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第四篇 ~蘇芳に染まらない情熱の空~

8項

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 ―――エナ石とは。
 今やこのアドレーヌ王国の重要なエネルギー源、の結晶体だ。
 このエナ石からエネルギーエナを抽出し、液体化や気体化させることで、あらゆる機械―――エナ製品と呼ばれるそれらを利用することが出来る。
 しかし、エネルギーの蓄積量はエナ石によってバラつきがあり、岩並みの大きさがあってもカップ一杯にも満たない蓄積量のものもあれば、小粒の結晶体なのに都市を爆破出来るほどの蓄積量を宿すエナ石もある。
 つまり、エナ石一個持っていたとしてもそれに価値があるかどうかは専門の機械がなければ解らない。解らない以上はただの加工前の原石程度の価値でしかないのだ。
 



(そういや価値の低いエナ石でも見栄えは良いからって子供向けアクセサリーとしてこの村でも大量に売り捌いたっけか…)

 今では売れ残り過ぎて観光客に配っているほどだ。
 そんな程度の価値でしかない代物を賊が狙うというのだろうか。カムフは一人疑問符を浮かべる。
 と、そのときだ。
 ガチャン、と突然旅館のドアが開いた。
 
「いらっしゃいませー! ようこそ旅館『ツモの湯』へ!」

 カムフはノニ爺に鍛えられた条件反射によって、即座に席から立って頭を下げる。
 ちなみに訪れた者が村人だったとしても絶対に挨拶はしろと、叩き込まれている。
 だが今回は珍しいことに予約の便りも出さずにやって来た客人だったようで。カムフはすぐさまフロントへと立ち、客人を出迎える。

「お泊りでしょうか? でしたら先ず此方に名前の方を記入して頂けますでしょうか」

 そう言ってカムフは営業スマイルを浮かべる。
 が、しかし。その直後、彼は思わずその笑みを解いてしまう。

「あっ」

 客人の奇抜な出で立ちに驚いてしまった。というわけではなく。
 それよりも奥の方―――客人の背後で青ざめた顔をしているソラを見つけたからだ。

「で、出たあぁぁ!! 真っ黒魔女だあぁぁぁっ!!!」

 彼女は、悲鳴にも近い大声でそう叫んだ。
 その叫び声は村中にまで轟くことになり、後日『ソラの叫びは警鐘より騒がしい』と村人たちから語られるようになるのだが。それはまた別の話だ。






「あっあっ…!!」

 先刻カムフに諭されたというのに、失礼極まりない叫びを上げるソラ。
 彼女はすっかりパニック状態になっており、目に涙まで浮かべて怯えきっていた。

「来たんだ! 真っ黒魔女が…あたしを追って、来たんだ!!」

 一方でカムフは冷静にソラが真っ黒魔女と指さす客人を見つめる。
 確かに客人の男性はコートからブーツの先まで黒一色に統一し、唇と爪先には黒に近い赤色の口紅と爪化粧をしている。一見すると奇を衒ったかのような外見ではある。
  だが、どう見ても魔女や化け物と呼んで良いようなの様相ではなかった。

「落ち着けってソラ! このお客様は真っ黒魔女なんかじゃないって」

 カムフは客人に向かって愛想笑いと軽い会釈した後、慌ててソラの傍へと駆け寄っていく。
 それからソラの前にしゃがむとその両肩を揺さぶった。
 
「え?」
「あれはちゃんとして…るかはわかんないけど、人だって」
「だって三つ目もあったし」
「よく見ろよ、ちゃんと人の目してるだろ?」

 その言葉で我に返ったソラは、恐る恐る客人の男性を覗き込む。
 確かにカムフの言う通り、第三の目だとソラが勝手に思い込んでいたものはチョーカーの装飾だった。瞳程の輝く宝石がどうやら第三の目に見えたようだった。

「で、でもあの唇と爪は…人間の返り血なんじゃ」
「見えなくもないけど…そんなわけないだろ?」

 ひそひそと耳打ちし合う二人。
 怪訝な顔をしている客人を後目に、二人はそのまま会話を続けていく。

「ありゃ化粧だ、化粧。前に本で読んだことあるけど…『スオウコーデ』って言って赤黒い染料や真っ黒な衣装で着飾るっていう…都会じゃちょっと前に流行ってたって聞いたけど…」

 『スオウコーデ』のそもそもの発端は、とある著名な冒険者による冒険譚の記述だった。

「『スオウ族』って言う少数民族には『女性は人にとっての血液であり守るべき存在』だって教えがあって、女性たちを邪気から守るために口や身体に濃い赤色の染料を塗る風習がある…とかなんとか」

 その冒険者が『魔除けになるならと、その染料を貰い受け口紅として愛用している』と書き記したことをきっかけに、じわじわと人気が出たのだという。
 が、しかし。あくまでもそれは若い女性を中心にというのであって、男性の『スオウコーデ』は珍しいと聞いていた。






    
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