上 下
226 / 313
第三篇 ~漆黒しか映らない復讐の瞳~

48案

しおりを挟む
    







「まさか…いつの間にかロム使いになっていたというのか…僕は…」
「そう聞いたかも、確か。選ばれた人間は対象に触れることでエナを操れるんだってね」
 
 隠れ里ではヲーニイーアにしか使えなかった秘術。
 それを会得出来ればと願った時期もあったが、こればかりは生まれ以っての才であると言われ、すっかり諦めていた力でもあった。

「まさか…今頃選ばれていても……何の役にも立たたないだろうに…」

 複雑な心境に俯き、悲観するヤヲ。
 そんな彼を後目にチェン=タンは飲み薬をずずいっと彼の目の前に押し出す。

「飲むの飲まないの? そんなことは良いからー。けど今飲んどかないと『革命』決行のときに目と腕使えないよー?」

 チェン=タンはそう意地悪っぽく言って笑う。
 ヤヲは顔を顰めつつも、仕方なく飲み薬を受け取った。
 無味無臭の、透き通った緑色の液体。
 それまでは必要なものだと信じて摂取していたが、改めて見直すとそれはとても悍ましい激物にしか見えなくなっていた。
 だが、これを飲まなければ義眼も義手も燃料不足となり動かなくなってしまう。
 そうなれば望んでいた復讐も果たせなくなってしまう。
 ヤヲには飲む以外の選択肢はなかった。
 彼は意を決してそれを飲み込んだ。

「う、ぐっ……!!」

 喉元を流れ落ちていく感触と共に、ヤヲはこれまでとは違う感覚に襲われた。
 疲れ、苛立ち、不安…そう言った負の感情から解放してくれるような快感。
 だがその一方で爆発的な全身の活性化が、熱さと激痛となってヤヲを襲う。
 炎で焼かれるような熱さと針で刺されたような痛み。
 思わず手にしていたガラス瓶を落とし、ヤヲはその場に蹲る。

「―――ッ…これ、は……?」

 恐ろしいのはそんな痛みすら快感と錯覚しそうになっていること。
 ヤヲは意識を失いそうになるが、寸でのところで何とか精神を落ち着かせ、意識を保てた。
 全身から吹き出る汗と涙をそのままに、ヤヲはチェン=タンを睨み上げた。

「やっぱ君最高だね、すごいすごい!」
「いつもの…薬とは…違うじゃない、ですか…こんなこと、今まで一度も…なかった…!」

 崩れ落ち、両膝をついたまま尋ねるヤヲ。
 片やチェン=タンはといえば、無邪気にはしゃぎ、喜びに拍手をしていた。

「配合強めてみたんだ。いつもよりちょっと。これで今まで以上にパワーアップ!」
「馬鹿か貴方は! 今のは確実に…命に係わる状態だった…」

 間違いなく、あの感覚は死の一歩手前だった。
 激痛の感覚こそ落ち着いてきたものの、薬の副作用なのか身体中が震えていた。

「でも君生きてるし、何も後遺症もないみたいだし、やっぱ『選ばれた人間』はすごいねー」
「これ…誰かで試しているんですか…」
「内緒だね、それは」

 他人事の口振りにヤヲの苛立ちは募る。
 だが深く呼吸を繰り返し心落ち着かせると、ヤヲは辛うじてその場から立ち上がり、静かに踵を返した。

「もう良いです…ただし」

 ヤヲの足が止まる。

「貴方との関係はこれで終わりです」
 
 顔を顰めたのはチェン=タンだった。
 彼は急ぎ歩み寄り、ヤヲの顔を覗き込もうとする。

「どして? エナがないと君の腕と目は…」

 しかしヤヲは答えることなく歩き出した。
 チェン=タンの呼びかけに振り返ることも、止まることもしない。
 一人になり、ヤヲは鋼鉄の義手を強く握り締めた。
 復讐を誓う今において義手これは必要不可欠な武器だ。
 が、目的を果たした際には不要となるもの。
 復讐が叶った暁には、彼は義眼も義手も手放そうと思っていた。

(それにこれ以上、エナと…チェン=タンと係わるべきじゃない…)

 それに常々思っていた。チェン=タンと―――彼が扱う品々と、これ以上繋がりを持ってはいけないと。
 彼に近付けば近付くほど、関われば関わるほど。深い深い泥濘の奥底に沈められていくような不穏な感覚に陥ってならないのだ。

(復讐さえ…あの女さえ倒せられれば……)

 薬の作用か、何度か倒れそうになりながらも、ヤヲは何とか宿へと戻っていく。
 その後の記憶は曖昧だった。
 どういった足取りを辿ったのか、誰と話したか話していないかも覚えていなかった。
 ただ覚えていたのは、暗く深い闇の中に落ちていくかのような、そんな泡沫の夢だけだった。






   
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

隠された第四皇女

山田ランチ
ファンタジー
 ギルベアト帝国。  帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。  皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。 ヒュー娼館の人々 ウィノラ(娼館で育った第四皇女) アデリータ(女将、ウィノラの育ての親) マイノ(アデリータの弟で護衛長) ディアンヌ、ロラ(娼婦) デルマ、イリーゼ(高級娼婦) 皇宮の人々 ライナー・フックス(公爵家嫡男) バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人) ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝) ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長) リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属) オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟) エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟) セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃) ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡) 幻の皇女(第四皇女、死産?) アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補) ロタリオ(ライナーの従者) ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長) レナード・ハーン(子爵令息) リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女) ローザ(リナの侍女、魔女) ※フェッチ   力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。  ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

婚姻初日、「好きになることはない」と宣言された公爵家の姫は、英雄騎士の夫を翻弄する~夫は家庭内で私を見つめていますが~

扇 レンナ
恋愛
公爵令嬢のローゼリーンは1年前の戦にて、英雄となった騎士バーグフリートの元に嫁ぐこととなる。それは、彼が褒賞としてローゼリーンを望んだからだ。 公爵令嬢である以上に国王の姪っ子という立場を持つローゼリーンは、母譲りの美貌から『宝石姫』と呼ばれている。 はっきりと言って、全く釣り合わない結婚だ。それでも、王家の血を引く者として、ローゼリーンはバーグフリートの元に嫁ぐことに。 しかし、婚姻初日。晩餐の際に彼が告げたのは、予想もしていない言葉だった。 拗らせストーカータイプの英雄騎士(26)×『宝石姫』と名高い公爵令嬢(21)のすれ違いラブコメ。 ▼掲載先→アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

勇者の凱旋

豆狸
恋愛
好みの問題。 なろう様でも公開中です。

処理中です...