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第三篇 ~漆黒しか映らない復讐の瞳~
3案
しおりを挟む避難場所の洞穴から離れ、隠れ里があった方へと戻ったキ・シエ。
里へ近づけば近づく程に草木の焼け焦げた臭いが強まる。
と、集落を隠し続けていた藪は見る影もなく、焼け野原と化していた。
不運なことにいつも故郷にそよぎ続けていた風が、その被害をより一層と広げてしまったようだった。
「何故…こんなことが出来る…ここまでするんだ……!」
身を潜めつつ辿り着いた里に追手の―――王国の者たちの姿はなかった。
だが代わりに残されていたのは見るも無残な隠れ里の様だった。
思い出の家々はことごとく燃やされ崩されただの炭の残骸と化しており、つい昨日まで笑い合っていた仲間たちは亡骸の山となっていた。
「シ・トム…ラジ・ト…」
まるで物のように積み重なっている見知った者たちの悲しき末路。
その姿にキ・シエは悲しみよりも憤りが込み上げてきていた。
「里でも一、二を争う手練れだった君たちが…こんな…!」
もしかしたらという一縷の望みを抱き、キ・シエは彼らの傍へ駆け寄る。
だがやはり仲間たちに息は無く、その身体は真っ赤な鮮血に染まっていた。それはこの双眸と同じ紅色であり―――伝の誇りであるはずのその色が、こんなにも悍ましく憎いと思ったのはこれが初めてだった。
「―――ネフ族…まさかまだ生き残りが居たとはな」
仲間の亡骸に気を取られていたキ・シエは、背後の気配に気付かなかった。
急ぎ振り返ったその先では、深緑の衣を纏った人物が剣を構えていた。
「アマゾナイト、軍…」
治安維持を目的として王国より認可された組織であり、王政とは独立した組織だと聞いていた。
が、実際は国王の命でネフ族追放を率先して行っており、そんな彼らはネフ族にとっては憎き死神でしかなかった。
「……見ての通りですよ」
怒りを込め、そう吐き捨てるキ・シエ。
彼は自身の蒼い髪と紅い瞳をその軍人へと見せつける。
相対した軍人は自分よりも年上と思われる女性だった。
「一体何故こんなことをするんですか? 僕たちは貴女方に危害を加えたわけでもなくひっそりと暮らしていただけなのに…!」
今目前にいる軍人の女性が、キ・シエにとっては憎悪の元凶にしか見えなかった。
手にしている赤く染まった剣は、悪以外の何ものでもなかった。
しかし、その首を掻っ切ってしまいたい思いを留め、キ・シエは踵を返し駆け出す。
「大地を汚す咎人め! 今すぐに神より罰を受けろ!」
何か企てていると思わせることで相手を誘導し、皆が避難している洞穴から遠ざける。それがキ・シエの策だった。
これも皆の―――愛しい人の命のため。その一心でキ・シエは走り出す。
キ・シエの思惑通り、軍人女性は彼を追い駆け始めた。
仮にこれが罠だと思っていてもネフ族を一人残らず捕まえなくてはいけない彼女たちは何が何でも追いかけて来るとキ・シエは予測していた。
「……確かに…貴殿への直接的な怨みはない…これは王国より受けたただの勅命だ―――故に、恨んでくれて構わない」
その直後。
女性は地を蹴り、あっという間にキ・シエの背後へと迫った。
そして振り返る間も与えずに、彼の腕を掴んだ。
体力には自信のある方だったが、予想外の彼女の行動にキ・シエは驚き目を丸くする。
「―――ッ!!」
声を上げる暇も無かった。
キ・シエが振り返ったときには、その左腕が自身から切り離されていた。
飛び散る鮮血の向こう側で、冷酷な女性軍人の双眸と重なる。
ただ真っ直ぐに、無心に腕を切り落としてみせた女性軍人の異常さに。キ・シエは顔を青ざめる。
全てが、恐ろしい程一瞬の出来事だった。
愛する者が飛び出て行ってしまったキ・ネカは、堅く閉ざされたままである岩戸へ向かって祈りを続けていた。
彼が無事に帰って来ることを。お腹の子と、自分と、そして里に再び安寧が訪れることを願い続けていた。
「うっっ…!」
「うぇ…!」
と、突如何処からか聞こえてきた呻き声。
キ・ネカは祈りを止めた。
声の主を探すと、それは小さな子供たちであった。
「どうしたの…?」
静かに歩み寄り、苦しむ子供の顔を覗き込む。
暗がりのためその顔色を窺うことは難しいものの、それでも子供たちの苦痛ぶりは伝わって来る。
「どうやら何か変なのを食べちまったらしくってね…」
子供たちの傍らにいた別の女性はそう言いながら一人の子の背を撫で続ける。
確かに、彼女の言う通り子供たちは異様なくらいに苦しみ自身の首元を掻き毟っていた。
中には嗚咽を繰り返している子供もいる。
「まさか…毒…!?」
キ・ネカの声を聴いた他の者たちも、どうしたことかと動揺し始める。
ただ事ではない状況だと判断した長も、その重い腰を上げ子供たちへと近付いた。
「あ…がっ…あづい…!!」
「なに、ごれ…だずっ…げで…ぇっ!!」
ようやく出した悲痛な叫びに、思わず閉口してしまうキ・ネカ。
もがき苦しむ子供たちは三人いた。
着の身着のまま逃げてきたという装いで、親たちとも逸れてしまったのだろうと、長は語る。
「空腹で何か食べてしまったんじゃないかい?」
「と、とにかく…水を飲ませて吐き出させた方が…」
幸いにも滝の裏の洞穴であるため、岩場の隙間からは僅かながら水が流れ落ちていた。
キ・ネカや女性たちは両手でその水を掬うと、丁寧に子供たちの口元へ運ぶ。
「飲んじゃだめ…口に含んだらすぐに吐き出して」
それが、この状況下で出来る精一杯の方法だった。
此処には解毒の薬草も吐瀉を促す清水もない。
その歯がゆさに顔を顰めながら、込み上げる悔しさを噛みしめながら、キ・ネカは子供たちを見守る。
「う…うぇえ」
と、その子供がキ・ネカの腕にしがみ付いた。
食い込んでくる爪がキ・ネカに痛みと赤い痕を生む。
「あ…づい…」
最後にそう言うと少年は倒れてしまった。
「しっかりして…!」
意識は朦朧としており、呼吸は浅くなっていく。
キ・ネカはそんな少年を抱きかかえ、懸命に叫び続ける。
と、そのときだった。
少年の喉元が、突然紅く光り出した。
「え…何これ―――」
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