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第三篇 ~漆黒しか映らない復讐の瞳~
~別記~
しおりを挟む―――人気のない、仄暗い道が続く空間。
そこにカツンカツンと、足音が響き渡る。
ランタンに灯された細道を歩くその人影は、やがて最奥の一室へと辿り着く。
重い扉をノックも無くゆっくりと開き、そこにいた人物―――男を見やる。
地下室特有の息苦しさとカビ臭さも気にせずに、その男は緑色に輝く液体をビーカー越しに覗いていた。
「よくわかりましたね、ここにいたのが。ああ、そうですよね。用意したのは貴方でしたしね」
入って来た人影に気付き、振り返る男。
男は手にしている実験道具をそのままに頭だけは深々と下げる。
「お疲れ様です、とりあえずは! 大成功…とまではいかなかったけど計画通りでしたね」
そう言って喉奥を鳴らし笑う男。
「愚かですよねあの貴族も…あんなことまでして王の座ってのは欲しいものなんでしょうかね? ワシにはさっぱり理解できませんよ」
肩を竦めながら男はいつものように座っている椅子を揺らし遊びつつ語らう。
まるで子供のように楽しそうに、無邪気な顔で。
「でもまあそいつのおかげで王国に侵入しやすくなるわけですし。これでまた一層と王国のエナ研究は発展しそうですね」
と、男はグラスの中のエナを傾けてみせる。
ランプの灯に照らされたそれは鮮やかな緑色に輝き揺れる。
「なんたって王国の方じゃあ未だエナの抽出の方法どころか、人工エナ石の作り方さえ。なあんも知らなんですからね! ワシより劣っててホントウケますよ! ま、ワシが天才なんだし、それは当然でしょうけど」
上機嫌に笑いながら男は背後の机からもう一つのグラスを取り出し、それ同士を重ね合わせる。
カツンと鳴るグラスの音。どうやらそれは彼なりの祝盃のようだった。
「これで計画の完遂まで一歩前進! ですが…いつも思いますが、なんか回りくどい計画ですよね。ワシが開発したエナ技術も兵器の作り方も、さっさと王国に教えちゃった方が簡単そうなのに…」
此処にはそのために書き残した資料もこんなにあるのに。
そう言って男は部屋の隅に積み重なった紙の束を指差す。
男が長い長い年月を掛けて蘇らせた暗黒三国時代の技術―――その努力の結晶がそこには残されていた。
「ああそっか。そういえば確か人を争わせることも貴方の計画なんでしたっけ? 争いがあるから人は知恵や武器を求めてしまう、そして求められた知恵や武器、技術はこの地に破滅を呼ぶ……言葉だけにすりゃあ案外簡単そうな気もしますがね。しかし人はずる賢い愚かな生き物ですから…それが大変だ」
クツクツと喉を鳴らし笑う男は、不意に思い出したように「そうだ」と付け足して語る。
「そうそう、今回の計画に利用したあの反乱組織も随分と小賢しいことしてましたよ? あの計画で全員消えて貰わなきゃならないってのに、何人か逃がそうとしてたんで。ワシがそうならないようやっときましたけどね、ちゃあんと」
男はそう言うとグラスを机に戻し、急ぎポケットから包み紙を取り出す。
見た目はどう見てもただのキャンディであるそれを見せつけ、男は「これでやりました!」と、まるで親に褒めてもらいたい子供のように話す。
「まったく大変ですよ…貴方が拾ってくる連中は毎度毎度、出来が良さそうで悪い素材ばっかりなんですから。最近拾ってきたあのネフ族だって、能力こそ開花してましたが、てんで弱くって全然役に立ちそうになかったですし」
あんなのは仲間引き入れる資格もないです。男はそう付け足し、肩を竦め深くため息を吐く。
と、男はそこでようやく違和感に気付いた。
目の前の人物が―――わざわざこの隠れ家にまで足を運んできた客人が、ここまで何も、一言も言わないでいたのだ。
客人の異変に困惑し、首を傾げながら男は尋ねる。
「どうしましたか、さっきから黙っちゃって……ああ、もしかして計画が進んだお祝いのプレゼントとか…―――ッ!!?」
そこで、それまで陽気に語っていた男は、表情を一変させる。
客人の、その掌に気付いたからだ。
「まさか…まさか! だって、ワシはこれまでずっとずっと貴方に尽くしてきた! 『天才』にしてくれた貴方のためにと、貴方の計画完遂のためにと…何百年とかけてエナの研究をしてきたんですよ!」
向けられた沈黙の殺意。
その気迫と脅威は決して冗談というものではなく。
思わず狼狽える男。
椅子からは転げ落ち、その衝撃で机に置いていたグラスが落ち、砕け散る。
地面に緑色の液体が流れ広がる中、それでも逃げようと這いつくばりながら男は後退る。
「そんな…まさか、ワシも……用済みだと。所詮は道化だったと。駒だったと…?」
噴き出す汗と共に湧き上がる感情。
それは男が無くしていたはずの、長いこと忘れ去っていたはずの感情だった。
「いやだ! こんな形で終わりたくない! まだエナの研究は終わっていないというのに、止めてくれ! ワシはまだ、貴方の一番の悲願を果たせてはいないというのに―――!」
そう叫んだところで、男は悟ってしまった。
この『悲願』こそが、自分を消そうとしている要因なのだと。
唯一その秘密を知る自分の存在が、邪魔になったのだと。
『悲願』を果たすつもりは、この彼にはもう無くなってしまったのだと。
「待って、待ってください、ウォナ……いや、神よ―――!!!」
その叫びは地下深くにあるこの隠し施設から、外へと届くことはなく。
男が命よりも大切にしていた紙切れは数枚を取り上げられた後、無惨にその場へ散らばっていった。それらは墓標の如く、絶命した男を埋めていく。
そして無情にも扉は閉まり。男の姿はやがて、漆黒に呑まれていく。
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