そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

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第四篇 ~蘇芳に染まらない情熱の空~

57項

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 エナバ落下事故から数日後。
 崩落した道が急ピッチで復旧されてから、真っ先にレイラとキースの両親がシマの村を訪れた。
 事故を聞いて居ても立っても居られず飛んできたようで。両親たちは直ぐにレイラたちを南方都市ユキノメに連れて行くことにした。
 祖父母の死、そしてキースの状態を考えればそれは仕方がない判断ではあった。
 未だエナバは通れないとのことで、彼女たちは小さな荷馬車に乗って向かうこととなった。
 キースが事故現場を目撃してしまわないよう、出発は日も昇らない夜明けだった。
 本来ならソラもカムフもまだ夢の中である時刻だったが、それでも必死に起きて今度はと、二人の見送りに行った。

「レイラ…キース……」

 『また遊びに来て』という言葉は、幼心に言ってはいけないとソラは思った。
 今回の事故で二人の両親はシマの村を憎んでいたようだったからだ。
 きっともう二度とレイラたちとは遊べない。つまり、レイラたちと会うことも出来ない。
 そんな思いが、彼女たちとの別れに言葉を詰まらせていく。
 自然と涙を溢れさせた。

「―――泣いちゃだめでしょっ!」

 と、突然レイラはソラの両頬を叩いた。
 あまりにも唐突なことで痛みよりも呆気にとられるソラ。レイラはソラを見つめながら言った。

「アンタは…せっかくお母さん似なのに…でも泣いたらブサイクなんだから……だから…笑わないと、似なくなっちゃうでしょ! だから絶対泣いちゃだめなの!」

 そう言いながらレイラもまたぼたぼたと大粒の涙を零して泣き始めた。
 
「なにそれ…それになんで、レイラも泣いてるのさ…」
「うるさい、バカ! わたし、絶対また会いに来るから…これで、お別れじゃないから…だから泣かないでよ……ソラ…!」
「ごべん、ごべんなざい……レイラ…!」
「……わたしも……ごめんね!」」

 事あるごとに口ゲンカをしたりいがみ合っていたりもしていたが、結局は姉妹同然の親友似たものどうしで。
 そのまま、二人は大きな声で泣きじゃくりながらの別れとなった。
 荷馬車が去っていくその後ろ姿を、ソラとカムフは今度こそいつまでもいつまでも見送った。
 そして同時に祈り続けた。今度こそちゃんと町へ辿り着くように。
 ソラは必死に祈り続けた。








「結局、荷馬車は事故ることなく無事に隣町まで辿り着いたんだけど…それからそのままレイラたちは南方都市ユキノメで暮らすようになって…まあ今に至るって感じ」

 そう語り終えてからソラは傍らに置かれていたグラスの水を一気に飲み干す。それはカムフが用意してくれたものだった。

「そう…まさかそんな事故があったなんて知らなったわ」
「あの事故の一番の原因は崖道の崩落だったけど…エナバの定員超過も要因の一つで、あれは人災でもあったんじゃあって声もあったんです。だけど犠牲者の中には有名な新聞社の記者や取材者もいたこともあって……大体の新聞社は責任逃れ、事実隠ぺいをして、事故についてはほとんど取り扱わなかったんです」

 カムフは僅かに顰めた顔を背けながらそう語る。
 ロゼ自身も確かに事故自体の噂は耳にしていた。
 だが、それがと揶揄されるまで凄惨な事故であったとは想像もしていなかった。

「お蔭で面倒な野次馬たちはぱったり来なくなって良かったけどさ。エナバまで村に来なくなっちゃってさ…こんなにも散々な目に遭った村の人たちは余所者とは極力関わらないようにってなっちゃったんだ」
「レイラとキースも何年か前からかようやく村へ遊びに来られるようにはなったけど…未だキースは話せられないままみたいだしな…」
「そうだったのね…本当に、辛い思い出を話させてしまったようね―――」

 謝罪に頭を下げようとするロゼ。
 が、それを急いでソラは制止する。

「ちょ、たんま! 謝るのは無し!」

 慌てて両手をぶんぶんと振り回したソラは続けて話す。

「この話ってさ…話しづらくて王都に行った兄さんにもちゃんと話したことなかったんけどさ…でも、ロゼに聞いて貰ったらなんか少し気が楽になったんだ。だから…話して良かったんだと思う。だからさ、謝らないで?」

 両手を併せるソラにロゼは「…そう」とだけ返し、グラスに残っていたワインを一気に口へと注いだ。

「……けれど、随分と泣き虫だった昔話を掘り返させてしまったことについては…やっぱり謝った方が良いかしら?」

 おもむろに意地悪く笑ってそんなことを言うロゼに、ソラは顔を真っ赤にして頭を振り回した。

「べ、別にそんなん恥ずかしい話じゃないし! 子供の頃なんて誰だって泣き虫じゃん!」
「そうか? 今でも結構泣き虫だろ、ソラは」

 と、カムフが横やりを入れた直後。彼の腹部に思いっきり拳がめり込んだのは、言うまでもない。
 そこから二人はいつものように騒がしい痴話ゲンカを始めるわけだが。
 そんな二人を後目にロゼは一人、ボトルから新たなワインを静かに注いだ。

「―――あのさ」

 すると不意にソラがロゼへ尋ねる。
 至っていつも通りであるロゼの流し目が、ソラに向けられる。

「何?」
「ちなみに、だけど。ロゼには、そう言った過去ってあるの…?」

 ロゼがソラに尋ねたものと同じ、純粋な好奇心だった。特に意味はなく尋ねたものだった。
 だが、その質問を聞くなりロゼの表情は顰められ、ゆっくりと背けられた。

「辛い過去がないように見える?」

 逆に尋ね返され、ソラは僅かに小首を傾げた後答える。

「…わかんないけど…もしかして、あるの?」
「まあ…誰にだって大なり小なり辛い過去くらいはあるわよ」

 そう言ったものの、ロゼが自身の過去を語り始めることはなく。
 話したくないほどの過去なのだろうと察したソラは、それ以上問うことはしなかった。

「…いつか……いつか、話せるときが来たら…話しても良いわ」

 誰の耳に届けるわけでもなくそう囁くと、ロゼは静かにワインを飲み込んだ。
 ソラもまた、同じタイミングで新たに貰った水を飲み干す。
 そうして、この日の夜は静かに更けていった。






   
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