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第三篇 ~漆黒しか映らない復讐の瞳~

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「俺はちょっと前まではアマゾナイトの人間だった。お前らを狩る側だった」

 男の言葉に少女は心臓を高鳴らせる。
 思わず逃げようとする少女の手を掴み、男は自身の胸元を強引に触らせた。
 突然の行為により一層と驚く少女。
 だがそれ以上に驚いたのは、その胸から伝わってくるはずのものが、感じ取れなかったからだ。
 少女は恐る恐る顔を近付け、男の胸元に耳を寄せる。
 しかし、それでも『それ』は、感じ取れない。

「心臓…が…」

 確実にあるはずの心臓の鼓動が、そこから全く伝わってこなかったのだ。
 思わず少女は男の顔を見つめる。彼の表情がそれで窺い知れるわけではなかったが、見上げずにはいられなかった。
 心臓が動いていないということは、それは生きていないということ。死んでいるということ。それは少女でも解っている常識だ。
 だが、男の口からは言葉が紡ぎ出され、手からは温かな感触が伝わってくる。
 何故かはわからないが、彼には鼓動がないというのに、しかし生きていたのだ。

「あるとき…ネフ族のガキを逃がしてやった。が、それを知った上官が謀反だって喚いてな…で、責任を取って自刃しろと剣を渡された」

 少女は静かに息を飲み込む。

「逃げることは出来なかった。家族を脅しに使われたからな……で、死にゆく最中思ったんだよ。俺はこんな理由で死ぬ人生だったのかよ…そりゃあまりにも馬鹿馬鹿しいってな…」

 今度生まれ変わったら、こんな歪んだ国は俺が変えてやる。
 そう世界を呪いながら男は死んだ。
 そしてその死は隠ぺいされネフ族たちにより命を落としたとされ、男の亡骸はネフ族たちのそれらと共に捨てられた―――はずだった。

「だが俺は生きた。生き返った。亡骸の俺をわざわざ拾い、わざわざエナ製の心臓を与えてくれた人間がいたんだ」

 男を助けた人間は、仮面の下から覗かせる口角を上げながら言ったという。
 『虚しく捨てられた悲しき貴方の願いを、叶える手助けをしてあげましょう』と。
 それから、仮面男は彼に数多の力を無償で提供してくれたという。
 王国もアマゾナイトも持っていない、行き過ぎた技術と兵器。それと武力。
 そうして彼は今、国に反旗を翻すべく組織を立ち上げ、ここにいる。
 



「俺は既に死人だが、この力がある限り負けない…そう思う度に武者震いが止まらねぇ」

 男の身体は確かに震えていた。
 彼の胸元に触れたままの少女はそう感じた。
 だがその震えに恐怖や畏怖は感じられない。
 恐ろしいまでの執念と意志で出来た震えだと、幼い少女でも感じ取れた。

「―――大切な故郷も、仲間も、家族も、両目さえも失った。なのにお前はここまで辿り着けた。それは生き抜こうとする強い意志のたまものだ。だから、お前なら恐怖にだって打ち勝てる。あいつらをぶっ潰すことも出来る…!」

 俺はそんなお前が必要なんだ。そう、男は付け足した。
 その言葉の威力は、恐ろしいものだった。
 いつの間にか少女に震えはなくなっていた。
 代わりに、強い鼓動の高鳴りを、血潮の湧き立ちを全身から感じた。
 死人になってまでこの王国を変えたいという強い想い。
 そんな眩い彼に、強いと言われたことが、必要なんだと言われたことが、少女は何よりも嬉しかったのだ。
 こんな害虫のように扱われている自分にも、いて良い場所があるんだと思わせてくれたことが、何よりも喜ばしかったのだ。

「…私…役に立てるかな…?」
「役に立てるに決まってんだろ。そうじゃなくとも俺が鍛えてやる。よし、景気づけにまずは腹ごしらえだ。たんと食え!」

 その会話を聞いていた店主は、ため息交じりに追加の調理を再開した。
 嫌々そうに愚痴をこぼす店主であったが、少女にはそれが喜んでいるように聞こえた。

「そういや名前がまだだったな」
「わ、私は…」
「いや、それまでの名前は捨てろ。この組織に入ったからには生まれ変わった気持ちになれ―――そうだな…」

 暫く無言で何やら考えている様子の男は、何か閃いたらしく少女に言った。

「リデ」
「リデ…?」
「古代クレストリカの美語ってので『闇の聖女』の意味を持つ。闇の中を生きる聖女…悪かねぇだろ? 因みに俺はロド。その意味は『無の英雄』だ」

 少女は何度か新たな名前を繰り返し、それから笑った。
 香ばしい香りが立ち込める店内で、二人はこうして王国の改変を誓いあった。
 それは『ただの少女』が『リデ』という組織の一員に生まれ変わった瞬間でもあった。






   
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