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第四篇 ~蘇芳に染まらない情熱の空~

50項

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 某日、某時刻。
 鳥のさえずり聞こえる森林の中。歩く人影は三つ。
 一人は小太り、一人はがっしりとした体格で。
 そしてもう一人は細身の男。
 彼らは森林散策とは無縁のような黒い外套を羽織っていた。
 と、そのうちの小太りの男がおもむろに口を開いた。

「ア、アニキ…」
「なんだ、ゴンザレス…」

 小太りの男―――もといゴンザレスは隣を歩く兄貴分へ囁く。

「本当に連れてくんですかい? あんな奴…」

 ゴンザレスは二人の後方を歩く一人の男を一瞥する。
 黒い外套を羽織っており、頭にはまるで血の色のように真っ赤なニット帽を目深に被る男。その視線が何処に向けられているのかもわからず、ゴンザレスは思わず身震いをした。

「ばっか野郎が…! 俺らにはもうこの選択しかねえんだ! だったらやるしかねえだろ!?」

 兄貴分の男は苛立ちを込めた囁きで返すとゴンザレスの頭に拳骨を落とした。
 理不尽な拳骨に頭を擦りつつもゴンザレスは「けど…」と言葉を詰まらせる。
 彼が言いたいことは兄貴分の男もよく判ってはいた。

「グリート…まさかマジで連れて行くことになるとはな……」

 そう呟きながら兄貴分の男は人知れず息を吞む。
 と、そのときだ。

「―――なんや面白そうな話でもしとるんか? えらい賑やかやのう」

 後方を歩いていたはずの男が突然、二人の肩に腕を乗せてきた。
 背後へ近寄ってくる音どころか気配さえ、微塵も感じなかった。

「べ、別に……大した話じゃありませんですぜぃ」

 狼狽してしまった兄貴分の男に代わり、ゴンザレスが即座に愛想笑いを浮かべ、ゴマを擦る。
 
「ふーん、さよか。せっかくやし暇つぶしに仲良うしとこ思ったんやけどなあ」

 気さくに笑いかけるその姿は至って普通の優男であるが、裏の顔を知っている二人からすれば不気味以外の何ものでもなく。
 男の笑顔にぎこちなく笑って返すことしか出来なくなる。


灰燼の怪物グリートに絶対気を許すな。アイツは気さくに見せておきながら突然爆ぜる火の粉のように前触れなく感情を暴走させる。そして敵味方関係なく消し炭にする』


 それは以前、と同じ依頼に当たったことのある組織の仲間が残した言葉だった。
 その仲間はこの忠告を残した後、次の任務から帰ってくることはなかった。そのときもまたこの灰燼の怪物グリートと共に当たった任務だったという。
 
(……俺らは遅かれ早かれ消し炭にされる…だが、命令に背けばゴンザレスの妹まで消し炭にされちまう…!)

 それに、こうして首を垂れて尻尾を振っていればもしかすると消されることは無いやもしれない。
 二人はそんな一縷の望みに賭けて、必死にゴマを擦ることにしたのだ。
 例えみっともなくとも、金になるわけでもなくとも。こんなで死んでたまるか。
 それが二人組の結論だった。

「こんなしょうもない俺らと仲良くなる必要なんざないですよ…ささ、それよりも早く例の村の―――例の娘に会いに行きましょうよ、グリートさん」
「それもそうやな。口動かすよりも手足動かさんとなあ」

 グリートは口角を吊り上げ、ゆっくりと二人の肩から腕を放す。
 まるで凍り付いた岩から解放されたかのような感覚。しかし二人の額からは止め処なく汗が流れ出ていく。
 二人組が胸を撫で下ろす暇も与えず、グリートは二人組を横切っていくと陽気な口振りで尋ねた。

「しっかし…こんな奥地に住む女の子わざわざ消しに行かなあかんて……そこまでする必要あるんかな?」
「それは…」
「しかも『鍵』探して来いっちゅーてもどんなかも教えへんって…無理難題すぎやろ? なあ、そう思わへん?」
「へ、へい…俺らも詳しくは教えてもらえやせんでしたよ」

 グリートはニット帽に指先を当て、リズムよく叩きながら小首を傾げる。

「やっぱそうなん!? なんで教えてくれへんのやろな?」
「そ、そうですよね!」
「俺らもお蔭でとんだ苦労したんでさぁ!」

 彼の気さくな言葉に思わず気を許してしまう二人組。思わずゴマを擦る手が緩んでしまう。
 だが、しかし。

「まあ…だとしても『鍵』もろとも何もかんも全部消せば問題ないんやけどな。それに今回の任務は『鍵』やのうて例の娘ちゃんを消すだけ…朝飯前やろ!」

 一瞬だけ見せた殺気。
 が、直ぐに彼は陽気に笑みを浮かべ、鼻歌まで歌い出すグリート。
 その一方で二人組は手を止め、足まで止めてしまい、顔は青ざめる。
 鍵も人も『消す』と簡単に断言出来る男に、二人組は戦慄が走っていた。

「何しとんねん? この景色もそろそろ飽き飽きしてきたわー…はよ行こーや」

 しかしそれで逃げ出すわけにもいかない。兄貴分の男は自身の最期の矜持とばかりに、逃げることなく手を揉み始める。

「はいはい! あと半日くらいで目的の村ですよ、グリートさん!」
「はあっ!? あと半日も歩かんといかんの?」
「いざとなればこいつがグリートさんの足代わりになりますので! 何でも言ってやってください!」

 そう言うと兄貴分の男は、未だ強張ったままでいるゴンザレスの頭を満面の笑顔で思いっきり殴った。

「あいだっ!!」
「何やってんだ、早く行くぞ!」
「へ、へい!」

 二人組は大急ぎでグリートの背後へと並ぶとぴったりと離れないように歩き出した。






    
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