上 下
181 / 296
第三篇 ~漆黒しか映らない復讐の瞳~

3案

しおりを挟む
    






 避難場所の洞穴から離れ、隠れ里があった方へと戻ったキ・シエ。
 里へ近づけば近づく程に草木の焼け焦げた臭いが強まる。
 と、集落を隠し続けていた藪は見る影もなく、焼け野原と化していた。
 不運なことにいつも故郷にそよぎ続けていた風が、その被害をより一層と広げてしまったようだった。

「何故…こんなことが出来る…ここまでするんだ……!」

 身を潜めつつ辿り着いた里に追手の―――王国の者たちの姿はなかった。
 だが代わりに残されていたのは見るも無残な隠れ里の様だった。
 思い出の家々はことごとく燃やされ崩されただの炭の残骸と化しており、つい昨日まで笑い合っていた仲間たちは亡骸の山となっていた。
 
「シ・トム…ラジ・ト…」

 まるで物のように積み重なっている見知った者たちの悲しき末路。
 その姿にキ・シエは悲しみよりも憤りが込み上げてきていた。

「里でも一、二を争う手練れだった君たちが…こんな…!」

 もしかしたらという一縷の望みを抱き、キ・シエは彼らの傍へ駆け寄る。
 だがやはり仲間たちに息は無く、その身体は真っ赤な鮮血に染まっていた。それはこの双眸と同じ紅色であり―――イニムの誇りであるはずのその色が、こんなにも悍ましく憎いと思ったのはこれが初めてだった。
 



「―――ネフ族…まさかまだ生き残りが居たとはな」

 仲間の亡骸に気を取られていたキ・シエは、背後の気配に気付かなかった。
 急ぎ振り返ったその先では、深緑の衣を纏った人物が剣を構えていた。

「アマゾナイト、軍…」

 治安維持を目的として王国より認可された組織であり、王政とは独立した組織だと聞いていた。
 が、実際は国王の命でネフ族追放を率先して行っており、そんな彼らはネフ族にとっては憎き死神でしかなかった。

「……見ての通りですよ」

 怒りを込め、そう吐き捨てるキ・シエ。
 彼は自身の蒼い髪と紅い瞳をその軍人へと見せつける。
 相対した軍人は自分よりも年上と思われる女性だった。
 
「一体何故こんなことをするんですか? 僕たちは貴女方に危害を加えたわけでもなくひっそりと暮らしていただけなのに…!」

 今目前にいる軍人の女性が、キ・シエにとっては憎悪の元凶にしか見えなかった。
 手にしている赤く染まった剣は、悪以外の何ものでもなかった。
 しかし、その首を掻っ切ってしまいたい思いを留め、キ・シエは踵を返し駆け出す。

大地ヘーニヤを汚す咎人め! 今すぐに神より罰を受けろ!」

 何か企てていると思わせることで相手を誘導し、皆が避難している洞穴から遠ざける。それがキ・シエの策だった。
 これも皆の―――愛しい人の命のため。その一心でキ・シエは走り出す。



 キ・シエの思惑通り、軍人女性は彼を追い駆け始めた。
 仮にこれが罠だと思っていても彼女たちは何が何でも追いかけて来るとキ・シエは予測していた。

「……確かに…貴殿への直接的な怨みはない…これは王国より受けたただの勅命だ―――故に、恨んでくれて構わない」

 その直後。
 女性は地を蹴り、あっという間にキ・シエの背後へと迫った。
 そして振り返る間も与えずに、彼の腕を掴んだ。
 体力には自信のある方だったが、予想外の彼女の行動にキ・シエは驚き目を丸くする。

「―――ッ!!」

 声を上げる暇も無かった。
 キ・シエが振り返ったときには、その左腕が自身から切り離されていた。
 飛び散る鮮血の向こう側で、冷酷な女性軍人の双眸と重なる。
 ただ真っ直ぐに、無心に腕を切り落としてみせた女性軍人の異常さに。キ・シエは顔を青ざめる。
 全てが、恐ろしい程一瞬の出来事だった。








 愛する者が飛び出て行ってしまったキ・ネカは、堅く閉ざされたままである岩戸へ向かって祈りを続けていた。
 彼が無事に帰って来ることを。お腹の子と、自分と、そして里に再び安寧が訪れることを願い続けていた。

「うっっ…!」
「うぇ…!」

 と、突如何処からか聞こえてきた呻き声。
 キ・ネカは祈りを止めた。
 声の主を探すと、それは小さな子供たちであった。

「どうしたの…?」

 静かに歩み寄り、苦しむ子供の顔を覗き込む。
 暗がりのためその顔色を窺うことは難しいものの、それでも子供たちの苦痛ぶりは伝わって来る。

「どうやら何か変なのを食べちまったらしくってね…」

 子供たちの傍らにいた別の女性はそう言いながら一人の子の背を撫で続ける。
 確かに、彼女の言う通り子供たちは異様なくらいに苦しみ自身の首元を掻き毟っていた。
 中には嗚咽を繰り返している子供もいる。

「まさか…毒…!?」

 キ・ネカの声を聴いた他の者たちも、どうしたことかと動揺し始める。
 ただ事ではない状況だと判断した長も、その重い腰を上げ子供たちへと近付いた。

「あ…がっ…あづい…!!」
「なに、ごれ…だずっ…げで…ぇっ!!」

 ようやく出した悲痛な叫びに、思わず閉口してしまうキ・ネカ。
 もがき苦しむ子供たちは三人いた。
 着の身着のまま逃げてきたという装いで、親たちとも逸れてしまったのだろうと、長は語る。

「空腹で何か食べてしまったんじゃないかい?」
「と、とにかく…水を飲ませて吐き出させた方が…」

 幸いにも滝の裏の洞穴であるため、岩場の隙間からは僅かながら水が流れ落ちていた。
 キ・ネカや女性たちは両手でその水を掬うと、丁寧に子供たちの口元へ運ぶ。

「飲んじゃだめ…口に含んだらすぐに吐き出して」

 それが、この状況下で出来る精一杯の方法だった。
 此処には解毒の薬草も吐瀉を促す清水もない。
 その歯がゆさに顔を顰めながら、込み上げる悔しさを噛みしめながら、キ・ネカは子供たちを見守る。

「う…うぇえ」

 と、その子供がキ・ネカの腕にしがみ付いた。
 食い込んでくる爪がキ・ネカに痛みと赤い痕を生む。

「あ…づい…」

 最後にそう言うと少年は倒れてしまった。

「しっかりして…!」 

 意識は朦朧としており、呼吸は浅くなっていく。
 キ・ネカはそんな少年を抱きかかえ、懸命に叫び続ける。
 と、そのときだった。
 少年の喉元が、突然紅く光り出した。

「え…何これ―――」







     
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

頭が花畑の女と言われたので、その通り花畑に住むことにしました。

音爽(ネソウ)
ファンタジー
見た目だけはユルフワ女子のハウラナ・ゼベール王女。 その容姿のせいで誤解され、男達には尻軽の都合の良い女と見られ、婦女子たちに嫌われていた。 16歳になったハウラナは大帝国ダネスゲート皇帝の末席側室として娶られた、体の良い人質だった。 後宮内で弱小国の王女は冷遇を受けるが……。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

処理中です...