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第三篇 ~漆黒しか映らない復讐の瞳~
38案
しおりを挟む男は少女を連れ、建物の外―――宿の外へと出た。
が、その肌が外気に触れただけで恐怖が蘇り、彼女は思わず立ち竦んでしまう。
すると男はそんな彼女を包むように自身の外套を羽織らせた。
「風邪引かれたら困るのは俺だからな」
そう言い訳しつつ、男は町中を歩き出す。
外套のお蔭もあったが、不思議と少女を呼び止める声も、視線も気配すら感じなくなっていた。
おそらく、男がわざと人のいない通りを選んでくれているのだと少女は思った。
未だ肌に刺さるほどの冷たい雨が降り続く中。掴む男の手だけが、少女を温めていた。
そうして辿り着いた場所。それは何処かの店のようだった。
人気はなく、感じるのは冷たく湿った空気と、外から聞こえてくる雨音だけ。
「―――親父、いつものもん二つ頼む」
少女が一人戸惑う中、『親父』と呼ばれた店主は直ぐに何やら作業に取り掛かっていた。
と、男は不安がる少女を強引に椅子へ座らせた。
「此処は俺の顔が利くし、お前みたいなのも御用達だ。遠慮すんな」
そう言ってテーブルをバンバンと力強く叩く男。
それから直ぐ「店壊すなよ」と、店主の怒鳴り声が聞こえてきた。
どれくらいの時間が経ったことか。
実際は大した時間も経っていなかったかもしれない。だが少女にしてみればそれはとても長い時間に感じた。
だがそれは無理もない。
先ほどから店内では空腹感を刺激する匂いが漂っていた。
呼吸する度に嗅いでしまう香ばしい匂い。
その間少女はずっとお腹をぐるぐると鳴らし続けていたのだ。
「ほらよ」
男がそう言ったのはそれから間もなくだ。
少女の目の前に置かれた何か。
温かな湯気と香り。
いても経ってもいられず、少女はそれに手を伸ばした。
串に予め巻かれてあるそれは、とても熱く、そして美味なものだった。
この世のものとは思えない、生まれて初めて食べた味。
そして何よりも、久々の食事に少女は感動した。
「美味いだろ? 他じゃあ中々食えねえ秘伝のタレだからな」
口角を上げながら少女を覗き込む男。
少女はただ黙々と口を動かしながら、頷いていた。
「ありがとう」
まさかこんな自分に優しくしてくれる人に出会えるなんて、思わなかった。
こんな美味しいものが食べられるなんて、思わなかった。
そう思った直後、少女の身体は震えた。
「あり、が、ど…」
もう二度と、流れることはないと思っていたその瞳から、涙が溢れ出た。
ついでに鼻水も溢れ出しながら、彼女は何度も何度も礼を言った。
「きたねえって…」
男は照れくさそうに目線を逸らし、そうポツリと呟いていた。
今まで食べ忘れていた分を取り戻すかの如く少女の食事が続く中。
おもむろに男が言った。
「―――なあ、俺の組織に入らねえか?」
少女の手が止まる。
「組織ってのはな…まあ、この国の悪いもんをぶっ壊すための集まりって感じだな」
活動は主に武力行使。
王国のアマゾナイトの力を削いだり、お偉いさんを襲って国を変えるよう訴えたりする。
少女にもわかりやすくそう説明する男。
だが、10歳もいかない少女にその内容はまだ難しく、首を傾げることしかできない。
「よく…わかんない…でも、国の人は怖い……」
温かさを取り戻していた少女の背筋が再び凍り付いた。
彼女の脳裏に過ったのは、圧倒的な武力を見せつけてきたアマゾナイトの姿だ。
あっという間に少女の故郷を襲い、老若男女問わず命を刈り取っていった。
母が自らを犠牲に逃がしてくれなければ今頃どうなっていたことか。
その記憶に、少女の身体は震え始める。
「怯える気持ちはわかる。だがな…この世で最も恐ろしいのはな、自分が何にもやり残せず死んだときだ」
男は少女を一瞥した。
彼が貸した外套に隠れた青色の髪、そして今は光を宿していない紅い目。
人々が忌み嫌う一族―――ネフ族である少女を、男は真っ直ぐに見つめる。
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