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第二篇 ~乙女には成れない野の花~

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 彼女が選んだ道は決して楽なものではない。
 恩恵であった王族の肩書きを捨て、未知の世界へと挑むだからそれは当然だ。 
 今はその不安も皆無であるほどに光溢れている彼女だが、いつかきっと翳る時は来る。
 そんなとき、彼女を支えその背を押すことが、ラライの役目だ。
 彼女にとっては傍に寄り添ってくれる親友であり、それ以上の感情を抱くことはない。
 彼女の見つめる先はいつだって上―――大空ばかりで、振り向くことなんてないだろうから。
 だが、ラライはそれで充分だった。
 例え彼女が振り向くことはなくとも。
 ずっと彼女と一緒に居る。
 それがラライの決めた約束であり、覚悟だった。




「―――で、先ずは、何処に行くんだ?」
「リャンとリョウのお墓に行きたい」

 そう言うとエミレスは花壇からいくつかの花を切り取り、その摘んだ花を束にした。
 リャン=ノウとリョウ=ノウの墓は王都近くの墓地にある。
 本来ならば罪人であるリョウ=ノウが埋葬されるべき場所ではなかったが、エミレスの計らいで姉の傍で眠っていた。
 と、エミレスはこれで最後になるだろうからと、庭園を見渡した。
 今後は従者たちに引き継がれることになっている。
 この美しさは彼らの手によって、長く、何年も何十年も続くはずとエミレスは願う。

「空、眩しいね…」
「ああ…青空だな」

 不意にエミレスたちが見上げた空。
 その青は、彼の髪と良く似ていた。
 一見鈍色に見えるあの長髪は、光を受けると雲ひとつ無い青空と同じ色に変わっていた。



 ―――彼は今、この世界のどこかで同じ空を見ているのだろうか。
 そう思い馳せる彼女の首元には、水晶のペンダントがきらりと輝く。

「凄く綺麗ね」




 彼こと―――フェイケスは一年前の事件において、全ての罪を一人で背負うこととなった。
 リョウ=ノウを唆し、ベイルを脅迫し、今回の作戦を企てた黒幕とされたのだ。
 それが事実であったかどうか。その真意は定かではないが、彼は罪を受け入れこの国の最重罪である国外追放となった。
 そのとき以来、エミレスはフェイケスと会ってはいない。
 二度と、フェイケスと会うことはない。
 だがエミレスは、この青空を見る度に彼と繋がっているように思えた。
 その気持ちはもう、恋慕や羨望と言ったものではないが。
 それでも、エミレスは時折彼のことを思い出した。
 いつかきっと、この感情について、答えが見つかれば良い。
 と、エミレスはそんな風に思っていた。 




「…ったく、だからってこの場でいつまでもぼーっとしていたら日が暮れるだろが。ほら、行くぞ」

 そう言ってラライが手を差し伸べる。
 照れくさそうに顔をしかめている彼を見つめ、エミレスは微笑みながらその手を握った。







 *




 ―――今の私はとても幸せよ。

 王女であることを辞めて新しく選んだ道は、きっと辛いことも苦しいこともあると思う。

 でも、もう以前のように部屋に閉じこもったり、貴方を待ったりはしない。

 私の傍には、私を想ってくれている沢山の人がいるって知ったから。




 これまでの私は、自分の中で夢を見続けていただけだった。

 それは決して悪いことではないと思うけれど、でも私の場合はそのせいで沢山の人に迷惑をかけた。

 だから、これからは私を支えてくれた人たちのために、私にしか出来ない方法で恩返しをするの。




 もう待つだけのお姫様も、ひ弱な乙女も卒業。

 けれど、偉い人や凄い人に変わるつもりもない。

 私は誰かに見つけられることはない、けれども誰かを想い、咲き続ける…

 そんな気高き野花のようになっていくわ。



 だからね、貴方へのお手紙もこれでおしまい。

 でもね……それでも私は、いつまでも貴方を想ってるから。

 ……出来ることなら、貴方も私のことをほんのちょっとでも想っていてくれると嬉しい。



 なんてね。





            この空のどこかにいるフェイケスへ

                            エミレスより』





 *








~ 第二篇   乙女には成れない野の花 ~   完






   
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