シキサイ奏デテ物語ル~黄昏の魔女と深緑の魔槍士~

緋島礼桜

文字の大きさ
上 下
6 / 87
純然とした田舎漢

しおりを挟む
   





「もう行こうぜ」

 一人の男がそう促し、腕を掴まれていた男は舌打ちを漏らしながら乱暴にその手を振り払う。

「くそっ…」
「覚えてろよ」

 男たちはそう言い残すとそのまま逃げるようにして酒場を去って行った。
 最後の最後までネールの意外な言動に驚かされたマスターや客たちであったが、これでようやく解決したと安堵に胸を撫で下ろす。
 ―――が、しかし。

「ちょっ、ちょっと待って!」

 ひと段落がつき、今度こそ店を出ようとしているネールたちを、慌てて呼び止める声。
 それは今回の事態を生み出した原因である少年、アスレイであった。彼はネールへと歩み寄るなり、言葉を濁らせる。

「…その、えっと…」

 大方、迷惑を掛けたことへの礼を告げようとしているが、照れくささに口ごもっているのだろうとマスターは推測する。頬を掻きながら俯く姿勢がそれを裏付けている。
 すると足を止めていたネールが、ゆっくりとアスレイへ振り返った。
 だが、その表情は穏やかではない。先程から見せつけている冷淡な眼差し。それを彼にも向けた。

「君は少し相手を見た方が良い」
「え…?」 

 思わぬ一言にアスレイは目を丸くする。彼の動揺にはお構いなしに、ネールは辛辣とも取れる言葉を浴びせる。

「夢を抱くも人を信じるも自由な事だ。がしかし…時として一歩身を引き冷静に相手を見極める能力が無ければ、全てが無駄に終わる事もある。先ほどの様な生温い態度が身を亡ぼすということを、君は知った方が良い」

 腕組みしながらアスレイを叱りつけるその姿は母が子にすると言うよりは、さながら新人に叱咤する上官といったところだった。
 確かに彼女の言葉は的を射ており、騙されかけたアスレイに反論の余地はない。
 しかし、彼は眉を顰めながら食い下がった。

「だけど…どんな人であろうと信じてみたいって思うだろ。それじゃあダメなのかな?」

 その口振りはネールの言葉に何故か納得できないと訴えているようで。

「ダメとは言っていない。ただ、信用の置ける相手を見定めなくては駄目だと言っている」

 純粋すぎる少年への苛立ちなのか、ネールの口調は徐々に強いものへと変わっていく。賑わいを取り戻しつつある酒場であったが、また人々の視線が彼らへ向けられ始める。
 一方で蚊帳の外となっていたケビンは額に手を当て、ネールへ聞こえるか聞こえないかの声でぼやいた。

「お前がもう少し信じて貰えるような言葉を選べば良いんだろうがな…」

 が、ケビンの嘆きが届くことはなく。
 アスレイは一向に引き下がることなく、自身の胸に手を当てながら言った。

「さ、さっきはちょっと冷静になってなかっただけで…こう見えても人を見極める目くらいは持っているよ」

 心なしか自信なさげにも聞こえる台詞。
 するとネールは静かに吐息を漏らし、言った。

「ならば……もしも私を倒すことが出来たなら、君が探している魔槍士の居場所を教える―――と、言ったら君は信じるのか?」

 試すような彼女の言葉。
 『これは嘘だ』とマスターは率直に思う。否、彼だけではない。この場にいた誰もがそれは嘘だと確信した。
 仮に事実だったとしても、華奢な見た目に係わらず大の男を軽々とあしらった彼女を倒さなくてはならない。
 どう見てもごくごく普通な少年であるアスレイになど、その結果は目に見えていた。

「本当に…?」
「ああ」

 アスレイは暫し沈黙し、ネールをじっと見つめる。
 真っ直ぐに、純粋な双眸を彼女のそれと重ねる。
 と、アスレイは大きく首を縦に振りながら口を開いた。

「―――うん、わかった。信じた」

 予想外の回答に、静観していたマスターは思わず「ああ」と言葉を漏らしてしまった。彼の目はどうやら相当な節穴のようだった。
 提案者のネールでさえも少なからず驚いた様子で、その大きな瞳を更に大きくさせていた。
 しかし、そんな周囲のリアクションを他所にアスレイは両拳を前方に突き出し構えて見せる。そのやる気に満ち溢れた気迫が、戦闘態勢にあることを告げていた。  
 予想外の問いかけに対し、予想以上の答えを示したアスレイへネールは短くため息をつく。それから改めて、彼を見つめた。

「後悔はするなよ」

 彼女の台詞を聞いたと同時に、アスレイは地を蹴り出す。彼の手に武器といった類のものはない。相手のネールも素手であるとはいえ、余りにも直情的な、無謀な突進だと誰もが思った。
 そして次の瞬間には―――。

「ぐわっ!!」

 想像通りの結末。
 彼はネールの腕を捕まえようとしたがするりと交わされ、逆にアスレイの方が掴まえられてしまった。
 その直後。彼の身体は見事に振り上げられ、宙を飛んでいく。まるでボールのように投げ飛ばされたアスレイは、見事というほど気持ち良く壁へぶつかった。

「次からはしっかりと人をよく見て行動することだ」

 崩れるように倒れていくアスレイに、ネールは淡々とそう告げる。
 当人にその台詞が聞こえていたかどうかは定かではない。

「お前はな…少しは手加減って言葉を知ったらどうだ…」

 頭を抱えつつ、ケビンは嘆くようにそう漏らす。その苦い表情は、ぐったりと倒れたままのアスレイへの同情も組まれていた。
 と、彼女はその視線をケビンからマスターの方へと移す。一体何かと思わず身構えてしまうマスターであったが、その瞳に先程までの冷淡さが無くなっている事に気づく。

「再度迷惑を掛けてすまなかった…それと、先程の金でそこの彼に何か一品作ってやって貰えないだろうか」

 相変わらずの無表情ではあったが、そう言った彼女からは何処か、暖かみのあるものをマスターは感じ取る。
 
「わ、解りました」

 マスターがそう返答すると、ネールは今度こそとばかりに颯爽と酒場を去っていった。

「あ、おい…!」

 置いていかれたケビンも慌てて後を追いかけ、二人は酒場を出て行く。
 そうして、まるで嵐が過ぎ去ったかのように、酒場内には静寂な空気と騒動の痕跡―――壁に寄りかかり座り込んだままのアスレイだけが残されたのだった。






   
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

八十神天従は魔法学園の異端児~神社の息子は異世界に行ったら特待生で特異だった

根上真気
ファンタジー
高校生活初日。神社の息子の八十神は異世界に転移してしまい危機的状況に陥るが、神使の白兎と凄腕美人魔術師に救われ、あれよあれよという間にリュケイオン魔法学園へ入学することに。期待に胸を膨らますも、彼を待ち受ける「特異クラス」は厄介な問題児だらけだった...!?日本の神様の力を魔法として行使する主人公、八十神。彼はその異質な能力で様々な苦難を乗り越えながら、新たに出会う仲間とともに成長していく。学園×魔法の青春バトルファンタジーここに開幕!

追い出された万能職に新しい人生が始まりました

東堂大稀(旧:To-do)
ファンタジー
「お前、クビな」 その一言で『万能職』の青年ロアは勇者パーティーから追い出された。 『万能職』は冒険者の最底辺職だ。 冒険者ギルドの区分では『万能職』と耳触りのいい呼び方をされているが、めったにそんな呼び方をしてもらえない職業だった。 『雑用係』『運び屋』『なんでも屋』『小間使い』『見習い』。 口汚い者たちなど『寄生虫」と呼んだり、あえて『万能様』と皮肉を効かせて呼んでいた。 要するにパーティーの戦闘以外の仕事をなんでもこなす、雑用専門の最下級職だった。 その底辺職を7年も勤めた彼は、追い出されたことによって新しい人生を始める……。

クズ聖王家から逃れて、自由に生きるぞ!

梨香
ファンタジー
 貧しい修道女見習いのサーシャは、実は聖王(クズ)の王女だったみたい。私は、何故かサーシャの中で眠っていたんだけど、クズの兄王子に犯されそうになったサーシャは半分凍った湖に転落して、天に登っちゃった。  凍える湖で覚醒した私は、そこでこの世界の|女神様《クレマンティア》に頼み事をされる。  つまり、サーシャ《聖女》の子孫を残して欲しいそうだ。冗談じゃないよ! 腹が立つけど、このままでは隣国の色欲王に嫁がされてしまう。こうなったら、何かチートな能力を貰って、クズ聖王家から逃れて、自由に生きよう! 子どもは……後々考えたら良いよね?

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

アイムキャット❕~異世界キャット驚く漫遊記~

ma-no
ファンタジー
 神様のミスで森に住む猫に転生させられた元人間。猫として第二の人生を歩むがこの世界は何かがおかしい。引っ掛かりはあるものの、猫家族と楽しく過ごしていた主人公は、ミスに気付いた神様に詫びの品を受け取る。  その品とは、全世界で使われた魔法が載っている魔法書。元人間の性からか、魔法書で変身魔法を探した主人公は、立って歩く猫へと変身する。  世界でただ一匹の歩く猫は、人間の住む街に行けば騒動勃発。  そして何故かハンターになって、王様に即位!?  この物語りは、歩く猫となった主人公がやらかしながら異世界を自由気ままに生きるドタバタコメディである。 注:イラストはイメージであって、登場猫物と異なります。   R指定は念の為です。   登場人物紹介は「11、15、19章」の手前にあります。   「小説家になろう」「カクヨム」にて、同時掲載しております。   一番最後にも登場人物紹介がありますので、途中でキャラを忘れている方はそちらをお読みください。

「破滅フラグ確定の悪役貴族、転生スキルで「睡眠無双」した結果、国の英雄になりました」

ソコニ
ファンタジー
過労死したIT企業のシステムエンジニア・佐藤一郎(27歳)が目を覚ますと、ファルミア王国の悪名高い貴族エドガー・フォン・リヒターに転生していた。前の持ち主は王女を侮辱し、平民を虐げる最悪の人物。すでに破滅フラグが立ちまくり、国王の謁見を明日に控えていた。 絶望する一郎だが、彼には「いつでもどこでも眠れる」という特殊なスキルが備わっていた。緊張するとスイッチが入り、彼は立ったまま眠りに落ちる。目覚めると周囲の状況が思わぬ方向へ好転しているのだ。

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐@書籍発売中
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

処理中です...