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第四篇 ~蘇芳に染まらない情熱の空~
18項
しおりを挟む目が覚めたとき。ソラはその激痛に顔を歪めた。
「い、だ……」
どうやら僅かばかり気を失っていたようだった。良い夢を見ていたような気もしたが、忘れてしまっていた。
と、徐々に鮮明になっていく光景。その眼前にはカムフの顔があった。
「ソラ…っ!!」
心配そうに見つめる彼の双眸からは涙がこぼれ落ちる。
「良かった…!」
震えるカムフの声を聞いて、ソラはようやく事態を思い出す。
「男たち…は…カムフが…?」
「いや…ロゼさんが鉱山跡を見に行ってみたいって言ったから案内してたんだ。そうしたら急にロゼさんが走り出して、慌てて追いかけたら逃げる男たちとソラが倒れてて…男たちの方はロゼさんが追いかけてるとこだ」
ソラを大事そうに抱きかかえるカムフは涙を拭いながらそう説明する。
呆然と、ソラはは森林の隙間から見える青空を眺めた。
「じゃあまた、アイツに助けられちゃったんだ…」
そんな確信が彼女にはあった。
フェードアウトしていく意識の中で、ソラは不意に風を感じていた。昨日と同じ、ロゼが助けてくれたときに感じたあの風を。
包んでくれるような優しいあの風に安堵してしまい、ソラは意識を失ったようだった。
「そうなるかもな。それより怪我は大丈夫…じゃないよな?」
「へーきへーき。口ん中切れちゃっただけで思ったよりへなちょこパンチだったから。レイラの蹴りの方が何倍も痛いって」
そう言って笑ってみせるソラ。
彼女の冗談にカムフも釣られて苦笑する。だが彼はすぐにその笑顔を解き、顰めた顔で言った。
「……ごめん。もっとちゃんとソラの言葉を信じて警戒していれば、こんな怪我させなかったのに…」
「良いの良いの! 油断してこんなとこ一人でほっつき歩いた…あたしの責任なんだから、さ…」
強気にそう返したものの。ぽろりと、ソラの目から涙が零れた。
緊張の糸が切れたのだ。痛みと恐怖といった、堪えていた感情が爆発する。
「う、うぇ…」
次の瞬間には、ソラはカムフに思いきり抱きつき泣き出した。
溢れ出る感情は暫く収まらず。ソラはその場で声を上げて泣きじゃくった。
しがみつかれたカムフはただただ優しく、ソラを撫でていた。
その日の夜。
昼間の事件のこともあり、これ以上隠すわけにもいかないとソラは事の次第をカムフへ話した。
セイランから託された『誰にも渡してはいけない鍵』と思われる木箱のこと。謎の男二人組は何故かそのことを知っていて狙っているということ。
ソラが知っている事情はその程度であるが、それでもカムフにとっては重大な事実だった。
「……これで納得したな。ソラを狙う理由」
「言わなくってごめん」
謝罪し俯くソラへ、カムフは微笑みを浮かべる。
「本当だ…って怒っても良いけど、俺もソラの言葉を信じきっていなかった部分もあった。だからこれでおあいこだろ?」
そう言ってカムフはソラの頭を撫でる。
撫でて喜ぶような年頃でもなかったのだが、先刻の事態もあってか今のソラにはとても心地よかった。
「―――それで、これからどうするわけ?」
壁に寄りかかりながらそう尋ねたのはロゼだ。
彼には結局二度も助けて貰ったという事実がある(ソラは未だ礼を言っていないが)。ならばもう無関係とは言い切れないからとカムフに説得され、ソラはロゼにも事情を話すこととなったのだった。
現在、三人はロゼの部屋にいた。
「とにかくアマゾナイトに通報してみるよ。じいちゃんやソラの父にも事情を説明することになるだろうけどさ」
カムフがそう答える。こうして怪我人が出た以上、アマゾナイトも動いてくれる。アマゾナイトが動けば例の二人組も即指名手配になり捕まるのも時間の問題だと思われた。
「ソラもそれで良いだろ?」
「う、うん…」
と、歯切れの悪い返事をするソラ。包帯やガーゼまみれとなったその顔は、何か言いたげに顰められていた。
「アマゾナイトに来て貰うのは構わないけどさ…それだったら予め兄さんが色々やって手配してくれてたと思うんだよね…」
「それは俺も思った」
「職権乱用じゃない、それって…」
呆れた様子でロゼが冷静に突っ込みを入れる。
だがソラもカムフも既に先例を経験済みであったため、説明しがたいが確信はあった。
しかし、だというのにセイランは溺愛する妹にこんなにも危険な『鍵』をソラに託した。しかも何の説明もせずに。
「……もしかして同職のアマゾナイトにも言えない事情がこの鍵にはあるんじゃないかなって思って…そうしたらさ、アマゾナイトに来て貰うのってどうなのかなって……」
ソラの言葉を聞き、カムフも思案顔を浮かべながら閉口する。
沈黙した空気が暫くと流れるが、そこで口を開いたのはロゼだった。
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