上 下
281 / 296
第四篇 ~蘇芳に染まらない情熱の空~

31項

しおりを挟む
    






 蝋燭がなければ歩けないほどの暗闇に包まれた通路。
 強い湿気とカビ臭さに眉を顰めつつ、その通路を歩く男二人。

「あ、アニキ…本当に報告する気ですかい?」

 そう言って終始怯えた姿を見せる弟分―――もといゴンザレス。
 すると彼の先を行く兄貴分の男は震える弟分の頭部を思いっきり殴った。

「馬鹿野郎! 此処まで来たらもう言うだけ言うしかねえだろ! それかアマゾナイトに駆け込むのか、俺たちだけで!」

 彼の怒声にゴンザレスは言葉を詰まらせる。

「何にも知らず人質として暮らすテメエの妹ちゃんのためには俺たちゃあもう…『丼鼠どぶねずみ』のマスターに嘘の報告をするしかねえんだよ…」

 平然とそう語ってみせる兄貴分の男であったが、ランプを握るその手は明らかに震えていた。
 と、二人は通路の行き止まりに辿り着く。前方には重厚感漂う扉が一つ。
 二人で開け放ったその扉の先には、燭台が並ぶ仄暗い空間が広がっていた。
 温かなはずの灯火は不気味に揺らめき重苦しい雰囲気が漂っている。

「―――吾輩も暇ではない。わざわざ呼びつけるとは良い度胸だな」

 部屋の中央、隔てるように置かれた衝立の向こうから聞こえる声。
 それが『丼鼠どぶねずみ』のマスターであった。
 当然、その姿は二人の方からは伺い知れない。だがその低く重苦しい声だけで、二人は思わず身体を小さく小さく屈ませる。

「す、すみませんマスター…ですが、与えられた依頼の報告をしたく…」
「『鍵』の件か…ということは手に入れたということか…?」
「そ、それが…」

 兄貴分の男は人知れず息を吞み込み、それから言った。

「件のガキ…『鍵』は…持ってなかった、です…」

 直後、先ほど以上にピリピリとした―――まるで殺気立った空気が漂い始める。
 暑くもないはずなのに二人の額からは大量の汗が流れ落ちる。

「それで報告に…来たと…」
「へい」
「そもそも『鍵』というのもどんな形状かよくわからなくて…その…一応教えて貰えはしませんか…?」

 放たれ続けるこの威圧感の中で、その質問はあまりにも無鉄砲なものだと男たち自身ある程度は覚悟していた。
 だが『鍵』が一体どういうもので、どうした目的で奪おうとしているのか。という、そんな好奇心に勝てなかったのだ。
 するとマスターはただ一言。

「お前たちが知る必要はない」

 そう一蹴した。

「元より持っている可能性は低いとは仰っていたが……それならば仕方がない。お前たちは下がれ。後日別の依頼を出す」

 その言葉に二人はこの状況にも関わらず安堵の顔で互いを見合う。

「で、では俺たちゃこれで…!」

 さっさとこの場を去ろうと、兄貴分の男とゴンザレスは立ち上がるなりそそくさと部屋を出ようとする。
 だが、その扉のドアノブを握ったときだった。

「―――待て」

 二人はマスターに呼び止められた。

「…それで、『鍵』を持っていたとされるガキは始末したのか?」
「え、っと…?」
「それは…聞いてやせんでしたが…」

 ガシャン。
 と、大きな音が衝立の向こうから聞こえてきた。どうやらガラスの割れた音のようで。
 突然の破壊音に二人は驚き竦み上がる。

「…『鍵』を探す際に顔を見られているはずだろう……なのに何故口封じをしなかった? まさか家を荒らしただけで帰って来たわけでもないだろう…」

 二人は思わず互いに抱きつき合い、何度も頷きながら答える。

「ちゃ、ちゃんと問い詰めて聞き出したんです! 身包みも剥ぎましたが持ってませんでした!」

 咄嗟の虚言であったが、それは失言だった。

「そこまでしといて口封じをしていないとは…我らの存在が危うくなるではないか…!」

 もう一度ガシャンと、何かが割れる音が響く。

「ただでさえアマゾナイトに目を付けられ危うい状況だというのに……役立たず共が! 今すぐ始末しに行け! 直ぐだ直ぐ!」

 先ほどまでの冷血そうな雰囲気とは打って変わってヒステリックに叫ぶマスター。
 その豹変ぶりに二人はまた違った恐怖を抱く。

「いや、待て……」

 と、マスターは少しばかり冷静さを取り戻し、沈黙の後言った。

「こうなったら……グリートを使う」
「あ、アイツを…」

 まさかの言葉を耳にし、兄貴分の男は咄嗟に聞き返した。






   
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

頭が花畑の女と言われたので、その通り花畑に住むことにしました。

音爽(ネソウ)
ファンタジー
見た目だけはユルフワ女子のハウラナ・ゼベール王女。 その容姿のせいで誤解され、男達には尻軽の都合の良い女と見られ、婦女子たちに嫌われていた。 16歳になったハウラナは大帝国ダネスゲート皇帝の末席側室として娶られた、体の良い人質だった。 後宮内で弱小国の王女は冷遇を受けるが……。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

処理中です...