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賑やかな旅路

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 黄昏誘う魔女。
 十年程前から大陸の南地方を中心に有名となっていた神隠しの通り名だ。
 行方不明となった者は数知れず。その全てが若い男性ばかりであったという。
 数少ない生還者が『金色に光る目をみた』、『金色の輝きを放った女だった』と口を揃えて証言したことと、誘われた者は黄昏の向こう―――宵闇へと連れて行かれ、二度と戻ってこないという比喩からその通り名が付けられたという。
 しかし、近年では偶然重なった家出騒動に尾ひれが付いた単なる逸話だと言われている。
 アスレイも子供の頃に『悪さすると黄昏誘う魔女に連れて行かれるぞ』と、妹たちへ言い聞かせるため持ち出したことがあったが、実在している存在とは全く思っていなかった。




「それって単なる逸話なんじゃ…」

 からかわれているのだと思い苦笑を浮かべたアスレイであったが、一方で受付嬢の顔色は青白く、真剣な表情を見せている。

「逸話ではありません。ここ最近キャンスケット領内では行方不明者が増えているんです…!」

 私の知り合いも一月前にキャンスケットの町へ出稼ぎに行ったきり、連絡もなく帰って来ないのです。
 と、そう話す受付嬢の瞳には涙が溢れ、零れ落ちる。
 彼女の様子からして、どうやら嘘や冗談で言っているわけではないと信じたアスレイは、困った顔で頬を掻く。
 すると戸惑っているアスレイに気づいた受付嬢は、慌てて目許を拭い、深々と一礼をした。

「取り乱してしまい、すみません…とにかく、魔女には充分お気をつけ下さい。お客様」

 必死な声で彼女はそう言って、もう一度深く腰を折り曲げる。
 アスレイは「わかった」とだけ返し、今度こそ宿を後にした。

「黄昏誘う魔女、か…今日の運勢を考えると、天才魔槍士に会うより先に遭遇しそうで嫌だなあ…」

 宿を出てから、アスレイはそんなことを不意にポツリと呟いた。





 宿屋を出た後、アスレイは商店街通りを宛てもなく歩いていた。
 気付けば既に日は落ちており、店のいくつかには『閉店しました』の看板が掛けられている。
 しかし未だ開いている店からは暖かな風と共に食欲をかき立てる匂いが流れており、何度も鼻先を擽っていく。
 と、アスレイの腹の虫がぐるぐると鳴いた。

「なんか腹が減ったな…」

 そう言えば夕食はまだだったと、アスレイは弱々しく腹部を摩る。

「…こうなりゃ居座り作戦でもするかな」

 彼の言う『居座り作戦』とは、単純に閉店時間まで酒場に居座り続けて野宿を免れようという作戦だ。
 酒場は他の店よりも閉店時間が遅いため、深夜まで営業しているだろうという独自の推測であった。
 ちなみに彼の予想は当たっており、クレスタでは大体の酒場が深夜まで営業している。
 実は、その中には王都生誕祭による影響で宿泊出来なかった客のために、緊急処置として明け方まで開けている店もあったのだが。アスレイは残念ながらそこまでは知らなかった。

「それじゃどこに行こうかな」

 昼間訪ねた酒場に戻る手もあったが、再度あのマスターと顔を合わせるのは気まずいからと除外する。 
 とりあえず別の酒場へ行ってみようとアスレイはおもむろに歩き出した。
 そのときだった。





「先程の少年じゃないか」

 突然聞こえてきた声にアスレイは思わず足を止める。
 慌てたように振り返り、声がした方向を見遣ると、そこには両手に麻袋を抱えた男の姿。
 金の短髪に三白眼。逞しい体つきにマントを羽織った、アスレイよりも年上らしき男。

「え、えっと…?」

 互いの視線が合い、相手の顔をじっと見つめたものの、アスレイは彼に見覚えがなかった。
 すると男はそれを察したのか、苦笑混じりに口を開いた。
  
「昼間酒場で会っただろ。まあ君には連れの―――女の方が印象に残っているかもしれないがな」

 という男の言葉でようやくアスレイは思い出し、目を見開く。
 確かに彼とは昼間酒場で出会っていたのだ。

「あの女性の連れ!」

 蘇った記憶による驚きのせいか、自然と声が大きくなる。
 男はアスレイを見つめながらもう一度苦笑を漏らした。

「昼間は色々とすまなかったな」

 そう言って軽く頭を下げる男。
 慌ててアスレイは首を左右に振る。

「いやいや、お兄さんは何も悪くないんだし、謝る必要はないって……そもそもあれは俺が発端なわけなんだし」

 それから苦笑を浮かべ、指先で頬を掻き続けて話す。

「…それに、信じて手合いを申し込んだ俺に対して彼女はちゃんと戦ってくれたわけなんだから、むしろありがたい……です」

 これで戦ってくれなかったら逆に不満だった。と、白い歯を見せアスレイは笑って見せる。
 釣られるように男も微笑み、それから軽く首を傾げた。

「ところで、どうして君はこんな所に――」

 男は『何故未だこの町にいるのか』、もしくは『夜なのに町中をふらついているのか』といった疑問を投げかけたかったのだが、それは途中で遮られてしまう。
 アスレイの腹の虫のせいだった。



 羞恥心に顔を赤くし、ごまかしに笑うアスレイ。
 と、男は苦笑しながら突然、何処かへと向かって歩き始めた。
 アスレイを通り過ぎ、それから振り返り口を開く。

「近くに飯の旨い酒場があるんだ。案内するぞ」

 その意外な言葉に目を瞬かせるアスレイ。

「もしかして昼間の酒場ってことは…」
「安心しろ、違う店だ。しかもその店よりも旨いときた」

 そう言って笑う男を見つめ、アスレイも笑顔を返し、軽く頭を下げた。

「はい、是非案内お願いします」
「よし、ついてこい」

 こうして二人は近くにあった酒場へと場所を移すことにした。






   
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