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第三篇 ~漆黒しか映らない復讐の瞳~
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しおりを挟む「お待たせしてごめんなさい。それじゃあそろそろ日の出も近いことだし、出ましょう―――」
「―――ところで、貴女は何故こんな時間に参拝をしようと思ったのですか…?」
女性の言葉を遮るように、ヤヲはおもむろに尋ねる。
当然と言えば当然の疑問であるが、彼はある推測をしていた。
ヤヲに尋ねられた女性は暫く沈黙したの後、静かにその重い口を開く。
「……先日、この周辺で不幸な大事故が起こったのは知っているかしら。嫡子様がご無事であったことは幸いだったけれど…多くの王族様や護衛をしていた兵たちが命を落とし、傷を負った……私の大切な家族も巻き込まれて亡くなってしまったの」
直後、ヤヲの心臓が飛び出そうなほどに高鳴った。
締め付けられ、そのせいか呼吸は自然と早く浅くなる。
「―――とてもやりきれない気持ちになったわ。それだけじゃないわ…こう見えてもぐちゃぐちゃな気持ちになって酷く落ち込んでね…だから縋ってみたくなったの。女神様なら私を救ってくれるんじゃないかって…」
女性はそう言いながら静かに、優しく結晶体を撫でる。
「それで立入禁止になっているところだけど、知り合いの方にかなり無理を言って…特別に許可を貰ってくれたのよ…」
流しているのは涙なのだろうか、すすり泣く声が微かにヤヲの耳に届く。
突き刺さったような痛み―――苦しみにヤヲは胸元を押さえる。
と、彼の指先が、懐のそれに当たった。
(そうか…僕が罰を受けるのは……今、なのかも…しれない)
「ごめんなさい」と涙声で話す女性へ、ヤヲは真正面に向き合って、言った。
「―――もしも、僕がその大事故の原因だったと言ったら…どうしますか…?」
「…え?」
彼女の、驚いた声が聞こえる。
表情を見る事は出来ないが、その様子は想像に容易く。
ヤヲは続けて告げる。
「貴女は…あの大事故が、本当は大事故ではなかったと知っている…軍か王国の関係者なんじゃないですか? いくら何でも、あんなことのあった場所に無関係者が同伴者もなく来られるなんて…流石に無理が過ぎる。それに、こんな宵の刻になって聖堂に訪れたのも…本当はそれまでの時間、この現場を見て回っていたからなんじゃないですか…?」
不確定要素も多い、あくまでも妄想のような推測だった。
だが、女性は直ぐに否定することもなく。
また、暫しの間をおいてから口を開く。
「ええ…私は、あの大事故が本当は大事件であることを知ってるわ」
再びヤヲの胸の奥に、ドンと何かが重く圧し掛かる。
その苦しみに眉を顰める。
「では…多くを語らずとも解るはずです…こんなところをうろついていた僕の正体も。僕の犯した過ちも…この出で立ちから……」
そう言いながら、ヤヲは懐から例のペンダントと手紙を取り出した。
それは彼が唯一縋れる、罪の証だった。
「これ、は…?」
明らかに動揺した声の女性を後目に、ヤヲは深く頭を下げ、告白する。
「僕は…あの大事件を引き起こした反乱組織の生き残りです。憎き相手に復讐するべく武器を取ってその相手を討ち果たし、他にもいくつもの命を奪った…手紙とペンダントはその証拠です」
ヤヲは事実と嘘を織り交ぜながら話し、女性はその言葉に耳を傾ける。
と、彼女はおもむろにペンダントへと視線を落とす。
「ペンダントは復讐相手から引き千切った戦利品…そして手紙には恐らく、反乱組織についての一文が書かれているかと思います」
銀製の簡素な装飾で出来ているペンダント。
その銀板には『哀しい時求める愛よ』と、刻まれていた。
女性はその言葉の意味に、覚えがあった。
古代クレストリカ美語で、その言葉は『スバル』と呼ぶ。
スバル。それは、姉と義兄が揉めに揉めながら決めたという、二人の愛息と同じ名前であった。
「これを付けていた方が…貴方の復讐相手、だったの…?」
「はい……ですが、討ち果たした今はしがらみのようにその者の姿が僕の目の奥から離れません……可笑しな話ですよね。他にもいくつもの命を奪ったというのに、呪いのように一番憎かったはずの相手が、未だ忘れられないでいる……」
彼の言葉は罪の告白ではなく、ただの懺悔となっていた。
だが彼自身はそのことに気付くこともなく。女性もただ黙って耳を貸す。
「後悔…しているの…?」
「している。なんて言ってしまったら…僕は自分で決めたこれまでの選択や、覚悟までもを否定しまうことになる…それだけはしたくありません。後悔していることと言えば…復讐を成し遂げた代償の重大さに…今更になって気付いたことくらいです」
そう言ってヤヲはぎこちなく笑う。
が、其処で彼は自身が余計な話まで語っていたことに気付く。
「すみません…余計なことまで喋りました。ともかく、貴女はあの大事件の一因である僕を裁ける立場にあります。だから…どうか…僕で、復讐を果たしてくれませんか…?」
ヤヲは女性の前へと跪き、その頭を下げる。
彼女が見下す視線を、ヤヲは感じ取る。
「確かに…私の家族を手に掛けた相手がのうのうと生きていたら、きっと私はその人をこの世の誰よりも憎むと思うわ」
その声が、先ほどよりも低く、暗くなっていくのを感じ取る。
罵ってくれれば良い。憎むも自由だ。国や軍に突き出されても仕方がない。その手で下してくれても構わない。
それが一番楽になれる方法だと、ヤヲは思った。
不意にあの女軍人が最期に言っていた言葉を、彼は思い出す。
『…それが…私の、せめての贖罪……』
そうか。ならばこれが僕の贖罪だ。と、ヤヲは静かにそのときを待つ。
だが、その一方で彼の脳内ではずっと『生きて』という、彼女たちの言葉が繰り返されていく。
彼女たちの願いに背くことも罪になるかもしれないが、それでもヤヲはこれで良いのだと、自分に言い聞かせた。
これが復讐者の末路なのだと、自身が裁かれるその瞬間を待ち望んだ。
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