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街に潜む陰

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 去っていく彼の背中を見送ってから、ケビンは深いため息を吐き出した。
 視線はネールの方へと向けられている。

「全くお前は…助言をするならするでちゃんと話してやるべきなんじゃないのか?」

 呆れ顔でそう告げるもネールは視線を交えようとはせず。

「一体何をだ?」

 と、冷静な口振りで返すのみ。

「…色々とだ」

 先程よりも強めの口調でケビンは言う。
 するとようやく、ネールは一息ついてから口を開いた。

「彼の場合、簡単に助言をしてしまうと直ぐに信じて、全てを鵜呑みにしたまま動くだけだろうからな」
「…まあ、そうかもしれないがな…」

 ネールはそう言ってから片手を挙げ、ウエイターを呼び止める。
 ウエイターの男性が近付くと、二人はそれぞれ料理を注文する。
 男性が立ち去ってから、その後改めてネールは答えた。

「―――それに私が助言しなくとも、彼は自身がやるべき答えに辿り着いていただろう」
「そうなのか?」
「あくまで勘だがな」

 その言葉の直後、ケビンは目を細めさせて、額を押さえる。

「お前のは確証を得ている上で言うから、勘とは言わない」

 そう言いながらもケビンは額に当てている手のひらの奥で、苦笑ともとれる表情を浮かばせる。
 と、その手を解くと同時に彼は先程とは表情を一変させ、真面目な顔を見せた。
 彼の変化を目の端で捉えていたネールは、静かに視線を向ける。

「…だが、俺でも流石に勘は働く。この町に漂う嫌な予感をな…」

 そう言ってケビンは目線を窓の向こう側へと移していく。
 空では太陽が照り輝いており、まさに晴天であった。
 が、その太陽へ静かに真っ黒な暗雲が近付こうとしている。
 小さく微かであるが、それにより徐々に翳っていく空を、ネールもまた逃さず眺めていた。








 キャンスケットの町に飛び出したアスレイは、彼女の足取りを追いかけ、そして見つけるなり呼び止めた。

「レンナ!」

 呼びかけられた少女は驚いたのか大きく肩を揺らし、慌てた様子で振り返る。

「アスレイ…?」

 驚いた顔でどうしたのと尋ねる彼女へ近付くと、アスレイは力強くその両手で彼女の肩を掴んだ。

「手伝って!」

 レンナはまさかの言葉に、開いた口が塞がらないといった表情でアスレイを見つめることしか出来なかった。






「…で、手伝ってって…何であたしなわけ?」

 突然の申し出によって不機嫌なのか、足取りは速く、しかめっ面を見せているレンナ。
 しかしアスレイも負けじと彼女に食らいつくよう後を付いていき、何度も頭を下げる。

「この町の人たちを変えるには、やっぱりまず失踪者がいるって事実をみんなに知ってもらうしかないと思うんだ。だとしたら証拠が必要なんじゃないかと思って」

 レンナの足は一向に止まらず、アスレイと目を合わせる様子もない。

「だからそれで何であたしに頼むわけ?」
「俺まだこの町の地理に詳しくなくて…でもレンナなら色々町の事調べているみたいだし、町のことわかってるかなと思って」

 町の住民であるカズマやルーテルたちに協力を求めるという選択肢もあるわけだが、ルーテルたちは仕事が忙しいだろうし、カズマに至ってはこの問題に非協力的であるため、レンナに頼んでいるというわけだった。

「だけどあたしじゃなくても、ケビンでも良かったんじゃないの? 彼人良さそうだし、同じく町のこと調べてるみたいだし」

 最もな意見に返す言葉も出ない。
 が、そこで諦めてはそのまま終わり。協力してもらえなくなる。

「ほら、二人はちゃんとした目的があるらしいから…」

 言葉選びには細心の注意を払っていたつもりだったのだが、アスレイはここで墓穴を掘ってしまった。
 直後、キッとした鋭い眼光で、レンナはアスレイを睨んだ。

「あたしだってちゃんとした目的があるの!」

 怒声を受けてから「しまった」とアスレイは内心後悔する。
 何か言おうとも既に手遅れであり、レンナは対峙するかの如く足を止めた。




「あたしはあたし、アンタはアンタ。それぞれ目的があってこの町にいるわけでしょ。なのにアンタ個人の目的のためにあたしまで巻き込むってのは可笑しいじゃん。そんな義理も恩もないでしょ!」
「だけど…」

 と、洩らしたが、これ以上の説得は無理と思えた。
 だが最後にと、アスレイはもう一度深く頭を下げて懇願する。

「頼む! レンナしか他に頼める人がいないんだ」

 腰を丁寧に折り曲げたまま停止するアスレイ。
 レンナからの反応はない。
 このまま立ち去られても仕方がないと、諦めかけていた。
 そのときだ。

「―――もう、わかった」

 諦めの声を上げたのはレンナの方だった。



 まさかの返答に驚いたアスレイは、顔を上げるなり目を丸くさせる。

「その代わり、あたしの目的達成にも力貸して貰うからね!」

 と、強い口調でレンナは告げる。
 彼女の目的とはおそらく領主ティルダに関することだろうと推測しつつ、アスレイは快諾した。

「わかった。ありがとうレンナ!」

 大きく頷いてそう言うとアスレイは満面の笑みを浮かべた。
 するとレンナは彼から視線を反らし、大きな咳払いをする。

「…それで、どうやって証拠を探すっての? まさか犯人の根城でも探して突入する気?」

 アスレイは即座にかぶりを振る。

「いや、行方不明になった人が浚われただろう現場を見つけ出して、そこから証拠を探し出してみようと思うんだ」

 自信たっぷりな口振りで言うアスレイであるが、つまりは全く持って見当はついていない。雲を掴むような話だった。

「…あー、なるほど…」

 当然というべきレンナの感情のない反応。

「そ、そんな呆れることないだろ?」
「別に呆れてないって。ま、それで良いんじゃないの?」

 放任されたような言葉に何処か不安を抱き、アスレイの口角が痙攣する。
 が、そんな彼に構わずレンナは歩き出し始める。
 アスレイは慌てて彼女の後を追いかけた。

「もうアスレイのやりたいようにやってよ。後悔のないように、ね」

 歩きながら、アスレイとは顔を合わせずに、彼女はそう言った。






   
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