シキサイ奏デテ物語ル~黄昏の魔女と深緑の魔槍士~

緋島礼桜

文字の大きさ
上 下
30 / 87
街に潜む陰

しおりを挟む
    






 食事を終えたアスレイは、カズマの忠告通りに領主邸のある広場を後にする。
 後ろ髪を引かれる思いであったが、これ以上留まっていても領主ティルダと出会える保証もなく、またカズマに迷惑を掛けてしまう可能性もある。
 そのため、仕方なく別の場所へと移動することにしたのだった。
 が、しかし。

「夜までやることなくなっちゃったなー…」

 直談判する算段も崩れてしまってはアスレイには最早やるべきことは何もなく。
 また日雇いの仕事をするという選択肢もあったのだが、そんな気分にもなれず。
 気付けばぶらぶらと、街中をさまよい歩いていた。



 宛てもなく歩く一方でアスレイは、カズマの残した言葉の意味について考えていた。
 
「―――この町の者たちが魔女を信じたがる理由。それってどういう意味なんだ…?」

 いくら頭を捻り、首を傾げても答えは出ず。
 考えを巡らせながら彼は歩き続けているのであった。



 と、アスレイの足が止まった。
 彼の前方で道を塞いでいる人影を見つけたからだ。
 人影は男が三人、女性が一人。
 男達は女性を取り囲み、何やら話している。

「なーなー、お姉ちゃん。ぶつかっておいて謝りもしないとかそりゃないだろ?」
「お詫びとしてさ、ちょっくらあの辺の酒場でお酌してくれるとか…してくれると穏便に済むと思うんだけどなぁ」

 聞こえてくる内容から察するに、どうやら女性に適当な難癖を付けて、何処かに誘い出そうとする手荒いナンパのようだった。
 例の失踪事件とは、全く関係なさそうだ。
 アスレイがそんなことを思っている間に、男達は女性の腕を引っ張り、強引に何処かへ連れていこうとしている。

「な? 良いじゃねえかよちょっとくらい」

 そんな声がアスレイの耳にも届く。だが、彼は全く持って助けに行こうとはしない。 
 動こうともせず、むしろ深いため息を吐き出して、男達の方に同情していた。

「あちゃー…凄い人を敵に回したちゃったな」

 その言葉から間もなく。男達は情けない悲鳴を上げた。
 突風によって吹き飛ばされていく様は、まるで先日の自分の姿が再現されているかのようで。
 アスレイは複雑な気持ちで男達の惨めな後姿を眺めていた。 

「お、覚えてろよ!」
  
 ありがちな台詞を吐きながら、必死の様子で逃げていく男達。
 それと入れ違いでアスレイは女性へと近付いていった。

「…ホント、手加減ないよね」
「君か」 

 アスレイの存在は既に気付いていたらしく、さして驚く様子もなく女性―――ネールは答えた。

「というか…まだキャンスケットにいたんだね。もうとっくに町から出ていると思ってた」

 実はネールと会うのはあの食堂で出会った以来振りとなる。
 偶々顔を合わせる機会がなかっただけのようだったが、アスレイはてっきりネールたちは既にこのキャンスケットを出ていたのだと思っていた。

「調べ物に手こずっていてな。まだ暫くは滞在しているつもりだ」

 淡々とそう話すと、ネールは静かに歩き始める。
 そのまま別れても良かったのだが、特に行く宛ても用事もなかったアスレイは自然と後を追うようにネールの後を追い、歩き出す。
 とはいえ、沈黙のまま歩くのは流石に気まずいと察し、彼女の隣に並ぶなり適当な話題を振った。

「ケビンはどうしたんだ?」
「別行動で情報収集中だ」
「情報って…どんな?」
「詳しくは言えないが―――我々はとある人物に頼まれ、ロエンという男を探している。今はその情報を集めているところだ」

 相変わらずの淡々とした口振りではあるが、意外にもネールは素直に事情を答えてくれた。
 内心驚きを抱きながらも、アスレイはネールの告げた男の名を記憶から掘り起こそうと試みる。
 が、生憎聞き覚えがなかったため、その情報に対して答えてあげる事は出来なかった。
 代わりにアスレイは別の言葉に興味を移す。

「…その『とある人物』…って、どんな人?」

 ネールたちに捜索を頼んだという人物が、どんな人なのだろうか純粋に興味を持ったのだ。
 しかし、それは流石に「答えることは出来ない」と即答されてしまう。
 これでこの会話は終わってしまったらしく、再び沈黙が始まる。
 そのためアスレイは急いで次の話題を振る。

「そういえば、君って魔道士なんだってね」
「そうだな」
「人を軽々と吹き飛ばせるなんて凄いよな魔道士や魔術士って。俺もそういうのになれたり出来るのかなー」
「魔道士は魔道具と資格さえあれば誰にでもなることは可能だ。だが、一方で魔術士は血筋や技術を持ってしても、生まれ持った才能がなければなることは叶わない」
「なるほどね」

 軽くあしらっても良いアスレイの質問に、これまた意外に、丁寧に説明するネール。
 だがその歩調は一定のリズムを刻んだままであるため、其処までの興味があるというわけでもないらしい。
 事実、ネールの説明が終わると同時に、この話題もまたここで終了となってしまった。
 振っていく話が次々と返され、そして終了していくことに焦りのような、憤りのような複雑な感情を抱き始めるアスレイ。
 他に何か良い話題はないかと、近くで見つけた旨い料理屋の話でもしようかと思った矢先。
 ふとアスレイは先ほどまで自身の中で抱いていた謎について、思い出す。

「あのさ…この町で起きている事件って知ってる?」
「…ああ、失踪者が出ているという話か。何も告げず町を出た者を行方不明だと言っているとか、黄昏誘う魔女が復活して人々を襲っているとか言われているようだな」

 ネールの視線がようやくアスレイへと移される。
 情報収集をしていたというだけあり、やはりこの手の話の方が興味を持つらしい。
 そう確信したアスレイは例のカズマが言い残した謎について尋ねることにした。

「この町で親しくなった人がさ、このキャンスケットの人たちは魔女を信じたがってるんだって言っていたんだけど…それってどういう意味だと思う?」

 そう投げかけられた彼女はてっきり思案顔の一つでも浮かべるのかと思ったのだが、またしても彼の予想外の返答をする。

「何故それを私に聞く…?」

 それは当然といえば当然の質問でもあった。

「まあ…さっきから一人であれこれ考えていたんだけど答えが浮かばないからさ。君の意見を聞いてみようと思って」

 そう答えるアスレイにネールは「なるほど」とだけ返す。
 気のせいかその歩調は先ほどよりも遅くなっているように見えた。
 しばらくは思案に沈黙することだろうと、唸り声を期待していたのだが、アスレイの想像は尽く覆される。

「簡単なことだ」

 ネールはそう言った。






   
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

八十神天従は魔法学園の異端児~神社の息子は異世界に行ったら特待生で特異だった

根上真気
ファンタジー
高校生活初日。神社の息子の八十神は異世界に転移してしまい危機的状況に陥るが、神使の白兎と凄腕美人魔術師に救われ、あれよあれよという間にリュケイオン魔法学園へ入学することに。期待に胸を膨らますも、彼を待ち受ける「特異クラス」は厄介な問題児だらけだった...!?日本の神様の力を魔法として行使する主人公、八十神。彼はその異質な能力で様々な苦難を乗り越えながら、新たに出会う仲間とともに成長していく。学園×魔法の青春バトルファンタジーここに開幕!

クズ聖王家から逃れて、自由に生きるぞ!

梨香
ファンタジー
 貧しい修道女見習いのサーシャは、実は聖王(クズ)の王女だったみたい。私は、何故かサーシャの中で眠っていたんだけど、クズの兄王子に犯されそうになったサーシャは半分凍った湖に転落して、天に登っちゃった。  凍える湖で覚醒した私は、そこでこの世界の|女神様《クレマンティア》に頼み事をされる。  つまり、サーシャ《聖女》の子孫を残して欲しいそうだ。冗談じゃないよ! 腹が立つけど、このままでは隣国の色欲王に嫁がされてしまう。こうなったら、何かチートな能力を貰って、クズ聖王家から逃れて、自由に生きよう! 子どもは……後々考えたら良いよね?

とあるおっさんのVRMMO活動記

椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。 念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。 戦闘は生々しい表現も含みます。 のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。 また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり 一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。 また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や 無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという 事もございません。 また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。

アイムキャット❕~異世界キャット驚く漫遊記~

ma-no
ファンタジー
 神様のミスで森に住む猫に転生させられた元人間。猫として第二の人生を歩むがこの世界は何かがおかしい。引っ掛かりはあるものの、猫家族と楽しく過ごしていた主人公は、ミスに気付いた神様に詫びの品を受け取る。  その品とは、全世界で使われた魔法が載っている魔法書。元人間の性からか、魔法書で変身魔法を探した主人公は、立って歩く猫へと変身する。  世界でただ一匹の歩く猫は、人間の住む街に行けば騒動勃発。  そして何故かハンターになって、王様に即位!?  この物語りは、歩く猫となった主人公がやらかしながら異世界を自由気ままに生きるドタバタコメディである。 注:イラストはイメージであって、登場猫物と異なります。   R指定は念の為です。   登場人物紹介は「11、15、19章」の手前にあります。   「小説家になろう」「カクヨム」にて、同時掲載しております。   一番最後にも登場人物紹介がありますので、途中でキャラを忘れている方はそちらをお読みください。

スライムからパンを作ろう!〜そのパンは全てポーションだけど、絶品!!〜

櫛田こころ
ファンタジー
僕は、諏方賢斗(すわ けんと)十九歳。 パンの製造員を目指す専門学生……だったんだけど。 車に轢かれそうになった猫ちゃんを助けようとしたら、あっさり事故死。でも、その猫ちゃんが神様の御使と言うことで……復活は出来ないけど、僕を異世界に転生させることは可能だと提案されたので、もちろん承諾。 ただ、ひとつ神様にお願いされたのは……その世界の、回復アイテムを開発してほしいとのこと。パンやお菓子以外だと家庭レベルの調理技術しかない僕で、なんとか出来るのだろうか心配になったが……転生した世界で出会ったスライムのお陰で、それは実現出来ることに!! 相棒のスライムは、パン製造の出来るレアスライム! けど、出来たパンはすべて回復などを実現出来るポーションだった!! パン職人が夢だった青年の異世界のんびりスローライフが始まる!!

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

処理中です...