上 下
216 / 308
第三篇 ~漆黒しか映らない復讐の瞳~

38案

しおりを挟む
    






 男は少女を連れ、建物の外―――宿の外へと出た。
 が、その肌が外気に触れただけで恐怖が蘇り、彼女は思わず立ち竦んでしまう。
 すると男はそんな彼女を包むように自身の外套を羽織らせた。

「風邪引かれたら困るのは俺だからな」

 そう言い訳しつつ、男は町中を歩き出す。
 外套のお蔭もあったが、不思議と少女を呼び止める声も、視線も気配すら感じなくなっていた。
 おそらく、男がわざと人のいない通りを選んでくれているのだと少女は思った。
 未だ肌に刺さるほどの冷たい雨が降り続く中。掴む男の手だけが、少女を温めていた。



 そうして辿り着いた場所。それは何処かの店のようだった。
 人気はなく、感じるのは冷たく湿った空気と、外から聞こえてくる雨音だけ。

「―――親父、いつものもん二つ頼む」

 少女が一人戸惑う中、『親父』と呼ばれた店主は直ぐに何やら作業に取り掛かっていた。
 と、男は不安がる少女を強引に椅子へ座らせた。

「此処は俺の顔が利くし、お前みたいなのも御用達だ。遠慮すんな」

 そう言ってテーブルをバンバンと力強く叩く男。
 それから直ぐ「店壊すなよ」と、店主の怒鳴り声が聞こえてきた。



 どれくらいの時間が経ったことか。
 実際は大した時間も経っていなかったかもしれない。だが少女にしてみればそれはとても長い時間に感じた。
 だがそれは無理もない。
 先ほどから店内では空腹感を刺激する匂いが漂っていた。
 呼吸する度に嗅いでしまう香ばしい匂い。
 その間少女はずっとお腹をぐるぐると鳴らし続けていたのだ。

「ほらよ」

 男がそう言ったのはそれから間もなくだ。
 少女の目の前に置かれた何か。
 温かな湯気と香り。
 いても経ってもいられず、少女はそれに手を伸ばした。
 串に予め巻かれてあるそれは、とても熱く、そして美味なものだった。
 この世のものとは思えない、生まれて初めて食べた味。
 そして何よりも、久々の食事に少女は感動した。

「美味いだろ? 他じゃあ中々食えねえ秘伝のタレだからな」

 口角を上げながら少女を覗き込む男。
 少女はただ黙々と口を動かしながら、頷いていた。

「ありがとう」

 まさかこんな自分に優しくしてくれる人に出会えるなんて、思わなかった。
 こんな美味しいものが食べられるなんて、思わなかった。
 そう思った直後、少女の身体は震えた。

「あり、が、ど…」

 もう二度と、流れることはないと思っていたその瞳から、涙が溢れ出た。
 ついでに鼻水も溢れ出しながら、彼女は何度も何度も礼を言った。

「きたねえって…」

 男は照れくさそうに目線を逸らし、そうポツリと呟いていた。



 今まで食べ忘れていた分を取り戻すかの如く少女の食事が続く中。
 おもむろに男が言った。

「―――なあ、俺の組織に入らねえか?」

 少女の手が止まる。

「組織ってのはな…まあ、この国の悪いもんをぶっ壊すための集まりって感じだな」

 活動は主に武力行使。
 王国のアマゾナイトの力を削いだり、お偉いさんを襲って国を変えるよう訴えたりする。
 少女にもわかりやすくそう説明する男。
 だが、10歳もいかない少女にその内容はまだ難しく、首を傾げることしかできない。

「よく…わかんない…でも、国の人は怖い……」

 温かさを取り戻していた少女の背筋が再び凍り付いた。
 彼女の脳裏に過ったのは、圧倒的な武力を見せつけてきたアマゾナイトの姿だ。
 あっという間に少女の故郷を襲い、老若男女問わず命を刈り取っていった。
 母が自らを犠牲に逃がしてくれなければ今頃どうなっていたことか。
 その記憶に、少女の身体は震え始める。

「怯える気持ちはわかる。だがな…この世で最も恐ろしいのはな、自分が何にもやり残せず死んだときだ」

 男は少女を一瞥した。
 彼が貸した外套に隠れた青色の髪、そして今は光を宿していない紅い目。
 人々が忌み嫌う一族―――ネフ族である少女を、男は真っ直ぐに見つめる。






    
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

魔法のせいだからって許せるわけがない

ユウユウ
ファンタジー
 私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。  すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

決して戻らない記憶

菜花
ファンタジー
恋人だった二人が事故によって引き離され、その間に起こった出来事によって片方は愛情が消えうせてしまう。カクヨム様でも公開しています。

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

大好きなおねえさまが死んだ

Ruhuna
ファンタジー
大好きなエステルおねえさまが死んでしまった まだ18歳という若さで

父が再婚してから酷い目に遭いましたが、最終的に皆罪人にして差し上げました

四季
恋愛
母親が亡くなり、父親に新しい妻が来てからというもの、私はいじめられ続けた。 だが、ただいじめられただけで終わる私ではない……!

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

側妃ですか!? ありがとうございます!!

Ryo-k
ファンタジー
『側妃制度』 それは陛下のためにある制度では決してなかった。 ではだれのためにあるのか…… 「――ありがとうございます!!」

処理中です...