、このまま言われるがままというわけにもいられなかった。
何より彼女の言い放ったそんなことという言葉が癪に障ったのだ。
「…そんなことなんかじゃない。大事な友人が目の前から居なくなったんだ! アンタにはこの気持ちがわからないのか!」
勢い任せで言ったものの、これは子供の言い訳のような稚拙な言葉だと、叫んでからアスレイは思った。
この自分の中では整理しきれないぐちゃぐちゃな気持ちを、どうしようもない感情を、ただただ彼女に当たり散らして発散して楽になろうとしただけに過ぎないと、気付いたからだ。
すると、ネールは何一つ変わらぬ口調で答えた。
「大切な人を失う悲しみなら知っている」
意外な返答にアスレイは思わず彼女を見つめる。
彼女のその、真っ直ぐな瞳が彼のそれと重なる。
「失ったことを嘆いていても絶望しても何も変わらない。むしろその感情に呑まれたままでは何も前へは進めない。大事な友人だったのなら、尚更それがわかるだろう」
アスレイは静かに目を細める。
純粋に、ネールの言う通りだと思った。
アスレイの脳裏に、過去の記憶が過る。
大切な人を失った哀しい記憶と、だからこそ前に進もうと決めた決意の記憶。
真っ直ぐに、視線を逸らさないままでいるアスレイに向けて、更に彼女は告げた。
「―――それに、本当はもう気付いているのだろう? 『彼のためにも自分が何をするべきか』ということに…ならば、そうやって悩む必要はない。君が思うままに信じる道を行けば良い」
そのとき、丁度駆け寄って来たレンナとケビン。
歯に衣着せない言動のネールに対し一言物申すつもりで来たわけであったが、レンナは思わずその開きかけていた口を閉じた。
先ほどまで不安な程に俯き暗くふさぎ込んでいたはずの青年が、今は打って変わって真っ直ぐにその力強い眼差しを、双眸に輝き宿していたからだ。
(本当に、彼女は何でもお見通しなんだな…)
ネールの言う通り、アスレイは、充分に理解していた。
自分がここでふさぎ込んでいても、何も解決には至らないということ。
しかも自分には事件解決に繋がる手がかり―――失踪したカズマが最後に残してくれたメッセージを知っているということ。
だからこそ、自分には今すぐにやるべきことがあるのだということを。
アスレイは理解していたのだ。
だが、思うがままに進んだ結果。カズマをこのような展開に陥れてしまったのではという自責の念からその行動に移る決心が付かず、揺らいでいたのだ。
しかし、もう迷いはなくなっていた。覚悟を決めて進んだ道ならば、自分が信じるままに行く。
ネールの言葉を受け、ようやく彼の中で決心がついた。
「心配かけて、ごめん……」
「心配はしていない」
とはいえ、アスレイは後もうひと押し、何かが欲しいと思った。
力強く背中を叩くくらいの一押しが。
かつて大好きだった幼馴染が、いつもしてくれたような、きつい一発が欲しいと思った。
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