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第四篇 ~蘇芳に染まらない情熱の空~
55項
しおりを挟む泣きじゃくるソラを連れた父が村の人たちと共に駆け込んだ先は『ツモの湯』であった。
「おやまあ…ソラちゃんも連れて来ちゃったのかい…!?」
「すみません。この通りでして…一人自宅に残しておくことも出来なくて…」
村人と父の会話が聞こえる。だが、それでも泣き止まないソラへ慌てて駆け寄ったのは沢山のタオルを抱えていたカムフだった。
「ソラっ! 大丈夫か!?」
「カムフ! お母さんは? レイラは? キースは?」
父から下ろされるなり、カムフに抱きつきながら尋ねるソラ。
地面に落ちてしまったタオルに構わず。泣きべそ顔の彼女の頭を、カムフは震える手で優しく撫でながら笑顔を作った。
「とりあえず…まずは泣き止むまであっちに行ってようぜ? な?」
そう言うとカムフはソラの手を引き、自分の部屋へと連れて行った。
それは、大人たちの騒がしい声や物音を聞かせないための、彼なりの配慮だった。
「お母さん大丈夫だよね? レイラも、キースも大丈夫、だよね…?」
「うん…大丈夫だって」
ソラが何度も尋ねても、カムフは大したことも言えず。
「大丈夫だ」「信じて待ってよう」と言っては彼女の頭を撫でることしかしなかった。
カムフのベッドに座り込み、女神様へ祈るソラの耳には遠くから様々な声が聞こえてきた。
「道中に地盤が脆くなっていた箇所があっただろう? それがこの嵐のせいでトドメになったらしくてな…エナバを巻き込んで崩落したようだとさ!」
「いや、原因はそれだけじゃない! エナバは定員オーバーだってのに屋根上にまで人を乗せてたそうだ!」
「そんなむちゃくちゃなことをしたのか!? そりゃあ地盤が崩れる以前に、ちょっとの拍子でエナバも落ちちまうだろう!」
「しかし…そのむちゃくちゃをした大体は他所からやって来た取材者や野次馬連中だろ? 大方、嵐が来る前に町へ帰りたくて慌てて乗車しちまったんだろうし…自業自得もいいとこだろ」
「馬鹿ッもんが! 滅多なことを言うもんじゃない! 子供に聞こえたらどうするんじゃ!」
「…それよりも、何故救出された人たちをシマの村に引き返させるんだ? ここへ運び込むよりも医師の多い町の方に送った方が良いだろうに…」
「この夜更けにこの大嵐だからねえ…あのアマゾナイトもようやくと重い腰を上げて救出に向かってそうだし…おそらくは町へ引き返すより村に向かった方が距離的に近いと考えたんだろうさ」
「確かに…この旅館は隣町の宿よりも大きいからね…人を運ぶには丁度いい…」
「おいっ! 救助者が運ばれてくるぞ! 道を開けろ!」
その叫び声が聞こえて部屋の外が騒がしくなった途端。
それまで泣き続けていたソラはカムフを跳ね除けて部屋から飛び出ていった。
「ソラ! 待てって!」
鼻水も涙も垂れ流したまま、彼女はエントランスへと駆けていった。
「お母さん、レイラ…キース…!」
玄関からは濡れた身体で慌ただしくエントランスへ駆け込んでくる軍服の―――アマゾナイトたちの姿があった。
担架に担がれた人たちは皆、丁寧に布に包まれており。ソラはその中から見知った顔を探すべく、こっそりと覗き見続けた。
「医者に診てもらう奴はこっちに運べ!」
「思ったより出血が酷い…!」
「何やってるんだ早くこっちを運べ!」
耳が痛くなる程騒がしくなるエントランス。
雨や泥水に塗れていく床。
担架で運ばれたまま動かない誰か。
真っ赤に染まっていく布。
冷静にアマゾナイトへ指示を出し、動き回る父の姿。
それは子供が見て良い光景ではなかったが、それを止めに入る者すらいない程、その場は混乱していた。
「あら、ソラちゃん! 此処に居ちゃダメじゃない…!」
「で、でも…」
呆然として見続けていたソラをようやく呼び止めたのは、ソラの隣家のおばちゃんだった。
強引に腕を掴まれたソラはカムフの部屋へと戻された。
「いいかい? おばちゃんがお母さんやレイラちゃんとキースくんを見つけてきてあげるから…それまではちゃんと大人しく寝て待っているんだよ?」
「でも…でも…」
反論も聞かず、有無も言わせず扉は無情にも閉まった。
ソラは否応なしにカムフと共に部屋で待つことしか出来なかった。
「カムフ…」
「だから大丈夫だって言ってんだろ? 今はおばちゃんの言うとおり一緒に寝て待ってような?」
カムフの説得にようやく応じたソラは彼のベッドを借り、カムフ自身は近くの椅子に座った。
夜更けと心身の疲労も重なったせいか、間もなくして二人は気を失うように眠ってしまった。
そこから二人が呼び起こされたのは何時間と経った―――夜明けのことだった。
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