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純然とした田舎漢

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 アウストラ大国。
 アウストラ大陸を統治する世界唯一の王国。
 気候は地域により様々であり、政治体制は王政であるが、各地の治安や政は領主に一任されている。
 これという大きな争い事もなく、ごくごく普通で平和な国であった。



 そんなアウストラ大陸西部に位置する町、クレスタ。
 物語はここから始まる。




**




 クレスタはキャンスケット領にある流通の町。
 各地からの物品が行き交う地であるため、商業が主に賑わいを見せている。
 大陸の台所とも言われる有名な町だ。
 週末ともなると町の大通りには露店が並び、祭のように人が集まり賑わう。活気あふれる町である。
 そんな町並みを、一人の若者が軽快に歩いていた。



 年齢は十代後半辺り。
 中肉中背に鳶色の髪。若者らしくハーフパンツにパーカーという、至って健康的な普通の少年だった。

「ちょっとそこのお兄さん、なんか買ってかない?」

 と、大通りの市場内で、少年は突然呼び止められる。
 視線を向けたその先には、手招きをしている果物屋のおばさんの姿。
 彼女の片手には色鮮やかな赤葡萄色の液体の入ったカップが握られていた。

「クレスタ名物搾りたて葡萄ジュースだよ。一杯いかが?」

 木製カップに注がれている濃い赤紫のジュースからは、甘く芳醇な香りが漂っている。

「へえ。じゃあ一つ貰おうかな」

 呼び止められた少年はそう言って店主の女へ笑みを浮かべる。
 余裕のある表情でいたが、実際は丁度喉が乾いていたところだった。
 彼はジュースを受け取るなり、喉を鳴らしながら一気に飲み干した。味わっている素振りもないほどだ。
  
「ごちそうさま。すっごい旨かったよ!」

 満足げな表情でそう言うと少年は空になったカップをおばさんに返す。 
 が、しかし。おばさんは彼とは真逆に不満な顔でいる。
 笑顔を浮かべながら立ち去ろうとする少年へ、おばさんは先ほどより低めの声色で言った。

「あのねお兄さん…代金まだ貰ってないんだけど」

 彼女は顔を顰めさせて少年の前へ掌を突き出す。
 その一変した態度に少年は素っ頓狂な声を出し、目を丸くさせる。
 てっきりサービスだと思い込んでいた彼は、静かに乾いた笑みを浮かべた。

「あ、え、そうなの?」

 少年は慌てて懐から財布代わりの麻袋を取り出す。そこから自分の掌に数枚の銅貨を乗せつつ尋ねた。

「えっと、いくら?」

 するとおばさんは暫く間を置いてからおもむろにほくそ笑むと、指先で四の数字を表した。

「4ゼニーだよ」

 それを聞いた少年は躊躇わずに、丁寧に、店主へしっかりと銅貨四枚を手渡す。
 そして満面の笑みを浮かべて「これで良いんだよな」と、言った。

「…ああ、毎度あり!」

 おばさんは銅貨を受け取るなり最初に見せた笑みをまた作って見せる。

「ありがとう! それじゃあ」

 彼女の満足した様子に少年は安堵の表情を浮かべ礼を言うと、また軽快な足取りで立ち去っていった。



 青年の後ろ姿が人混みの彼方へ完全に消えたと同時。
 待っていたとばかりにおばさんを呼ぶ声が何処からか聞こえてくる。

「おい」

 それはおばさんの店の隣の店主であった。
 壮年男性店主は、眉間に皺を寄せながら告げる。

「あの少年…どう見ても田舎もんだっただろ?」

 男はそう言って少年が消えていった方向へと視線を移す。
 今はもう見えなくなった彼の背中を憐れむように目を細めさせ、そして再度男はおばさんを見る。

「あんな田舎丸出しの少年をぼったくるとか…良い商売してんぜ、アンタ…」

 その口振りは呆れと少年への同情が含まれていた。
 この様々な人が行き交う商業町クレスタの大抵の商人たちは目利きが鋭く、客を見極める観察眼を持っている。客の出身地や素人か玄人か。その言動で見抜くこともまた商人たちの必須スキルというわけだ。
 つまり、そんな店主たちから見れば先ほどの少年がド級の田舎から出てきたばかりの青二才であることは、容易に想像出来たわけだ。
 と、女店主―――おばさんは眉尻を吊り上げながら「人聞きの悪いこと言わないで頂戴」と答える。

「軽い冗談のつもりだったんだよ。そもそも、こんなに大きく看板に値段書いてんのに、疑いもしないあの子が悪いのさ」

 そう言って女店主は背後に掛けている看板へと目配せる。木製の看板には『自慢の特製ジュース2ゼニー!』という大きな文字が躍っていた。

「まあ、あたしの冗談なんてのはまだまだ可愛いもんさ。でも、あの調子じゃあ…今日中には財布が空になってるかもね…」

 自身が騙したことはすっかり棚に上げて、反省する気もなく女性はケラケラと笑う。見かねた男は溜め息混じりに「あんたが言える立場じゃないだろ」とぼやき、それから再度遠くを見つめる。
 ド級の田舎から出てきたのだろうあの少年が、社会の厳しさを目の当たりにするだろう未来に哀れみ同情を抱きながら。






   
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