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賑やかな旅路

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 カーテンの隙間から覗き込む暖かな陽光が目元に当たり、アスレイは眉を顰める。

「う…うぅん…」

 眩しさに声を漏らしながら、数分後にようやく目を開けた。
 瞼を擦りながら彼は上半身を起こす。
 暫くは寝ぼけ眼だったが、ゆっくりとアスレイの意識は鮮明になっていく。

(ああ…そういえば宿に泊めて貰ったんだっけ…)

 そこでやっと彼は自分が宿屋にいると気づいた。
 ケビンの計らいで野宿を免れて、そしてあの女性―――ネールと再会したもののまた一悶着があり。一つ一つそう思い出しながらアスレイの視線は自然と隣へ移る。
 手製の衝立で塞がっているため、様子を伺い知ることは出来ないが、その向こうでは彼女たちが今も眠っているはずだとアスレイは思っていた。
 が、しかし。

「あれ…?」

 恐る恐る覗き込んでみると、そこに彼女の姿はなかった。
 それどころかケビンの姿もなく。ベッドの上は綺麗に畳まれた布団が置かれているだけだった。

「…先に出てったってことか」

 荷物が無いところを見ると既にこの宿を発った後だと思われた。
 どうやら二人は寝ていたアスレイをそのまま残し、先に宿を出たらしい。
 その証拠に衝立化していたテーブルの上には書き置きの手紙。
 『悪いが先に宿を発つ。料金は支払ってあるので心配するな』と、手紙には書かれていた。
 書き置きを眺めながら、アスレイは深い溜め息を零した。

「ったく…せめて礼の一言くらい言わせてくれればいいのに…」

 仕方なく彼もまた出発のための準備を始めた。



 日が出て間もないクレスタの町は、やんわりと霧が掛かっていた。
 民家の並ぶ通りは未だ静寂に包まれているものの、その一方では商人たちが早くも商いの準備を始めている。
 露店には仕入れたばかりの新鮮な果物や野菜が陳列されていき、そうして少しずつ賑わいと華やかさが増していく。
 と、そんな中をすり抜けるように駆けていく人影が一つ。
 急ぐような息遣いと共に、駆けていく足音が露店通りに大きく響き渡っていく。
 売り物を運ぶ人や荷車とぶつかりそうになっては紙一重で避け交わし、それでも走っていく。

「危ないよ兄ちゃん!」
「ごめん、時間なくって!」

 そう言って青年は駆けていく。
 と、走り去っていく青年の後ろ姿を見ていた店主の一人が彼の正体に気付き、目を見開いた。

「ありゃあ…昨日の兄ちゃんじゃないか」

 昨日、隣の女店主にジュース代を騙されて請求されていた青年。
 特別印象的な出来事と言ったわけでもなかったのだが、なんとなく店主の記憶に残っていた。
 霧の向こうへと消えてしまった彼の姿を見送りながら、店主はポツリと呟いた。

「ホント飽きさせてくれない兄ちゃんだなぁ」






 アスレイが急いでいるには理由があった。
 宿を出る際、彼はフロントの男性に尋ねた。
 「朝一番で出るキャンスケット行の馬車は何時頃出発なのだろうか」と。
 すると驚くことに後数分程で出発すると、男性は答えたのだ。
 そのためアスレイは朝食を取っている暇もなく、馬車乗り場まで駆けていたという訳だった。



 息も上がり体力も限界が近付き始めた丁度その時。霧の向こうから馬車が現れ、アスレイの隣を横切っていく。
 霧のせいで気付かなかったが、彼はいつの間にか町の外―――林道まで出てしまっていたようだった。
 アスレイは反射的に通り過ぎて行ったその馬車を呼び止める。

「その馬車ちょっと待ったぁ!」

 大きな声を出しながら、最後の力を振り絞って馬車へと駆け寄っていく。
 最初はアスレイの存在に気付かず走り抜けていった馬車だったが、背後から聞こえる奇声に馬が反応したのか、馬車は間もなくして止まった。

「どうしたんだ、坊主」

 御者はようやくアスレイに気付き、よろけながらも走る来る彼へと振り返る。
 捉まえたとばかりに御者台へしがみついたアスレイは、男を見上げ乱れた呼吸のまま尋ねた。

「これ、キャンスケット行の…馬車、ですか…?」

 ぽかんと口を開けていた御者は「ああ、そうだ」と、困惑気味に答える。
 念願の馬車と出会えたアスレイは安堵感と疲労感に大きく息を吐き出しながら、言った。

「の…乗せて、くださいっ!」




 何とか馬車に乗り込む事に成功したアスレイは、車内に入るなり早速空いていた近場の席へと腰掛けた。
 木製の馬車内は両端で向かい合うような席になっており、10人程度が乗れるような造りであった。
 しかし疲労からそれどころではないアスレイは周囲を見渡す力もなく。そのまま項垂れるように背もたれへ寄りかかった。
 両手で頭を抱えながら上下に肩を揺らし、呼吸を整えていく。
 体が左右に揺れ始め、馬車が出発したことを知るとアスレイは更に深く、静かに息を吐き出した。

「ったく、情けないわねー」

 と、突如聞こえてきた、聞き覚えのある声。
 記憶を辿りながらアスレイは顔を上げ、声のした方向―――隣席を見遣る。
 そこには見覚えのある少女の姿があった。
 結い上げられた茶髪を揺らしながら、彼女は顔に笑みを浮かべた。

「まるで一山越えてきたって感じの疲れ方しちゃってさ。意外と体力ないんじゃない?」
「あ、っと…レンナ?」

 手繰り寄せた記憶から彼女の名前を思い出し、声に出す。
 すると彼女はにこっと笑って「覚えててくれたんだ」と答える。
 余談ではあるが彼は相手の名前は絶対に忘れないように心掛けている。
 名前を呼ばれた方が人は喜ぶから。というのが彼の幼馴染の格言だったからだ。

「っていうかアンタ何でこの馬車乗ってんの。王都に行けって言ったじゃん」

 そう返されるのは当然の流れで。
 アスレイはようやく呼吸が落ち着いたところで、昨日の一連の流れについてを彼女に説明しようとした。
 と、その時。

「―――まさか君もキャンスケットに行くつもりだったとはな…」

 直後、アスレイの動きが止まる。
 動きだけではない。あれだけ乱れていた呼吸や心音さえもその瞬間、間違いなく停止したとアスレイは感じた。
 それほどまでに彼が驚いたのは、またしても聞き覚えのある声が聞こえてきたからだった。
 しかもその声は昨夜聞いたばかりの声であり、今もアスレイの記憶に鮮明に残っている声。
 無我夢中で乗り込んだため周囲に気付かなかった彼は、ようやく斜め向かいの席へと視線を移した。
 まさかと思っていたが、そこには予想通り、あの二人の姿があった。

「わ、わ、わーぁッ!!」

 条件反射のように出された叫び声。
 その声は車中に響き渡り、外にいる御者にまで届いたほどだ。

「ちょっ、ちょっと、どうしたってのよ?」

 突然の大声に困惑した顔でアスレイを見るレンナ。
 一方でネールは額に手を当てため息を漏らし、隣のケビンは引きつったような笑みを浮かべていたのだった。

「また君は…そこまで驚かなくとも」
「はは…」







 
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