シキサイ奏デテ物語ル~黄昏の魔女と深緑の魔槍士~

緋島礼桜

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キャンスケットの街

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 馬車は定時より少し遅れ、正午過ぎにキャンスケットへと到着した。
 本来多少は賑わいのある時刻であるというのに、馬車乗り場から降りたその景色に見る人影は少ない。
 街並みこそクレスタと同等であるが、しかしクレスタよりも物静か―――というのも頷ける光景であった。

「ようこそ、キャンスケットへ」

 そう言いながら馬車を降りるティルダは、先に下車していたアスレイたちへ笑みを浮かべる。

「クレスタに比べれば静かな町だけど、何もないというわけではないよ」

 出会った当初の敬語はすっかりなくなり、親しげに語るティルダ。
 といってもその相手はアスレイではなくレンナであり、彼女は可愛げたっぷりな声色でティルダの横について離れない。

「最近では慈善活動に力を入れていてね。領内外の孤児や身寄りのない人のために衣食住、そして職を提供しているんだよ」
「すっごーい、流石領主様!」

 もし暇があれば寄ってみてくれよ。
 そう言って彼は爽やかな笑みを見せつける。
 その顔に今日何度目かの歓喜の声を上げるレンナ。一方でアスレイは人知れずため息を吐かずにはいられない。
 と、まだ語り足りない様子の領主様であったが、背後に立つメイドに止められ、其処でようやく会話は中断する。

「…と、すまないがこれで失礼させてもらうよ。また機会があれば是非」

 最後にレンナの頭を優しく撫でて、彼は颯爽と町の奥へ消えていった。
 残されたレンナの背中は何処か寂しげにも映るが、決してそんなこともなく。

「あー…もう最高の顔、素敵…やっぱ領主の中で1、2を争う美男子って謳われるだけのことはあるわ…」

 むしろ感動の余韻に浸りながら吐息を漏らしていた。
 呆れてアスレイもまたため息を洩らす。
 と、彼女は夢見る乙女の表情のままで、アスレイへと視線を移した。

「ね、アスレイもそう思うでしょ」

 だがそう尋ねられてもアスレイが同調出来るわけもない。

「俺に聞かれても…」

 呆れた声でそう突っ込むことしか出来ない。

「点数で言うと90…ううん、95点はいくかも!」

 興奮冷めやらぬ様子でくるくるとその場を踊るように回るレンナ。

「もう、頼むから落ち着いて」

 見ている方が恥ずかしいとアスレイは彼女の肩を掴み制止させる。
 不満げに口を尖らせ、アスレイを睨むレンナ。
 文句を言おうと彼女は口を開きかけたが、そこでずっと向けられていたその人物の視線に気付き、動きを止める。釣られるようにアスレイもまたレンナと同じ方を見やった。
 二人が視線を向けた先には、立ち去ったと思われていた領主たち一行の一人―――用心棒であるカズマがまだ残っていた。

「えっと…俺たちに何か用事、ですか?」

 主であるティルダはもう既に遠くへと進んでいるというのに、カズマはアスレイたちの前に黙ったまま立っている。
 と、彼はその主を気にするように背後を一瞥した後、ようやく口を開いた。

「ティルダ様はああ言っていたが…大した用がないのならキャンスケットに長居はするな」

 それは警告と取ってもいい口振りであった。
 どういう意味よと眉を顰めながら問い詰めるレンナであるが、アスレイには心当たりがあった。
 昨日、宿の受付嬢が似たような事を告げていた。

「もしかしてのこと…?」
「ああ」

 アスレイの予想通り、カズマは即座に頷き肯定する。
 その名についてはレンナも知っているらしく、一瞬だけ目を見開く。

「けどそれって所詮は―――」
「所詮お伽話だ。そう笑ってた奴が翌日には姿を消した」

 言い掛けた言葉を遮られたアスレイは、静かに口を閉ざす。
 構わず、カズマは話を続ける。

「今この町は魔女に狙われている。明日は自分が犠牲に…何てこともあり得るんだ」

 だから、この町から早く出て行け。
 彼はそう告げると踵を返し、足早に立ち去っていった。



 残された二人は不思議そうに頚を傾げた。

「出て行けって…そんなに言う程なのか?」

 魔女の噂が事実だということはわかったものの、町にはそういった危機感は感じられなかった。
 元より落ち着いた町の特性のせいかもしれないが、町を歩く人々には恐怖心が全く見受けられない。
 町の自警団である団員たちも慌てていたり緊迫していたりといった様子さえない。
 キャンスケットの町は至って平和だといっているようである。

「…こんなに平和そうな町のに」

 カズマの目は嘘を言っているようには見えなかったが、アスレイはどうにも彼の言葉全てを信じきれずにいた。
 片やレンナはアスレイとはまた違う観点から不満を抱いているようだった。
 カズマが消えた方向をいつまでも見つめながら眉を顰め、口を開く。

「何あの言い方マジムカつくんだけど。忠告って言っても態度ってのがあるじゃん。確かに領主様と並ぶイケメン主従コンビって感じだったけど…性格込みだと68点てとこね」
   
 そう言って彼女は舌を突き出す。
 結局、カズマの忠告を二人は受け入れるわけもなく。
 其々キャンスケットの町並みへと消えていった。






   
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