上 下
257 / 308
第四篇 ~蘇芳に染まらない情熱の空~

7項

しおりを挟む
      






 ソラは先ほど体験したこと、出会った黒尽くめの男たちについて説明した。
 が、二人の反応は慌てふためくソラに反して至って冷静―――というよりも冷ややかであった。
 カムフは苦笑いしつつ、肩を竦めて返す。

「真っ黒魔女って…怪談話だろ。何かと見間違えたとかじゃないのか? クマとかさ」
「クマが人間語喋るわけないじゃん! 間違いなく真っ黒魔女だってば!」
「あー、くだらんくだらんっ! わしゃあ客室の清掃に行ってくるわい!」

 ノニ爺はそう言って怒りを露わにさせながら、杖と手摺りを使い階段を上っていく。
 そうして去っていったノニ爺の背中を見つめつつ、長い語りが終わったことに内心安堵するカムフ。だが、それで終わりというわけではなく。
 また新たな厄介ごとが出来てしまったことに、カムフは人知れずため息を洩らした。

「ホントに出たんだってカムフ! だってこの目でしっかり見たんだから! 真っ黒…って程じゃなかったけど濃い色の口と爪に全身真っ黒な衣装しててさ! あれは絶対真っ黒魔女以外の何ものでもないね!」

 ソラはそう断言し、鼻息を荒くさせる。
 興奮しきった様子の彼女を見つめ、吐息交じりにカムフは頬を掻いた。

「って言ってなあ…そもそもソラが謎の男二人組に襲われたって展開もよくわかんないし…」
「うっ…」

 カムフの指摘に唸り声を上げ、顔を顰めるソラ。額からは滲んでいた汗が滴り落ちる。
 ソラは兄セイランとの約束を守るべく、カムフには例の『鍵』については伏せていた。
 つまりソラの説明では『突然現れた謎の男たちに理由もわからず襲われた』ということになっている。

「確かにひと昔前は賊とか夜盗もいたって聞くけどさ、今はアマゾナイトだって一応はこの辺を巡回警備しているはずだし。ここ最近はそういうのが出るって話も聞いたことないけどなあ…」
「そぅ…かも……」

 唸り声を上げるソラ。
 採掘場が閉鎖された直後はそこを根城にしていた賊も少なくなかった。が、今はアマゾナイトが定期的に巡回しており、目を光らせている。
 そんなおかげでここ十年程はこの近辺で『賊に襲われた』という話は全く聞いたことがない。まさに平和そのもののだ。
 ソラもその事情はよく理解はしていた。だからこそ痛いところを突かれたと―――当然の突っ込みでもあるが、ソラは顔を顰めた。

「大方、道を尋ねようとした旅人を見て賊に勘違いしたとか…そんな感じじゃないのか?」

 全く信じてくれない彼の素振りに不満げに頬を膨らますソラ。
 と、彼女はその鬱憤を晴らすかのようにエントランスに設置されているソファへ飛び込んで倒れた。

「ふんだ、ホントなのに! 真っ黒なって食べられちゃってもしらないからね!」
「っていうか、未だに魔女信じてるんだ…」

 ポツリとカムフはそう呟きつつ、おもむろにロビー奥の調理場から水瓶を持ってくるとグラスへ水を注いだ。
 そうして、つまらなそうな顔をしながらも疲弊しているソラにグラスを渡した。

「あのさ…本当にソラが賊か悪漢に襲われたんだとしたら、その助けてくれた人は仮に化け物や魔女だとしても、恩人なわけだろ?」
「だ…だけどさ…」
「魔女に見えただけの勘違いだってある。もしそうだとしたら悪いことをしたのはソラの方じゃないか?」
「う、ぐ…」

 寝転がるソラの向かいのソファへ腰を掛けたカムフは、そう言って優しい言葉で諭す。
 こういうとき、セイランに代わって兄代わりをしてくれているカムフには、ソラは頭が上がらない。
 不機嫌そうに口先を尖らせてこそいるが、内心は芽生えた罪悪感に苛まれ始めていた。

「で、でも…一応、最初にお礼は言ったし…」
「だとしても、助けた相手がいきなり大声上げて逃げ出したら、誰だっていい気持ちしないだろ?」
「う、うぅ…じゃあ、もし、また出会ったら…それはちゃんと謝る…」

 反省している様子のソラに、カムフは微笑みを浮かべて頷いた。

「そうだな。そのときはおれも一緒に謝ってやるよ」
「…じゃあ絶対そのときに居てよね」

 そう約束するソラとカムフ。
 しかしそうは言ったものの、果たしてこんな辺境の地でその恩人とまた出会えるのか不明ではあるが。
 と言うより。カムフは実のところソラが男たちに襲われたということ自体、まだ半信半疑であった。
 村を襲うべくその人質にしようとソラに近付いたならばまだ納得も出来る。が、そもそもこのシマの村自体裕福な村ではない。こんな場所を襲うくらいならば、隣町の銀行を襲った方がまだ賢いだろうとカムフは推測する。

(デメリットしかなさそうなこんな村の少女を襲うもんなのか? もしかすると脱走した罪人で切羽詰まってそんな行動をしたか…もしくは―――)

 と、カムフは不意にソラの胸元に光るに気付いた。

「ソラ、それはどうしたんだ?」
「あ、これ? 兄さんからのプレゼント! 手作りなんだって!」

 そう言ってソラは破顔すると自慢げに首元のペンダントを掲げてみせた。
 先ほどまでの態度から一変された上機嫌っぷりに思わず苦笑するカムフ。
 
「相変わらずセイランさん大好き過ぎだろ」
「当たり前じゃん。あ、もしかしたらこれのせいで襲われたのかも! これからは服の中に隠しとかないと!」

 ソラはいそいそと服の中にペンダントを押し込める。
 確かに一見するとその胡桃大ほどのサイズである透明な水晶は目を見張る。宝石と勘違いして賊が狙った考察も解らなくはない。
 だが『エナ石』には宝石ほどの価値はないと言われている。






    
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

魔法のせいだからって許せるわけがない

ユウユウ
ファンタジー
 私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。  すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。

決して戻らない記憶

菜花
ファンタジー
恋人だった二人が事故によって引き離され、その間に起こった出来事によって片方は愛情が消えうせてしまう。カクヨム様でも公開しています。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

父が再婚してから酷い目に遭いましたが、最終的に皆罪人にして差し上げました

四季
恋愛
母親が亡くなり、父親に新しい妻が来てからというもの、私はいじめられ続けた。 だが、ただいじめられただけで終わる私ではない……!

大好きなおねえさまが死んだ

Ruhuna
ファンタジー
大好きなエステルおねえさまが死んでしまった まだ18歳という若さで

悪役令嬢は処刑されました

菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。

男装の皇族姫

shishamo346
ファンタジー
辺境の食糧庫と呼ばれる領地の領主の息子として誕生したアーサーは、実の父、平民の義母、腹違いの義兄と義妹に嫌われていた。 領地では、妖精憑きを嫌う文化があるため、妖精憑きに愛されるアーサーは、領地民からも嫌われていた。 しかし、領地の借金返済のために、アーサーの母は持参金をもって嫁ぎ、アーサーを次期領主とすることを母の生家である男爵家と契約で約束させられていた。 だが、誕生したアーサーは女の子であった。帝国では、跡継ぎは男のみ。そのため、アーサーは男として育てられた。 そして、十年に一度、王都で行われる舞踏会で、アーサーの復讐劇が始まることとなる。 なろうで妖精憑きシリーズの一つとして書いていたものをこちらで投稿しました。

処理中です...