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第三篇 ~漆黒しか映らない復讐の瞳~

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「……貴方は、一体何がしたいんですか…?」
 
 怒りを押し殺しながらキ・シエは茶を啜る青年を睨む。
 すると青年は椅子に胡坐をかいたまま、にっこりと笑った。

「ワシ? ワシは天才エナ博士。名前はチェン=タン。好きに呼んで良いよ」
「そんなことではく…貴方は何故僕を生かしたんですか……これならば…いっそのこと、皆と共にあの場で息絶えていた方が…良かった」

 募る感情は目の前の軽薄な青年―――チェン=タンと名乗った彼へと向けられる。
 だが、キ・シエの憤りを他所にチェン=タンは喉を鳴らすように笑う。
 その笑いはキ・シエに更なる憎しみを煽る。
 と、チェン=タンはそんなキ・シエへ指を指した。

「そうそうその顔が良いの。知り合いが面白い人間を見つけたって聞いてね。行ってみたらホント面白そうだった。だから助けたわけ」

 そう言いながら彼は笑みを止めない。
 キ・シエは怪訝な顔でチェン=タンを見つめる。

「面白い、とはどういう…意味ですか」
「復讐心ってやつ? 君、抱いてるでしょ? ワシはそんな人間の手助けするのが好きなのよ」

 復讐心。
 その言葉にキ・シエの鼓動が高鳴る。
 図星ではあった。
 この溢れ続ける怨嗟の全てを、ぶつけたい相手がいる。
 脳裏に焼き付いて離れない憎き相手が、彼にはいる。

「人間は限界を超えられるんだよ。復讐に取り憑かれたときって。だから興味が尽きないの」

 だから先ずは君の目を蘇らせた。
 チェン=タンはそう言って笑う。
 彼の言葉にキ・シエは改めてこの景色を焼き付けながら尋ねる。

「まさか…この目は貴方が…?」
「そうそう! 君の眼球ダメんなってたから。義眼に替えたの」
「ギガン…?」

 それは聞いたこともない言葉で、キ・シエは顔を顰める。
 すると此方の疑問符を読み取ったのか、チェン=タンはかいつまんで説明をした。

「ニセモノの目ってこと。でもね、エナの力を使ってね、本物の目と同じく出来るのよ。これ、ワシだけの発明ね」
「エナ―――ロムのことですか?」

 ロムが様々な奇跡を起こす力であることは聞いていた。
 だがそれがこんな技術にまで及んでいたことにキ・シエは純粋に驚く。
 確かにこんな力があれば、人々の文明は更に飛躍し発展し続けることも可能だろう。
 だが。だからこそそれはキ・シエの―――イニムの教えに反するものであり、賛同できかねるものだった。

ロムは人を見守るべくある神聖な大地の力…容易く扱って良いものではありません」
「ま、ネフ族の考えだもん。そりゃそう言うよね」

 あっさりと返された言葉が。何よりも『ネフ族』という蔑称が、キ・シエを締め付ける。
 
「でもね、エナは凄いんだよ。凄いのはワシもなんだけど」

 チェン=タンは紅茶を飲み干すとポケットからあるものを取り出す。
 そしてそれをキ・シエの方へと軽く投げた。
 キ・シエは慌てて右手で、それを掴み取る。
 掴んだ拍子に走る全身の痛みを堪えつつ、彼はそれを見た。

「それ、エナ石なの」

 それは指先程度の大きさの、至って普通のガラス玉のようだった。

「もしや…晶石ロムノーロのことですか…?」




 高濃度のロムが結晶となったもの。それを晶石ロムノーロと呼び、それはロムを吸収する力があるとイニムでは云われている。
 事実、皆が避難したあの洞穴も晶石ロムノーロで造られたものであり、本来ならばその力を借りて外敵から身を守る堅牢な場所となるはずであったのだ。




「へえ、ネフ族じゃあそう呼ぶの。あ、でもそれ君たちの知るのとはちょっと違う。いわゆる『人工エナ石』っての?」
「人工…?」

 チェン=タンの話によると、このエナ石は自然界に存在する結晶体ではなく、彼が独自の技術によって生み出したものなのだという。
 更にその使用方法が少しばかり違っていた。

「このエナ石一つあればね。誰でも思いのままに色んなことが出来るの」

 そう得意げに語るチェン=タン。
 彼の言葉によれば、この『人工エナ石』があれば大昔に廃棄されたという『エナ』を利用した移動手段や調理方法、食品の保存方法など、様々なことが容易に可能となるのだという。

「勿論この部屋の明かりも、君の義眼も『人工エナ石』で賄われてる。凄いよね、エナもワシも」

 喉を鳴らし笑うチェン=タンの一方で、キ・シエは顔を青ざめていった。

「古の人々はロム…エナの危険性に気付いたからこそ使うことを止めたというのに…再びその禁忌に触れるということは神の怒りを受けることになりますよ」

 イニムの教えとしては、そういうことになる。
 エナは傍にあるものだが、安易に手を出してはいけないもの。
 一族の存亡に関わるとき以外、利用してはいけないと云われていた。
 キ・シエはイニムとしては当然の考えを脳内で繰り返す。
 だがしかし。そう思えば思うほど。別の言葉が、別の何かが、彼の頭の片隅で語り掛けてきている。

「心配しなくてもワシの技術は今の時代にはまだ早すぎるってさ。それに、禁忌に触れたからこそ、君にはチャンスができたんだよ」

 チェン=タンは純粋な笑みを浮かべる。
 同年代とは思えない、幼い子供のような笑顔。
 その顔で、彼はキ・シエへと囁く。




「君は恨んでいる相手に復讐できちゃうんだよ」

 キ・シエの瞳が、再び大きく揺れ動く。
 復讐―――キ・ネカたちの恨みを、悲しみを晴らす。
 そのためにキ・シエはあの女軍人を見つけ出さなくてはいけない。
 偽りの慈悲を見せつけて、騙し討ちをしてきたあの女だけでも絶対に討ち果たしたい。
 その一心だけが、彼を別の向きへと突き動かす。

「エナのおかげで君は生きて思ったことができる。そう思ったら素敵じゃん」

 囁かれる甘言に、キ・シエの心は揺れ動く。
 だがそれはエナの力を借りる、ということに対してであり。
 彼の中では既に結論は出ていた。






   
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