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第三篇 ~漆黒しか映らない復讐の瞳~
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しおりを挟む「僕は…アマゾナイトを…国を…踏みにじった奴らを絶対に許すわけにはいかない…」
自分に言い聞かせるように、ヤヲは言った。
大切な仲間たちと、最愛の人―――そして新たな命を踏みにじった者たちを、許したくはない。
(…そうだ。この怒りだ。何故こんな大切な感情を、忘れてしまっていたのだろうか…)
ヤヲはゆっくりと、しっかりと、その感情を思い出していく。忘れかけていた感情を思い出していく。
湧き上がるそれはまるで水を得た魚の如く。
黒く黒く、彼の中で勢いよく駆け巡っていく。
「―――そのために、僕はこの手と眼を手に入れたんだから…」
そう言ってヤヲはあの日、気を失うまでの記憶を呼び覚ます。
出会ったアマゾナイト―――ヒルヴェルトと呼ばれていた女軍人。
あの女が全ての原因だと、後から来た仲間の男は言っていた。
偽りの情けを向けておきながら、その裏で残忍かつ冷酷なことを命じていた女。
あの女だけは、何があっても必ずこの手で―――。
ヤヲは改めてそう決意し、その義手で掴んでいた石を勢いよく砕いた。
「―――しっかりして、ヤヲ!」
と、突如リデの叫び声により、ヤヲは正気に戻る。
酷く焦った、上擦った声を出していたリデ。
急ぎ彼女の方を見ようとするよりも早く、別の声がヤヲの耳に届いた。
「何者だ、貴様ら…此処らは立ち入り禁止だぞ」
振り返った先には男が二人。
深緑色のその服装は間違いなくアマゾナイトの制服だった。
彼らは困惑した表情で此方の様子を伺っているようだった。
「まさかまだこの辺に居たなんて…まずいわ…」
リデはそう呟きながら素早くフードを目深に被り、その青髪を隠す。
幸いにも軍の男たちはこちらの正体に気付いていない。
それならば道に迷ったなどと言って上手くやり過ごした方が良い。
そう囁くリデを後目に、ヤヲは自然と男たちへ向かい、歩いていく。
「ちょ、ちょっと…」
ヤヲから放たれる殺気立った気配。
そんな彼にリデは動揺を隠せないでいる。
一方でそれはアマゾナイトの男たちも同様だった。
「もしかして貴様ら…里の生存者か…?」
「馬鹿な…この一体のネフ族は殲滅したはず―――」
が、次の瞬間。
男たちが鞘から剣を抜くより早く。
ヤヲは左腕の包帯を緩めた。
白布の隙間から覗く金属の腕―――男たちがその輝きを垣間見たときには、既に遅く。
「ッ……!」
断末魔を上げる暇も無く、男たちはその場に崩れ落ちる。
力なく、呆気なく倒れた男たちの喉元には、ナイフが深く突き刺さっていた。
見ると、ヤヲの指先が欠けていた。
倒れた男たちに歩み寄るヤヲは無言のまま、刺さったナイフを抜き取る。
それから、鮮血に塗れたそのナイフを拭うことなく、指先へと再びはめ込んだ。
「指先が飛びナイフなんて…まさに凶器の塊ね」
リデはそう言って肩を竦め、ヤヲの元へと駆け寄る。
倒れているアマゾナイトたちは確実に急所を突かれたらしく、絶命に近い状態だった。
彼女としては後々面倒なことが起こらないように、戦闘は避けたかったのだが。こうなっては仕方が無い。
そう思いつつ、リデはため息を漏らした。
「この男たちの始末は私がするから…貴方は早く里の皆のお墓を……って、ねえ、聞いてるの?」
ヤヲはリデの言葉を聞かず。
己の左手を見つめていた。
鮮血に染まった刃の指は、いつもとは違ったもののように映って見えた。
「紅い…」
仲間たちの墓も、最愛の人の亡骸も、始めから必要なかったのかもしれない。
血に濡れた手。それさえあれば良かったのだ。
(これで…もう後戻りは出来ない……)
紅色。赤。
それは血の色であり、夕焼けの色であり、炎の色であり、そして愛しい者たちの瞳の色。
(…この色はもう僕の瞳にはないけれど)
だが、流れる血は同じ色。
ヤヲはそれを忘れないように。それが血判だと決意するかのように。その血痕を目に焼き付けていく。
(この色こそが―――僕の復讐の色なんだ)
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