上 下
245 / 308
第三篇 ~漆黒しか映らない復讐の瞳~

67案

しおりを挟む
     


 




「お待たせしてごめんなさい。それじゃあそろそろ日の出も近いことだし、出ましょう―――」
「―――ところで、貴女は何故こんな時間に参拝をしようと思ったのですか…?」

 女性の言葉を遮るように、ヤヲはおもむろに尋ねる。
 当然と言えば当然の疑問であるが、彼はある推測をしていた。
 ヤヲに尋ねられた女性は暫く沈黙したの後、静かにその重い口を開く。

「……先日、この周辺で不幸なが起こったのは知っているかしら。嫡子様がご無事であったことは幸いだったけれど…多くの王族様や護衛をしていた兵たちが命を落とし、傷を負った……私の大切な家族も巻き込まれて亡くなってしまったの」

 直後、ヤヲの心臓が飛び出そうなほどに高鳴った。
 締め付けられ、そのせいか呼吸は自然と早く浅くなる。

「―――とてもやりきれない気持ちになったわ。それだけじゃないわ…こう見えてもぐちゃぐちゃな気持ちになって酷く落ち込んでね…だから縋ってみたくなったの。女神様なら私を救ってくれるんじゃないかって…」

 女性はそう言いながら静かに、優しく結晶体を撫でる。

「それで立入禁止になっているところだけど、知り合いの方にかなり無理を言って…特別に許可を貰ってくれたのよ…」

 流しているのは涙なのだろうか、すすり泣く声が微かにヤヲの耳に届く。
 突き刺さったような痛み―――苦しみにヤヲは胸元を押さえる。
 と、彼の指先が、懐のそれに当たった。

(そうか…僕が罰を受けるのは……今、なのかも…しれない)

 「ごめんなさい」と涙声で話す女性へ、ヤヲは真正面に向き合って、言った。

「―――もしも、僕がそのの原因だったと言ったら…どうしますか…?」
「…え?」

 彼女の、驚いた声が聞こえる。
 表情を見る事は出来ないが、その様子は想像に容易く。
 ヤヲは続けて告げる。

「貴女は…あの大事故が、本当は大事故ではなかったと知っている…軍か王国の関係者なんじゃないですか? いくら何でも、のあった場所に無関係者が同伴者もなく来られるなんて…流石に無理が過ぎる。それに、こんな宵の刻になって聖堂に訪れたのも…本当はそれまでの時間、この現場を見て回っていたからなんじゃないですか…?」

 不確定要素も多い、あくまでも妄想のような推測だった。
 だが、女性は直ぐに否定することもなく。
 また、暫しの間をおいてから口を開く。

「ええ…私は、あのが本当はであることを知ってるわ」

 再びヤヲの胸の奥に、ドンと何かが重く圧し掛かる。
 その苦しみに眉を顰める。

「では…多くを語らずとも解るはずです…こんなところをうろついていた僕の正体も。僕の犯した過ちも…この出で立ちから……」

 そう言いながら、ヤヲは懐から例のペンダントと手紙を取り出した。
 それは彼が唯一縋れる、罪の証だった。

「これ、は…?」

 明らかに動揺した声の女性を後目に、ヤヲは深く頭を下げ、告白する。

「僕は…あの大事件を引き起こした反乱組織の生き残りです。憎き相手に復讐するべく武器を取ってその相手を討ち果たし、他にもいくつもの命を奪った…手紙とペンダントはその証拠です」

 ヤヲは事実と嘘を織り交ぜながら話し、女性はその言葉に耳を傾ける。
 と、彼女はおもむろにペンダントへと視線を落とす。

「ペンダントは復讐相手から引き千切った戦利品…そして手紙には恐らく、反乱組織についての一文が書かれているかと思います」

 銀製の簡素な装飾で出来ているペンダント。
 その銀板には『哀しい時求める愛よ』と、刻まれていた。
 女性はその言葉の意味に、覚えがあった。
 古代クレストリカ美語で、その言葉は『スバル』と呼ぶ。
 スバル。それは、姉と義兄が揉めに揉めながら決めたという、二人の愛息と同じ名前であった。

「これを付けていた方が…貴方の復讐相手、だったの…?」
「はい……ですが、討ち果たした今はしがらみのようにその者の姿が僕の目の奥から離れません……可笑しな話ですよね。他にもいくつもの命を奪ったというのに、呪いのように一番憎かったはずの相手が、未だ忘れられないでいる……」

 彼の言葉は罪の告白ではなく、ただの懺悔となっていた。
 だが彼自身はそのことに気付くこともなく。女性もただ黙って耳を貸す。

「後悔…しているの…?」
「している。なんて言ってしまったら…僕は自分で決めたこれまでの選択や、覚悟までもを否定しまうことになる…それだけはしたくありません。後悔していることと言えば…復讐を成し遂げた代償の重大さに…今更になって気付いたことくらいです」

 そう言ってヤヲはぎこちなく笑う。
 が、其処で彼は自身が余計な話まで語っていたことに気付く。

「すみません…余計なことまで喋りました。ともかく、貴女はあの大事件の一因である僕を裁ける立場にあります。だから…どうか…僕で、復讐を果たしてくれませんか…?」

 ヤヲは女性の前へと跪き、その頭を下げる。
 彼女が見下す視線を、ヤヲは感じ取る。

「確かに…私の家族を手に掛けた相手がのうのうと生きていたら、きっと私はその人をこの世の誰よりも憎むと思うわ」

 その声が、先ほどよりも低く、暗くなっていくのを感じ取る。
 罵ってくれれば良い。憎むも自由だ。国や軍に突き出されても仕方がない。その手で下してくれても構わない。
 それが一番楽になれる方法だと、ヤヲは思った。
 不意にあの女軍人が最期に言っていた言葉を、彼は思い出す。

『…それが…私の、せめての贖罪……』

 そうか。ならばこれが僕の贖罪だ。と、ヤヲは静かにそのときを待つ。
 だが、その一方で彼の脳内ではずっと『生きて』という、の言葉が繰り返されていく。
 彼女たちの願いに背くことも罪になるかもしれないが、それでもヤヲはこれで良いのだと、自分に言い聞かせた。
 これが復讐者の末路なのだと、自身が裁かれるその瞬間を待ち望んだ。






    
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

魔法のせいだからって許せるわけがない

ユウユウ
ファンタジー
 私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。  すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

決して戻らない記憶

菜花
ファンタジー
恋人だった二人が事故によって引き離され、その間に起こった出来事によって片方は愛情が消えうせてしまう。カクヨム様でも公開しています。

大好きなおねえさまが死んだ

Ruhuna
ファンタジー
大好きなエステルおねえさまが死んでしまった まだ18歳という若さで

男装の皇族姫

shishamo346
ファンタジー
辺境の食糧庫と呼ばれる領地の領主の息子として誕生したアーサーは、実の父、平民の義母、腹違いの義兄と義妹に嫌われていた。 領地では、妖精憑きを嫌う文化があるため、妖精憑きに愛されるアーサーは、領地民からも嫌われていた。 しかし、領地の借金返済のために、アーサーの母は持参金をもって嫁ぎ、アーサーを次期領主とすることを母の生家である男爵家と契約で約束させられていた。 だが、誕生したアーサーは女の子であった。帝国では、跡継ぎは男のみ。そのため、アーサーは男として育てられた。 そして、十年に一度、王都で行われる舞踏会で、アーサーの復讐劇が始まることとなる。 なろうで妖精憑きシリーズの一つとして書いていたものをこちらで投稿しました。

父が再婚してから酷い目に遭いましたが、最終的に皆罪人にして差し上げました

四季
恋愛
母親が亡くなり、父親に新しい妻が来てからというもの、私はいじめられ続けた。 だが、ただいじめられただけで終わる私ではない……!

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

側妃ですか!? ありがとうございます!!

Ryo-k
ファンタジー
『側妃制度』 それは陛下のためにある制度では決してなかった。 ではだれのためにあるのか…… 「――ありがとうございます!!」

処理中です...