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第三篇 ~漆黒しか映らない復讐の瞳~
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しおりを挟む成るべくして、成った争い。
それはヤヲの望んでいたものであるが、願ってまでいた光景でもなかった。
けたたましい叫び。重なる金属音。敵味方問わず放たれる殺気と様々な臭い。
そんな状況に本来ならば恐怖するか、眩暈と反吐に襲われることだろう。
だが、ヤヲの場合は違った。
「これは…薬の、副作用か……?」
義眼と義手が―――その核となるエナが疼くような感覚。
理性を捨てて、本能のまま暴れろと何かが渦巻き過熱していくのだ。
思わず、その場の空気に、興奮し昂る空気に、飲まれてしまいそうになる。
自身の異変に動揺を隠せないヤヲであったが、戸惑っている余裕もなかった。
敵の刃は直ぐそこまで迫っていた。
「うあぁあっ!!」
掛け声と共に白煙の向こうから現れた槍。
ヤヲは瞬時に身体を捩じらせ、かわす。
冷静に左腕を構え直すとヤヲは地を蹴り、兵士の懐へと飛び込んだ。
兵士が槍を反す隙も与えず、ヤヲの左手は兵の喉元を狙う。
呻き声と共に力無く倒れる兵士。
休む間もなく、すぐさまヤヲは左手の刃を切り替えし、襲い来る他の兵士たちへと切りかかっていく。
数人掛かりで一斉に突き出す槍の一撃。
ヤヲを囲うように攻めた彼らであったが、そこにヤヲはなく。
宙に跳んだ彼はその体勢のまま、兵士たちに左手を向けた。
右手が間接のスイッチを押せば仕掛けが動き、ナイフのように尖った指先が一斉乱射される。
猛毒が塗られた刃は、かすり傷だろうと当たれば致命傷となる。
「うぅ、ぐ…」
「身体、が…!」
苦しみ喘ぎながら次々と崩れる兵士たち。
そんな彼らを横切り、ヤヲは更に駆け出す。
新たに迫り来る兵士に立ち向かいつつ、彼は彷徨い始めた。
(あの女軍人は何処だ! いや…それより仲間は、リデは、何処だ…?)
いつの間にか、周囲から仲間の声が聞こえなくなっていた。
その姿を探そうにも襲い来る兵士たちの波は止みそうになく。
例の女軍人の姿どころか、アマゾナイトの姿さえも此処には見当たらない。
ヤヲは兵士を確実に仕留めながら、仲間を、リデを、女軍人を探し始めた。
白煙が薄れ始め、辺りの光景がようやく見えるようになってくる。
足場には倒れるゾォバの仲間と兵士の姿。
鮮血に塗れ、散乱する料理や食器の数々。
破壊されたテーブルや椅子。
未だ戦う仲間の姿もあるが、それは異常なまでに殺気立っていた。
「あぁぁあっ!!」
彼らは最早雄叫びなのか喘ぎなのかもわからない声を張り上げ、がむしゃらに戦っていた。
その気迫に満ちた姿はまるで人ではない何かになってしまったかのようで。それが先ほどまで一緒にいた、同じ仲間なのかと思わず疑ってしまうほどであった。
「何だ…何かが……何かが、可笑しい……」
ようやくヤヲはこの計画の、『革命』の異変に気付いた。
確かめようにもこの場には何故かロドの姿も、リデの姿も、レグとニコさえも。見当たらなくなっていた。
「とにかく…まずはこの場から、逃げないと……」
外から砲撃の加勢は一向になく。
一方で、国王騎士隊側は次々と増援が駆けつけているようであった。
このまま此処に居ても、ただただ国王騎士隊に捉まってしまうだけ。
しかし窓や扉から素直に逃げても、格好の的であることも明白だった。
と、ヤヲはある声に気付いた。
「だれ、か…」
騒音にかき消されるような、微かな声。
仲間かと思いヤヲはその声がする方へ近付く。
だがそこに居たのはゾォバの仲間ではなく。
「おねがい、します…この方…だけは……」
折り重なるように倒れている従者たち。
既に事切れている者もいるその一番真下で、虫の息でいた一人の侍女。
彼女が命辛々ヤヲに託したものは、小さな揺り籠だった。
数多の命と引き換えに守られたのだろうその中には、赤ん坊の姿があった。
(国王の嫡男…)
こんな状況であるというのに、その赤ん坊は無邪気な顔で眠っていた。
「なんてものを…託してくれる……」
しかし、その侍女には最早生気がなかった。
最期の力を振り絞ってしまったのだろう。
相手が誰かも確認する余裕もなかったほどに、必死だったのだろう。
(憎き血を受け継ぎし赤子、か……)
国王が倒れた今、次期国王の座はこの赤子のものとなる。
次の国王であるこの赤子も今此処で討ってしまえば、この王国は真に終わるのではと、誰かの囁きが聞こえてくる。だが同時に、赤子に罪はないだろうと、別の囁きも聞こえてくる。
「だが…だが……王国も、沢山の罪なき子や赤子を手に掛けた……!」
脳裏に過る、愛した者と生まれてくるはずだった命の姿。
男の子だったのか、女の子だったのか。それさえも知ることが出来なかった命。
鮮血に濡れた手で頭を抱え、悩むヤヲ。やがて、揺り籠の中の赤ん坊がぐずつき始め、泣きじゃくり始めた。
このまま泣き続けられては、むしろ兵士たちに見つかってしまう―――。
ヤヲは焦り、息を呑む。
彼は迷った挙句、赤ん坊へと左手を翳した。
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