184 / 313
第三篇 ~漆黒しか映らない復讐の瞳~
6案
しおりを挟む爆発の際にずっとその方向を見つめていたせいだろうか。
キ・シエの両目には激痛が走り、暗黒に閉ざされたようだった。
心も体も、全てが痛み、全てが真っ暗闇に堕ちたようだった。
一体自分たちが何をしたというのだろうか。
少なくとも、こんな結末になるために生きてきたわけじゃない。
王国のせいで愛する人を奪われた。
王国のせいで愛する故郷を失った。
何もかも、王国のせいだ。
絶対に許さない。
王国も、それに属する者たちも、全て。
一矢報いたが、あの男のことも許さない。
そして、あのヒルヴェルトと呼ばれた女軍人も、許さない。
全ては、あの女軍人のせいだ。
自分に一時の情けを見せたのも、まとめて爆発で殺すための虚言だったのだ。
一瞬でも油断した自分は馬鹿だった。
殺されてでも、殺すべきだった。
絶対に、あの女軍人は許さない。あの女軍人だけは許したくない。
憎悪し恨み苦しみながら。
心も体も何もかも、黒く染めながら。
キ・シエの意識は遠退いていった。
「―――おはよ」
目覚めたキ・シエに待っていたのは、意外な光景だった。
狭く、薄汚れた灰色の天井。
茶色に汚れたままの右手。
「見えて、る…?」
意識が途絶える前にあった両目の激痛はなく。
見えなくなったはず光景が、そこにあった。
あの眼に負った痛みは大したものではなかったのか。
そんなことを思っていると、先ほどの声の主がもう一度話しかけてきた。
「ねえ、おはよってば」
視界に入ってきた青年はキ・シエとほぼ変わらない年端に見えた。
「…おはよう、ございます」
「随分眠っちゃってたよ、君」
白い髪と灰色の瞳が特徴的で。
何処かの少数民族なのかと思ったキ・シエだったが、深く尋ねることはしなかった。
それよりも他に聞きたいことが沢山あったからだ。
「どのくらい…寝ていたんですか…?」
出来る限り冷静に努めて尋ねようとするキ・シエ。
「三日間も寝てた。もうワシもびっくり」
だが冷静になればなるほど、気を失う前に見た光景が、あの惨劇が。鮮明に蘇ってくる。
「僕の他に…誰か、生存者は? 近くに生存者はいませんでしたか…ッ!?」
焦る気持ちからキ・シエは身体を起こそうとする。
が、思ったように力が入らず。
その代わりに激しい痛みが全身を襲った。
「あんま動かない方が良いよ。全身ボロボロで今生きてるのって奇跡なくらいなんだから」
激痛に喘ぐキ・シエの傍らで淡々と語る青年。
青年は耳をかきながら視界から消えた。
「お、お願いします、教えてください…僕の他には…誰か……」
「いなかったよ」
青年はポリポリと白髪をかきながら椅子に腰かけた。
「君を発見した場所ね、君だけが奇跡的に生きてたの。そもそも君をこうして拾ってこれたのだって奇跡なんだから感謝して欲しい位なの」
その言動はあまりにも素っ気なく、無情に思えた。
キ・シエは全身から力が抜けていく。
と、同時に震えが止まらなくなる。
「嘘、だ…」
急く気持ちは激痛に勝り、彼は何とか上体を起こす。
「き、君なにやってんの!?」
「まだ…この眼で見るまでは……お願いします、僕を助けて下さった場所まで連れて行ってください…!」
だが、立ち上がろうとしたキ・シエはバランスを崩し、ベッドに倒れ込む。
ここで彼はようやく左手が無くなったことを思い出した。
この絶望感は激痛以上にキ・シエを現実に呼び戻した。
あのとき抱いた憎悪を、怒りを、悪夢を呼び起こしてしまう。
「此処ってあの場所からそこそこ遠いし、やだ。それに行ったってもう何にもないよ。軍が片付けちゃったろうから」
現実的な青年の言葉が、キ・シエに更に深く突き刺さっていく。
愛する者は、愛した仲間たちは、こうも簡単な言葉で片付けられてしまうのかと。
絶望にキ・シエは呻き声をあげる。
「な、んで……キ・ネカ…皆……!」
熱くなる目頭と込み上げる苦しみに、彼は奥歯を強く噛みしめる。
と、その一方で。静寂な室内に紅茶を注ぐ音が響く。
薄い茶葉の香が漂う中、不謹慎にも聞こえる豪快に啜る音がキ・シエに別の苛立ちを募らせた。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
隠された第四皇女
山田ランチ
ファンタジー
ギルベアト帝国。
帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。
皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。
ヒュー娼館の人々
ウィノラ(娼館で育った第四皇女)
アデリータ(女将、ウィノラの育ての親)
マイノ(アデリータの弟で護衛長)
ディアンヌ、ロラ(娼婦)
デルマ、イリーゼ(高級娼婦)
皇宮の人々
ライナー・フックス(公爵家嫡男)
バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人)
ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝)
ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長)
リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属)
オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟)
エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟)
セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃)
ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡)
幻の皇女(第四皇女、死産?)
アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補)
ロタリオ(ライナーの従者)
ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長)
レナード・ハーン(子爵令息)
リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女)
ローザ(リナの侍女、魔女)
※フェッチ
力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。
ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
婚姻初日、「好きになることはない」と宣言された公爵家の姫は、英雄騎士の夫を翻弄する~夫は家庭内で私を見つめていますが~
扇 レンナ
恋愛
公爵令嬢のローゼリーンは1年前の戦にて、英雄となった騎士バーグフリートの元に嫁ぐこととなる。それは、彼が褒賞としてローゼリーンを望んだからだ。
公爵令嬢である以上に国王の姪っ子という立場を持つローゼリーンは、母譲りの美貌から『宝石姫』と呼ばれている。
はっきりと言って、全く釣り合わない結婚だ。それでも、王家の血を引く者として、ローゼリーンはバーグフリートの元に嫁ぐことに。
しかし、婚姻初日。晩餐の際に彼が告げたのは、予想もしていない言葉だった。
拗らせストーカータイプの英雄騎士(26)×『宝石姫』と名高い公爵令嬢(21)のすれ違いラブコメ。
▼掲載先→アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる