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第三篇 ~漆黒しか映らない復讐の瞳~
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しおりを挟む宿の裏手―――人気のない場所へとチェン=タンを連れ出したヤヲは、早々に用件を聞く。
「それで…用事とは何ですか?」
「素っ気ないねえ、相変わらず。組織の人たちとはすっかり打ち解けてるみたいなのにさ」
ため息交じりにそう言うチェン=タン。
「運命ってやつ? すっごいよね。まだ一月も経ってないっていうのに」
彼はクスクスと笑みを零し、ヤヲを見つめる。
そんな挑発めいた言動を見せるチェン=タンへ、ヤヲは眼光鋭く睨みつける。
と、チェン=タンはつまらなそうに唇を尖らせながら答えた。
「…はいコレ。いつもの、渡しとこうと思って」
そう言って懐から取り出した一つの小瓶。
「…飲み薬、ですか…」
「そうそう、そろそろ薬が切れる時間でしょ? だから、ね」
透明の小瓶に入れられた飲み薬―――それはヤヲの義手、そして義眼の痛みを和らげるための鎮痛薬として渡されていたものだった。
一日一回。それを飲まなければ激痛に襲われ、義手と義眼は機能しなくなると、チェン=タンに言われていた。
だからヤヲは言われた通り処方された薬を飲んでいた。それがどういった成分か疑うこともせずに。
「あれ、どしたの?」
受け取ることを渋るヤヲにチェン=タンは首を傾げる。
「…先日、浴槽で浸かっていたロドを見ました」
「あ、見たんだアレ。大変そうだよね、浸かり続けないといけないから」
「それは何故ですか…?」
「何故ってそれはもちろん―――」
ヤヲの脳裏に蘇るあの日の光景。
浴槽で単なる湯ではない何かの液体に浸かるロドの姿。
あの液体の、独特な発光したかのような緑色。
その色にヤヲは身に覚えがあった。
この色だった。今チェン=タンが手にしている飲み薬と称された液体と同じ色だったのだ。
「―――義心臓の機能が止まらないようにするためじゃん。液体化したエナを皮膚から吸収させて、ね」
チェン=タンは悪びれる様子もなく純粋無垢な顔でそう答えた。
チェン=タンの言葉を聞いたヤヲはその動揺と憤りを彼にぶつけた。
胸倉に掴みかかり、困惑する目の前の男を睨みつけた。
「じゃあその飲み薬もエナだということですか! 義眼と義手を動かすために…僕はエナを……晶を飲まされていたんですか…!」
神聖なる父の力であり、有事以外にその力を借りてはならないと伝では語り継がれている未知のエネルギー。
その教えに背き、エナの力を借りて義眼と義手が動いていること自体はヤヲも承知していた。
それを動かすためエナの供給が必要だというならば、仕方なく受け入れてもいたことだろう。
だがしかし。ヤヲが許せなかったのはそんなことではない。
「エナが人にとっては猛毒だと…貴方は知っていながら僕に飲ませていたんですか…!?」
エナを直接摂取することは、毒薬を飲むことと同等だと云われていた。
事実エナ石を誤って口にして命を落としたという話は少なくはないのだ。
なのに、チェン=タンはその飲み薬が液体化されたエナであることを伏せていた。
何も知らずに、ヤヲは毒物を飲まされ続けていたのだ。
「怒るほどのことじゃないじゃん? だって今生きてるわけだし。聞かなかった君も悪いじゃん」
「そんなものを渡されると誰が思うか…! それに本来のエナ石は透明であんな色ではなかったはず…」
掴んでいた胸倉を離させ、伸びてしまった胸元を雑に払うチェン=タン。
彼はため息交じりに言った。
「ワシがわざと色付けたの。透明だからこそね。だってそうしないとただの水だと思って捨てられちゃったり飲まれちゃったりするかもじゃん?」
反省の素振りどころか、チェン=タンは何も悪くないといった様子でいた。
むしろ取り乱したヤヲの方が悪い、といった具合だ。
「エナは毒じゃないよ、それに。無機物だけじゃなく生物にだってね、エナは多かれ少なかれ宿ってるの。ただ一気に吸収しちゃうと中毒症状が出て大体の人が死んじゃうってだけ。アルコールと一緒。だから本来はロドみたいに液体化エナに浸かってゆっくり皮膚から染み込ませる方法が一番安全ってだけのこと」
チェン=タンは口角を吊り上げながら話す。
「…でもね、稀にいるの。ちゃんと吸収できちゃうエナに強い人間てのが。そういう人間はエナを飲んでも…死んだりしない」
まあ端的に言えば『選ばれた人間』って奴。
そうチェン=タンは付け足す。
「説明不足だったワシも、確かに悪かったけど…それは君がそもそもエナに『選ばれた人間』であるからこそなんだよ?」
「そんな…まさか……僕が、エナに選ばれていた…?」
ヤヲは思わず自身の両手を見つめる。
エナ―――晶に選ばれし者は晶を意のままに操ることができる。
それは伝においてはこう呼ばれていた。
晶使い、と。
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