上 下
266 / 313
第四篇 ~蘇芳に染まらない情熱の空~

16項

しおりを挟む
    






 ロゼの意外な告白カミングアウトに暫くと沈黙が流れる。
 それから、ソラとカムフの二人は同時に声を上げた。

「えーーーっ!?」
「えーーーっ!!」

 思わず声が揃った二人であったが、そのトーンは明らかに違う。
 
「だってウミ=ズオは女だって本に書いてあったじゃん!」
「正しく言うならウミ=ズオは私の師匠…三年程前に他界した彼女に代わって、私が名を引き継いで執筆しているのよ」

 つまり、ロゼはウミ=ズオの二代目だとのこと。
 その証拠に冒険譚の最新巻は彼が執筆したものなのだという。
 カムフの強引な勧めで最新巻それも読んだことがあったソラはついつい声を荒げた。

「ウソウソ! だって最新巻それってウミ=ズオの文章そのものだったよ! 別人が書いたなんて思えなかった!」
「二代目とはいえまさかウミ=ズオ本人に会えるなんて! 女神アドレーヌ様に感謝します!!」

 顔を真っ赤にして否定するソラの一方で、目を輝かせながら神に祈りを捧げるカムフ。
 と、突然部屋を飛び出すカムフ。すぐさま戻って来た彼は自身の愛読書ウミ=ズオの本とペンを握っていた。

「サイン下さい!」

 これまでの謝罪にも負けないほど美しいお辞儀をし、カムフはペンと愛読書を差し出した。
 ロゼもまさかこんなところにファンがいるとは―――それもオタク級の―――思わなかったようで。流石に動揺を表情に出しつつもサインを書いた。

「うわああ…家宝にします!」
「うわー…そんな家宝ごめんだって」

 爛々とするカムフの横で、白い目を向けながらソラは言った。



 ロゼの正体が冒険家のウミ=ズオ二代目だと知ったソラとカムフ。
 特にその後のカムフはすっかりロゼと打ち解け、話に花を咲かせていた。そのほとんどは冒険譚についてであったが。

「…やっぱりネフ族は目が赤いんですか?」
「そうね…私はまだ直接出会ったことはないのだけれど、充血しているわけではなく角膜が光の加減によって赤みを帯びているように見えるらしいわね。髪の青さもその濃淡は人によって様々と聞くわ。それと…ネフ族という呼び方は彼らにとっては蔑称に当たるから彼ら本来の呼び名であるイニムと言ってあげないと―――」
「そうですよねそうですよね! あ、あと最新巻だと都市伝説系の項目もあって王都の地下には謎の地下空間が存在するとかって話も興味があって…」

 そんな感じでロゼを質問責めにしているカムフ。彼にとってそれはそれはとても有意義な時間であった。
 が、反面。始終気に食わない顔をしているのはすっかり蚊帳の外となっているソラだった。
 ロゼの職業もその目的も解った。怪しむ要素は何も無いはず。
 しかし、それでもソラは彼を疑いの眼差しで見つめていた。いや、睨んでいた。

(ウミ=ズオ二代目だってのは解ったけど。だとしてもこんな辺鄙で何にもない村に来る? 今更? 怪しすぎる…これはきっと、そう! カムフをこうやって懐柔させて村に溶け込むための罠だ!)

 それはもう八つ当たりにも近い発想だった。ただただソラは頑固だった。
 彼女は自分で並べたクッキーを一人で平らげてしまうと突然立ち上がった。

「あたしもう帰るね!」

 その苛立ちも隠さずに吐き出しながらソラは部屋を飛び出していった。
 
「うん、気を付けて」

 しかしカムフは軽くそう言って手をひらひらと振るだけ。そしてまたすぐにロゼを質問責めにする。
 夢中過ぎるあまり視野が狭まっているカムフを横目に、ロゼは静かにティーカップへ口をつけ、紅茶を飲んだ。





「もう…さいっていっ!!  バカムフバカムフバカムフーーーっ!!!」

 まるで呪文かの如くそう叫び続け帰路に立つソラ。
 八つ当たる矛先はいつの間にかロゼではなくカムフへとすり替わっていた。
 近くにあった小石を目一杯蹴り飛ばし、そして駆け出していく。

「アイツの正体暴くはずだったのに…何でこんななっちゃうかな…」

 やがて彼女の憤りは孤独による寂しさへと変わっていく。

「いっつもそう…趣味に没頭すると何も見えなくなってさ……」

 そうしてカムフが構ってくれなくなる度に、幼少のソラは兄セイランに泣きついていた。
 セイランはカムフと違い、どんなに忙しくとも彼女を泣かすことは絶対にしなかった。大切に扱ってくれた。だからこそ、ソラはセイランが大好きだった。
 と、不意にセイランの面影を過らせてしまったソラは思わず足を止めた。

「兄さん…そもそもあの『鍵』って何の鍵なの? 兄さんは一体どんな任務をしてるの……」

 込み上がる感情を押さえ込むかのように、ソラは唇を噛む。
 その寂しさを埋めるため、自然と彼女の指先は兄からの贈り物であるペンダントへと伸びる。
 傷つかないよう、大切に服の下に隠してあるペンダント。

アマゾナイトじゃない部外者の人間だけどさ…ちゃんと教えといてくれたら…こんな気持ちにならなくて済んだかもしれないのに……」

 そう呟きながらソラは大切にペンダントを握り締めた。






    
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

隠された第四皇女

山田ランチ
ファンタジー
 ギルベアト帝国。  帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。  皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。 ヒュー娼館の人々 ウィノラ(娼館で育った第四皇女) アデリータ(女将、ウィノラの育ての親) マイノ(アデリータの弟で護衛長) ディアンヌ、ロラ(娼婦) デルマ、イリーゼ(高級娼婦) 皇宮の人々 ライナー・フックス(公爵家嫡男) バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人) ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝) ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長) リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属) オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟) エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟) セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃) ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡) 幻の皇女(第四皇女、死産?) アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補) ロタリオ(ライナーの従者) ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長) レナード・ハーン(子爵令息) リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女) ローザ(リナの侍女、魔女) ※フェッチ   力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。  ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

婚姻初日、「好きになることはない」と宣言された公爵家の姫は、英雄騎士の夫を翻弄する~夫は家庭内で私を見つめていますが~

扇 レンナ
恋愛
公爵令嬢のローゼリーンは1年前の戦にて、英雄となった騎士バーグフリートの元に嫁ぐこととなる。それは、彼が褒賞としてローゼリーンを望んだからだ。 公爵令嬢である以上に国王の姪っ子という立場を持つローゼリーンは、母譲りの美貌から『宝石姫』と呼ばれている。 はっきりと言って、全く釣り合わない結婚だ。それでも、王家の血を引く者として、ローゼリーンはバーグフリートの元に嫁ぐことに。 しかし、婚姻初日。晩餐の際に彼が告げたのは、予想もしていない言葉だった。 拗らせストーカータイプの英雄騎士(26)×『宝石姫』と名高い公爵令嬢(21)のすれ違いラブコメ。 ▼掲載先→アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ

勇者の凱旋

豆狸
恋愛
好みの問題。 なろう様でも公開中です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...