2 / 87
純然とした田舎漢
1
しおりを挟む**
アウストラ大国。
アウストラ大陸を統治する世界唯一の王国。
気候は地域により様々であり、政治体制は王政であるが、各地の治安や政は領主に一任されている。
これという大きな争い事もなく、ごくごく普通で平和な国であった。
そんなアウストラ大陸西部に位置する町、クレスタ。
物語はここから始まる。
**
クレスタはキャンスケット領にある流通の町。
各地からの物品が行き交う地であるため、商業が主に賑わいを見せている。
大陸の台所とも言われる有名な町だ。
週末ともなると町の大通りには露店が並び、祭のように人が集まり賑わう。活気あふれる町である。
そんな町並みを、一人の若者が軽快に歩いていた。
年齢は十代後半辺り。
中肉中背に鳶色の髪。若者らしくハーフパンツにパーカーという、至って健康的な普通の少年だった。
「ちょっとそこのお兄さん、なんか買ってかない?」
と、大通りの市場内で、少年は突然呼び止められる。
視線を向けたその先には、手招きをしている果物屋のおばさんの姿。
彼女の片手には色鮮やかな赤葡萄色の液体の入ったカップが握られていた。
「クレスタ名物搾りたて葡萄ジュースだよ。一杯いかが?」
木製カップに注がれている濃い赤紫のジュースからは、甘く芳醇な香りが漂っている。
「へえ。じゃあ一つ貰おうかな」
呼び止められた少年はそう言って店主の女へ笑みを浮かべる。
余裕のある表情でいたが、実際は丁度喉が乾いていたところだった。
彼はジュースを受け取るなり、喉を鳴らしながら一気に飲み干した。味わっている素振りもないほどだ。
「ごちそうさま。すっごい旨かったよ!」
満足げな表情でそう言うと少年は空になったカップをおばさんに返す。
が、しかし。おばさんは彼とは真逆に不満な顔でいる。
笑顔を浮かべながら立ち去ろうとする少年へ、おばさんは先ほどより低めの声色で言った。
「あのねお兄さん…代金まだ貰ってないんだけど」
彼女は顔を顰めさせて少年の前へ掌を突き出す。
その一変した態度に少年は素っ頓狂な声を出し、目を丸くさせる。
てっきりサービスだと思い込んでいた彼は、静かに乾いた笑みを浮かべた。
「あ、え、そうなの?」
少年は慌てて懐から財布代わりの麻袋を取り出す。そこから自分の掌に数枚の銅貨を乗せつつ尋ねた。
「えっと、いくら?」
するとおばさんは暫く間を置いてからおもむろにほくそ笑むと、指先で四の数字を表した。
「4ゼニーだよ」
それを聞いた少年は躊躇わずに、丁寧に、店主へしっかりと銅貨四枚を手渡す。
そして満面の笑みを浮かべて「これで良いんだよな」と、言った。
「…ああ、毎度あり!」
おばさんは銅貨を受け取るなり最初に見せた笑みをまた作って見せる。
「ありがとう! それじゃあ」
彼女の満足した様子に少年は安堵の表情を浮かべ礼を言うと、また軽快な足取りで立ち去っていった。
青年の後ろ姿が人混みの彼方へ完全に消えたと同時。
待っていたとばかりにおばさんを呼ぶ声が何処からか聞こえてくる。
「おい」
それはおばさんの店の隣の店主であった。
壮年男性店主は、眉間に皺を寄せながら告げる。
「あの少年…どう見ても田舎もんだっただろ?」
男はそう言って少年が消えていった方向へと視線を移す。
今はもう見えなくなった彼の背中を憐れむように目を細めさせ、そして再度男はおばさんを見る。
「あんな田舎丸出しの少年をぼったくるとか…良い商売してんぜ、アンタ…」
その口振りは呆れと少年への同情が含まれていた。
この様々な人が行き交う商業町クレスタの大抵の商人たちは目利きが鋭く、客を見極める観察眼を持っている。客の出身地や素人か玄人か。その言動で見抜くこともまた商人たちの必須スキルというわけだ。
つまり、そんな店主たちから見れば先ほどの少年がド級の田舎から出てきたばかりの青二才であることは、容易に想像出来たわけだ。
と、女店主―――おばさんは眉尻を吊り上げながら「人聞きの悪いこと言わないで頂戴」と答える。
「軽い冗談のつもりだったんだよ。そもそも、こんなに大きく看板に値段書いてんのに、疑いもしないあの子が悪いのさ」
そう言って女店主は背後に掛けている看板へと目配せる。木製の看板には『自慢の特製ジュース2ゼニー!』という大きな文字が躍っていた。
「まあ、あたしの冗談なんてのはまだまだ可愛いもんさ。でも、あの調子じゃあ…今日中には財布が空になってるかもね…」
自身が騙したことはすっかり棚に上げて、反省する気もなく女性はケラケラと笑う。見かねた男は溜め息混じりに「あんたが言える立場じゃないだろ」とぼやき、それから再度遠くを見つめる。
ド級の田舎から出てきたのだろうあの少年が、社会の厳しさを目の当たりにするだろう未来に哀れみ同情を抱きながら。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
バイトで冒険者始めたら最強だったっていう話
紅赤
ファンタジー
ここは、地球とはまた別の世界――
田舎町の実家で働きもせずニートをしていたタロー。
暢気に暮らしていたタローであったが、ある日両親から家を追い出されてしまう。
仕方なく。本当に仕方なく、当てもなく歩を進めて辿り着いたのは冒険者の集う街<タイタン>
「冒険者って何の仕事だ?」とよくわからないまま、彼はバイトで冒険者を始めることに。
最初は田舎者だと他の冒険者にバカにされるが、気にせずテキトーに依頼を受けるタロー。
しかし、その依頼は難度Aの高ランククエストであることが判明。
ギルドマスターのドラムスは急いで救出チームを編成し、タローを助けに向かおうと――
――する前に、タローは何事もなく帰ってくるのであった。
しかもその姿は、
血まみれ。
右手には討伐したモンスターの首。
左手にはモンスターのドロップアイテム。
そしてスルメをかじりながら、背中にお爺さんを担いでいた。
「いや、情報量多すぎだろぉがあ゛ぁ!!」
ドラムスの叫びが響く中で、タローの意外な才能が発揮された瞬間だった。
タローの冒険者としての摩訶不思議な人生はこうして幕を開けたのである。
――これは、バイトで冒険者を始めたら最強だった。という話――
俺と幼女とエクスカリバー
鏡紫郎
ファンタジー
憧れた世界で人をやめ、彼女と出会い、そして俺は初めてあたりまえの恋におちた。
見知らぬ少女を助け死んだ俺こと明石徹(アカシトオル)は、中二病をこじらせ意気揚々と異世界転生を果たしたものの、目覚めるとなんと一本の「剣」になっていた。
最初の持ち主に使いものにならないという理由であっさりと捨てられ、途方に暮れる俺の目の前に現れたのは……なんと幼女!?
しかもこの幼女俺を復讐のために使うとか言ってるし、でもでも意思疎通ができるのは彼女だけで……一体この先どうなっちゃうの!?
剣になった少年と無口な幼女の冒険譚、ここに開幕
竜焔の騎士
時雨青葉
ファンタジー
―――竜血剣《焔乱舞》。それは、ドラゴンと人間にかつてあった絆の証……
これは、人間とドラゴンの二種族が栄える世界で起こった一つの物語―――
田舎町の孤児院で暮らすキリハはある日、しゃべるぬいぐるみのフールと出会う。
会うなり目を輝かせたフールが取り出したのは―――サイコロ?
マイペースな彼についていけないキリハだったが、彼との出会いがキリハの人生を大きく変える。
「フールに、選ばれたのでしょう?」
突然訪ねてきた彼女が告げた言葉の意味とは――!?
この世にたった一つの剣を手にした少年が、ドラゴンにも人間にも体当たりで向き合っていく波瀾万丈ストーリー!
天然無自覚の最強剣士が、今ここに爆誕します!!
冷酷魔法騎士と見習い学士
枝浬菰
ファンタジー
一人の少年がドラゴンを従え国では最少年でトップクラスになった。
ドラゴンは決して人には馴れないと伝えられていて、住処は「絶海」と呼ばれる無の世界にあった。
だが、周りからの視線は冷たく貴族は彼のことを認めなかった。
それからも国を救うが称賛の声は上がらずいまや冷酷魔法騎士と呼ばれるようになってしまった。
そんなある日、女神のお遊びで冷酷魔法騎士は少女の姿になってしまった。
そんな姿を皆はどう感じるのか…。
そして暗黒世界との闘いの終末は訪れるのか…。
※こちらの内容はpixiv、フォレストページにて展開している小説になります。
画像の二次加工、保存はご遠慮ください。
護国の鳥
凪子
ファンタジー
異世界×士官学校×サスペンス!!
サイクロイド士官学校はエスペラント帝国北西にある、国内最高峰の名門校である。
周囲を海に囲われた孤島を学び舎とするのは、十五歳の選りすぐりの少年達だった。
首席の問題児と呼ばれる美貌の少年ルート、天真爛漫で無邪気な子供フィン、軽薄で余裕綽々のレッド、大貴族の令息ユリシス。
同じ班に編成された彼らは、教官のルベリエや医務官のラグランジュ達と共に、士官候補生としての苛酷な訓練生活を送っていた。
外の世界から厳重に隔離され、治外法権下に置かれているサイクロイドでは、生徒の死すら明るみに出ることはない。
ある日同級生の突然死を目の当たりにし、ユリシスは不審を抱く。
校内に潜む闇と秘められた事実に近づいた四人は、否応なしに事件に巻き込まれていく……!
狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
見習い動物看護師最強ビーストテイマーになる
盛平
ファンタジー
新米動物看護師の飯野あかりは、車にひかれそうになった猫を助けて死んでしまう。異世界に転生したあかりは、動物とお話ができる力を授かった。動物とお話ができる力で霊獣やドラゴンを助けてお友達になり、冒険の旅に出た。ハンサムだけど弱虫な勇者アスランと、カッコいいけどうさん臭い魔法使いグリフも仲間に加わり旅を続ける。小説家になろうさまにもあげています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる