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第二篇 ~乙女には成れない野の花~
93連
しおりを挟む並木を伝い屋敷の門前へと近付くエミレスとラライ。
近付くことでより一層と屋敷の内部を伺い知れるかと思っていたが、目の前には人の高さを越える鉄柵。
更にその向こうには二階まで届く木々によって、屋敷の様子はまるで伺えなかった。
「こっそり潜入するのも手ではあったが…兵器ってのがどれほどのものかわからん以上、真正面から突っ切っちまった方が早そうだ」
そう言ってラライは並木道へと飛び出し正面玄関前へと立った。
慌てた様子で続いてエミレスも彼の背後に立つ。
二人の前には堅く閉ざされた鉄製の門。
その厳重さを知らしめるかのように、門には見たことのない鎖がぐるぐると巻き付いていた。
人の手では絶対に開けられそうにはない。
「良いか、さっきオレが言った通りにやるんだ。面倒なことは考えんな」
「う…うん……」
素直に頷くエミレス。
だがその手はまだ震えていた。
自分の知らない未知の力。
一度も操ったことのないそれを、今この場で初めてしてみようというのだ。
怯えるのも無理はない。
しかし、それでもエミレスは門へ一歩、また一歩と近付く。
そして次の瞬間。
彼女から白い閃光が放たれた。
白い光は彼女を中心に球体を描き、それはみるみる内に拡大する。
そして辺りを―――周辺の木々やラライも巻き込んでいく。
だが木々やラライに異変などはなく。
その一方でエミレスから放たれた輝く球体が近付いた途端、目の前の頑丈な門は轟音をあげて弾け飛んでいった。
まるで拒絶したものを弾くかの如く、石煉瓦の壁や近くにあった砲台でさえも吹き飛んでいく。
「……エミレス様のあの暴走―――いや、お力について少しばかり聞いたことがあります…」
ふと、ゴンズがそう告げた。
彼は白い球体に包まれたエミレスたちを見つめながら、その閃光の輝きに目を細めている。
スティンバルは尋ねた。
「一体誰から…何をだ?」
「…エミレス様の研究をしていた最高責任者から、彼女が扱ったエナには特徴があると…」
ゴンズの言葉にスティンバルは眉を顰める。
「エミレス様が暴走したあの日…周囲にいた儂やスティンバル様、そしてモルゾフ様…皆があの球体に弾き飛ばされました……が、しかし、一方で庭の草花や一部の備品は何の影響も受けていませんでした」
そして今回も、エミレスの発する白く輝く球体は自然を傷つけず、彼女が拒むものだけを吹き飛ばしている。
「つまり…エミレスが発するあの光は拒絶した対象物のみを『反発』させていた…ということか?」
まるで極性が同じ磁石の如く。
エミレスが対象としたものを反発させ弾き飛ばし、その反発力によりゴンズの腕やエミレスの父は押しつぶされた。
「これが一度目の暴走が起こったあの日―――最高責任者であったクェン=ノウが出した推論でした」
ラライもまた、エミレスの『エナ』の能力についてある程度知っていた。
あの資料室で見つけたメモに書かれていたからだ。
『エミレス様の発するエナは強い『反発力』を持つが、それ自体は能力さえ理解すれば問題はないと思われる。ただし危険なのは感情が爆発した際に起こる、拒絶にも近いほどの力の暴走なのだ』
そう綴られていた文面を信じるならば、エミレスの気力次第で暴走することは決してなく。
むしろ彼女の力はちゃんとした力になるのだと。
ラライは確信していたのだ。
だから彼は、エミレスにこう助言した。
『肩の力を抜いて、お前が邪魔だと思うものに力を注げばいい』
そうして、実際にエミレスは自身が邪魔だと思ったもの――妨げになっている門や砲台、壁等だけを『反発力』で破壊してみせた。
隣にいたラライ、更にその周辺の木々にはかすり傷一つ負わすことなく、だ。
光はゆっくり静かに治まっていった。
まるで彼女の心情を表すかの如く、不安定でぎこちなく。
エミレスの発した光は消えていった。
「やった、んだよな…」
「わ、私…」
一番呆然としていたのはエミレスとラライであった。
初めての試みによる驚きと、疲労感。
何よりも成功による安堵感がそうさせていた。
だが、静まり返る空気が、予想以上の静寂さが、エミレスを一瞬にして恐怖に誘う。
何せ暴走時とは違い、己の意思で対象物を破壊した様を、初めて目の当たりにしてしまったのだ。
エミレスは目の前の光景に全身が震えた。
崩れた壁、ぐにゃりと潰れて原形を留めていない鉄柵や砲台。
彼女の『反発する光』はあまりにも強大過ぎた。
(私…本当にこんな力を持ってても良いの…?)
その力を目撃していた兵士たちも、驚愕し閉口していた。
彼らが恐怖にすくみあがっても、可笑しくはなかった。
説明一つ、していなかったのだ。
当然と言えば当然の反応だった。
と、そのときだ。
「見たか反乱分子共! これこそお前たちが恐れていたアドレーヌ女王より受け継がれた『奇跡の御業』だ!」
兄の声。
振り返ると其処にはスティンバルが居た。
エミレスと視線を交えた彼は力強い眼差しを返し、笑みを浮かべた。
「エミレス様にそのような力が…」
「だから今ままで秘匿の王女とされていたのか」
「この力を恐れて奴らは襲撃して来たということか…」
スティンバルの言葉に嘘はなかった。
上手く言い方を変え、印象を変えただけだ。
しかしそれにより兵士たちの不安や恐怖は急速に変わった。
国王による「選ばれし王女が我々には付いている」という雄叫びが、彼らを奮起させ、それが突入の合図となった。
「お兄様…」
熱くなっていく目頭を堪え、俯くエミレス。
と、呆然と立ったままでいた彼女に気付き、ラライはその腕を取った。
「国王も中々の方便を言ったもんだ。担いで貰ったんだ…今はこの勢いに任せて進もう」
そう言ってラライは突撃していく兵士の波の中へ、問答無用でエミレスを引っ張っていく。
温かくて、強い手。
エミレスはその手を放さないように、強く握り返した。
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