上 下
276 / 308
第四篇 ~蘇芳に染まらない情熱の空~

26項

しおりを挟む
   







「―――初めて読みました、これ。じいちゃんが読んでたら先ず間違いなく俺にも耳に胼胝ができるくらい言い聞かせてそうなのに…読んでないんだな、じいちゃん……」
「まあ、一子相伝…ましてや口伝ともなれば何処かで伝え忘れていったしても可笑しくはないわよ。それよりも……その山の宝物について、気にならない?」
「え、いや…まあ、気にはなりますけど」

 愛想笑いを浮かべつつゆっくりと頷くカムフ。
 ベッドに腰を掛けていたロゼは夕食と共に持って来ていた酒瓶の詮を抜き、いつの間にかグラスにワインを注いでいた。
 芳醇な香りと輝きを堪能しつつ、ロゼはグラスを傾ける。

「それで明日にでも其処へ行ってみようと思うのよね」
「へえ……て、え? 明日!?」
「そう。そこでその場所までの道案内を頼みたいの」

 本をテーブルに置きながら、カムフは渋った顔を浮かべる。探検自体は嫌いではない。ましてやあのウミ=ズオが同伴とあらば喜んで道案内もしよう。
 が、彼は気懸かりだったのはソラの心配であった。
 いくら村周辺にアマゾナイトの警備がつくと聞かされても、村の中も安全とは言い切れない。

「けど…ソラを村に残していくのは…ちょっと……」

 なるべくならば完全に安全となるそのときまで、ソラを見守り続けたい。彼女の泣き顔はもう何度も見たくないから。それがカムフの答えだった。
 が、しかし。ロゼはグラスをカムフへと傾けながら言った。

「誰も貴方だけとは言ってないわよ。あの子も一緒に連れていくから」
「え、えええっ!?」
「そこまで驚くこと…?」

 カムフの素っ頓狂な声にロゼは僅かに眉を顰める。
 だがカムフが驚くのも当然だろう。
 エダム山はシマの村の外だ。当然アマゾナイトもそこまで警備しているとは思えない。

「いや、流石に村の外ですよ? 例の男たちがもし見ていたら間違いなく狙ってきますって」
「私が一緒だもの、問題ないわよ。例の男たちだって、二度も撃退した私がいるのにまた襲ってくるほどの愚かでもないでしょうし」
 
 いつもは必要以上に話さないロゼであったが、今夜はやけに饒舌であった。
 酒が入っているせいもあるかもしれないと、カムフは思う。

「それに、心配だからこそ傍で見守りたいって気持ちは…よくわかるから」

 少しばかり熱を帯びていく頬を背け、カムフは咳払いを一つ零した。

「…わかりました。じゃあ明日、ソラを誘ってきます」
「そうそう。『どうしてもなら無理について来なくても良いけれど、そんな臆病な真似はしないわよね』ってあの子に言っておきなさい」

 ロゼはそう言って、同じ名の色をしたワインを一口飲んだ。






「―――と、言うのが昨夜の話なんだ。だからソラは嫌かもしれなけれど、一緒に来て貰っても……って、どうした?」

 粗方説明し終えたカムフはソラの顔色が真っ白に染まっていることに気付いた。
 まるででも見てしまったかのような、青白い彼女に疑問符を浮かべるカムフ。

「だ、だだだ…だいじょうぶ…」
「いや明らかに大丈夫じゃない返事の仕方だろ、それ」

 カムフは心配そうにソラを見つめる。
 が、ソラはかぶりを強く振ってみせ、歩を早めた。

「だいじょぶだから! 一緒に行くし。は、早く行こっ!」

 そう言って歩く―――というより走って彼女は旅館へと向かって行く。
 置いていかれたカムフは軽く頭を掻きつつ。

「そんな悪寒走らせるほど、ロゼさんが嫌なのか?」

 と、深いため息を洩らしながら彼女の後を追った。



 一方、ソラの心情はそんな状況などではなかった。

(花色の君の…宝物…)

 丁度をソラもロゼに語ろうとしていた。ただしそれは彼女が昨晩頭を唸りながら考えた偽のお話しだ。
 しかし、まさかそんな伝承が本当に存在していたとは。

(こんな偶然…ヤバすぎ! あたしってばもしかして作家の才能あるのかも!)

 と、そういった理由で全身の肌が粟立っていたところであった。
 





    
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

魔法のせいだからって許せるわけがない

ユウユウ
ファンタジー
 私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。  すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

決して戻らない記憶

菜花
ファンタジー
恋人だった二人が事故によって引き離され、その間に起こった出来事によって片方は愛情が消えうせてしまう。カクヨム様でも公開しています。

大好きなおねえさまが死んだ

Ruhuna
ファンタジー
大好きなエステルおねえさまが死んでしまった まだ18歳という若さで

男装の皇族姫

shishamo346
ファンタジー
辺境の食糧庫と呼ばれる領地の領主の息子として誕生したアーサーは、実の父、平民の義母、腹違いの義兄と義妹に嫌われていた。 領地では、妖精憑きを嫌う文化があるため、妖精憑きに愛されるアーサーは、領地民からも嫌われていた。 しかし、領地の借金返済のために、アーサーの母は持参金をもって嫁ぎ、アーサーを次期領主とすることを母の生家である男爵家と契約で約束させられていた。 だが、誕生したアーサーは女の子であった。帝国では、跡継ぎは男のみ。そのため、アーサーは男として育てられた。 そして、十年に一度、王都で行われる舞踏会で、アーサーの復讐劇が始まることとなる。 なろうで妖精憑きシリーズの一つとして書いていたものをこちらで投稿しました。

父が再婚してから酷い目に遭いましたが、最終的に皆罪人にして差し上げました

四季
恋愛
母親が亡くなり、父親に新しい妻が来てからというもの、私はいじめられ続けた。 だが、ただいじめられただけで終わる私ではない……!

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

側妃ですか!? ありがとうございます!!

Ryo-k
ファンタジー
『側妃制度』 それは陛下のためにある制度では決してなかった。 ではだれのためにあるのか…… 「――ありがとうございます!!」

処理中です...